第一話 その9

 以上がミックスの一人、手塚ジュニア誕生の経緯である。

 もう少し話を続けよう。この一節の最後は、もう一人のミックスに締めてもらおうかと思う。

 彼女の名は『黒江乃絵』。折戸花子の同級生であり、手塚ジュニアの一つ上の先輩にあたる。

 彼女の悪名の所以は、その肩書きによるところが大きい。

 さる部活動紹介の場が終わった後、ブレインストーミング同好会顧問の女教師が職員室の給湯室でコーヒーを汲んでいたところ、黒江乃絵は彼女の下に赴いて挨拶をした。

「堀田先生、今日は説明ありがとうございました」

 彼女の丁重なお辞儀に、ブレインストーミング同好会の顧問は平生の笑顔を振りまいて「いえいえ」と返事をした。

「リモート惰性部、その視点から、今日の説明はいかがでしたか?」

「ワタシに評価するのは畏れ多いです」

「そうですか」

 堀田教師は蛇口を締め、黒江乃絵の表情をちらと伺った。

「黒江さんの本心からお気に召したようで良かったです」

「先生、心を読まないでください」

 堀田教師は「手癖が悪くてすみません」と笑いながら謝罪した。

「いえ、心癖でしょうか」

「先生のってON/OFFは切り替えられるんですか?」

「難しい質問ですね。顔を見れば自然と分かってしまうものなので」

 黒江乃絵は「なるほど」と頷き、心の中で『ワタシが学校にガスマスクをつけてくればいいってことか』と推測を立てた。

「生徒指導を免れたければその対策はオススメしません」

「また読みましたね」

「紙のマスクで十分ですよ」

「それで効果あるんですか?」

「ガスマスクと大差ありません」

「回答になってません」

「秘密です」

 堀田教師は「そういえば黒江さんに聞きたいことがありました」と言った。黒江乃絵が「席に戻りますか?」と尋ねたが、堀田教師はかぶりを振って「立ち話ですみませんが」と続ける。

「宇宙海老の解釈、間違っていませんでしたか?」

 黒江乃絵は問われると、暫時考え込んでから回答した。

「説明は正しかったと思います。ただ、ちょっと情報が古かったかもしれないと思いました」

「そうですか、ずばりどのあたりでしょう?」

「心を読んでもう分かったのではないですか?」

「一人の会話は虚しいですから、生徒各位には肉声による説明をお願いしています。正しき対話にはそのコストをかける意味があるものですよ」

 黒江乃絵は心から納得し、説明を始めた。

「斜陽機関の部分です。先生は、未来の採択のされ方が分からないとおっしゃっていましたが、実際には少し分かっていることがあります。

 前もお話しした通り、斜陽機関の場所は時間的、そして空間的にも果ての場所にあります。それもこの地とは地続きではない、特異な場所にある。例えるなら、家の玄関のドアを開いた時、天文学的確率でそのドアの先に空間的な果てが現れるというような、そういう人智を超えた場所です。それも人類が百回連続でコイントスをして、連続で表を叩き出すような、そういう途方もない確率で、です。

 そんな気の遠くなるような場所ですが、実は遙か未来にここに到達した種がいることが分かっています」

「快挙ですね」

「それが、何を隠そう、『ビーイングビヨビヨビヨンド帝国』の末裔たちです」

「黒江さんがお話ししていた例の帝国ですね」

「はい。これは現代の宇宙にも存在するれっきとした帝国です。現代において異星間の交信――果実交信――が行えるのは、彼らの『ペディセル間ニュートリション転送プロトコル』の賜物です」

「私にはあまり実感のないことですが、なるほど」

「先生には前もお話ししましたが、斜陽機関を発見したのも、未来の宇宙海老を観測したのも彼らです。そして、ワタシに日々交信をかけてきているのも彼らです。ワタシは第十四コロニーの代表として、異観測いかんそく省とやりとりを続けています。そして、彼らから新しい事実を聞いたのです。

 曰く、異観測省が未来の観測をコントロールすることに成功した、と」

「つまり……」

「そうです。未来を創造し、斜陽機関によって過去を改変することに成功したのです。つまるところ、謎だった未来の採択というのは、案外恣意的なものだったのかもしれないということですね」

「ぞっとする話ですね」

「あまりにも」

「帝国は何を望むのでしょう」

「そこまではワタシにも分かりません」

 黒江乃絵は「そんなところです」とこの話を淡白に締め括った。

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