第一話 その2

 彼女を変えるきっかけとなったのは、入学後半月ほどをして行われた「部活動紹介」のイベントの現場だった。

 放課後、新入生らは体育館に集められた。後世の手塚ジュニアはクラスの縦列の中央ほどで、壇上のスピーチやパフォーマンスの数々を漫然と見届けていた。

 例えば、檀上で女子テニス部部長が胸を張って演説をして周囲が湧いた時も、彼女は船を漕いでいた。そばで聞こえる「ここにしよっかな」という談話も、彼女には馬耳東風だった。

 彼女の気持ちが揺らぐまでにはもう少し時間を要する。延々たる部活動紹介が終わり、新入生全体に気疲れの雰囲気が醸成された時、壇上に男性教諭が現れ、次のように宣告した。

「もう少しだけ時間を下さい。今から同好会の紹介をします」

 その言葉は新入生のざわめきを誘った。入部先を決めた大半の生徒にとって、その時間は蛇足でしか無かった。

 本校において部活動と同好会を区別する要件は明確に存在する。端的に言えば、前者の「資格」無き集団活動が後者へと帰されるというのが一般的な構図である。

 その資格とは、学校規約上の言葉を引用すれば「その活動の主たる目的が当該分野のいずれかの教育であり、過去一年間の活動の成果が適切と認められるもの」となる。前者はともかく、後者の要件は部活動が同好会へとその立場を追いやられる大半の原因になっている。

 即ち、あくまで本校に限れば、同好会とは「成果の無い部活動」に等しいと言える。部活動におけるこのような奇妙な構造が成り立ったのは、学生の趣味の多様化から、かつて尋常とは言い難い数の部活動が乱立してしまったことの反省に因る。生徒会会計が部活動への予算分配に音をあげたことに端を発し、この区別は始まった。

 同好会の紹介に際して、まず壇上に現れた生徒は次の組織名を名乗って生徒を唖然とさせた。

「泉水優花ファンクラブです。同好会としての正式名称は学園アイドル研究同好会です。普段は泉水優花の応援活動をしていますが――」

 大抵の同好会は、かつて部活動だった時の名前を俗称として名乗る。学校組織上では「学園アイドル研究同好会」と呼ぶことしか許されない集団も、所属者たちの諒解の上では紛れも無く「泉水優花ファンクラブ」そのものなのである。

 泉水優花というのは実際に活動するアイドルの名前ではなく、この学校の生徒の一人に他ならない。紙幅の関係上、残念ながら泉水優花という人物をこれ以上紹介する余地は無い。彼女がこの物語の本質にこれ以上立ち入ることも無い。惰性部の最初期のプロットの中では、彼女は惰性部のライバルとして類まれなるヒールの役を担ってくれたが、本稿においては一介の生徒へとその役を押しやられてしまった。全ての人間に平等に表現の居場所を与えられるわけではない。彼女の沽券と尊厳を損ねぬよう、これ以上の弁解は控えようかと思う。

 新入生の多くは十を超える成果無き活動を一つ一つ見送っていく中で、徐々に陰鬱な思いを募らせていった。

 いつ終わんねん。後世の手塚ジュニアの近くで、とある男子生徒がエセ関西弁を呟いた。

 頭上で次のようなアナウンスが鳴り響く。

『次はブレインストーミング同好会の紹介です』

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