友達/初心者におすすめ
――数日経ったある日。
俺はこの世界で現在、女子高校生として生きている。
女子高校生として生きているからして、もちろん学校生活も送っている。
死体回収屋だけじゃないのが俺だ。
昼休みのチャイムが鳴ると、教室は一気に昼食の時間へと変わる。生徒たちが思い思いの昼食を広げ、賑やかな話し声が飛び交う。売店で買ったパンやカップ麺、手作りの弁当、それぞれの昼ご飯が机の上に並ぶ。
そんな中、俺は席につき、弁当の蓋を開けた。そこには、白米のおにぎりが端に寄せられ、その隣には鶏むね肉の照り焼きが控えている。卵焼きのふんわりした黄色に、タコさんウィンナー。ブロッコリーとミニトマトのピクルス。それを見た途端、一緒に寄せ合って昼食を取ろうとしていた、高校生活で唯一の友達といっていい女子、このクラスの人気者である、
「……あれ?最近ずっと弁当だね」
レイナの声には少しの驚きが含まれていた。俺は箸を持ち上げる手を止め、彼女を見返す。
「え、なにか変?」
「だって前は売店のパンとかおにぎりばっかりだったじゃん。気が向いたらカップ麺。なのに最近はずっと弁当……何かあったの?」
あー、確かにそうだった。
そりゃあ、確かに不思議に思われても仕方がない。
俺は苦笑しながら答える。
「まあね。最近引っ越してきた隣の人と、色々あってお弁当を作ってもらえる事になったんだよ。最近作ってもらってずっと思うけど、自炊苦手だったし、健康的で美味しい物を手間暇かけて作ってくれる事に、とても感謝しかないよ」
竹内さんの息子さんを助けてくれたからと言う理由で、とても自分に良くしてくれる竹内さん。
ありがたいけど、自分がした事以上に良くしてもらってる気がして竹内さん相手には萎縮せざるを得ない。
ただでさえシュンくんがしばらく入院してる今、いろいろ大変だろうに、俺にまで気を遣ってくれるなんて、本当聖人すぎるんだよなぁ。
だから、恩返しとして竹内さんのためにできそうな事はどんどんやっていこうと思っている。
「あちゃー、予想外れちゃったかぁー」
すると、レイナは大袈裟に悔しそうな顔をした。
俺はそんなレイナに水を向ける。
「私が最近弁当な理由、予想してたの?」
「うん、クレハに料理が得意な彼氏でも出来たのかなぁって」
俺は箸を持ったまま、一瞬だけ固まる。
せっかくのタコさんウィンナーが箸から落ちて弁当箱にリリースされる。
「いや、ないから。ないない、絶対にない」
「えー?だってクレハ可愛いじゃん」
竹内さんと同じこと言ってきた。レイナといい竹内さんといいなんなんだ。2人して。
「だから、クレハなら料理が好きな彼氏でなくても、彼氏の1人や2人作っててもおかしくないと思うんだけど」
「1人や2人作っちゃダメだめでしょ。二股じゃんそれ」
「どうしたの。クレハかっわぃー、たじろいじゃってさ」
レイナはにやにやしながら肘で俺をつつく。
こやつ俺の反応を完全に楽しんでやがるな。
レイナは明るくて基本的にいい子なんだけど、こういう恋愛話を好むところは、俺的には少し困ってしまう。
俺はこういう時どう反応したがいいのかいまだに分からない。
なので『あはは』と苦笑しつつ、気まずいので飯を食う事に専念して黙々と弁当を食べる。
すると、レイナが「ごめん、からかいすぎました。だからそんなに不貞腐されないでよぉー」と泣きついてきた。
あ、俺レイナから不貞腐されていたように見えていたのね。
◇
放課後、教室を出ようとした俺は、レイナに呼び止められる。
「クレハー!今からみんなでカラオケ行くんだけど、一緒にどう?」
俺は一瞬足を止める。
「あー……」
レイナは交友関係が広いからその友達と行くのに、俺も誘ってくれたのだろう。
気持ちは嬉しいが、レイナ以外の他の生徒とは、正直あまり馴染めていない。
……それに、今日はもう予定を決めていた。
「ごめん、今日はする事あるから行けない」
「あー……死体回収屋?」
「うん」
レイナには俺が学校と両立して死体回収屋をしていることを知っている。
「そっか……じゃ、また今度遊ぼうねー。お疲れー」
「お疲れー、じゃあまた明日」
そう言って俺は作業着に着替えて学校を後にした。
学校に置いていた自分のロッカーに入れている仕事道具も忘れない。
◇
俺は学校の正門を出て、目的のダンジョンへと向かいながら歩く。
「もう喋っていいよ」
俺は周りに誰もいない事を確認して、虚空に喋りかける。
するとペットボトルが入ったバッグの中で、くぐもった声が響いた。
『ヤットか……もうオトナシクするのモ飽きたトコロダッタゾ』
「ちょっとあんた、声くぐもりすぎじゃない?」
俺は歩きながら、スクールバッグのペットボトルを取り出してフタを開ける。魔力の塊である粘液が、そこに潜んでいた。人がいる場所では目立つので、こうして隠して持ち歩くことにした。
「てか、マジで付いてくるの……。めっちゃリスク高いことしてるよ今、私」
『仕方ないだろう、あの家にいるだけでは暇でしょうがナイ。ソレニ、他のダンジョンもどういうものか見てみたいのデナ』
俺はいろいろ忙しくて、ここ1週間行けてなかったダンジョンに死体回収屋として久しぶりに潜ろうと思っていた。
その事をウチに住み着いている喋る魔力――ボスに告げると、我も行きたいと言って聞かない。
結局、俺が折れる形で連れていく事になった。
というか、ボスって呼べと言われてなるべく呼ぼうとしているけど、いまだに慣れない。
『今日はどこのダンジョンに行く予定なのダ?』
「んーと、鈴江町管轄のダンジョン098に行こうと思ってる。しばらくはここを中心に活動する予定」
『ソコハどういうダンジョンか』
「初心者に優しい比較的難易度が低いのが特徴のダンジョンだよ。探索初心者がよく来るから、結構あそこのダンジョンは賑わってるイメージ。一階層なんてダンジョン由来の草木が生えてるだけのエリアだし、魔物が現れるのは二階層からっていうのも、ダンジョン探索に慣れたい人からすれば絶好のスポットなんだよね」
『そんなに初心者に優しい所なのにクレハの仕事はできるのか』
「ある程度はね……。いくら初心者に優しいって言ってもダンジョンには変わりないから、人は死ぬ時は死ぬよ。あと、このダンジョンの探索人口も多いからそれもあるんじゃないかな。……ただ一階層で死んでる人は本当に一回も見たことないけど」
『魔物が一階層に現れないのは分かったガ、トラップなどもないのか?』
「……トラップも見たことないかな」
『そういうトコロもあるのだナ』
「ボスが居た、ダンジョンだってそうじゃなかった?転移魔法使うまで、そこのエリアは何も無かったし」
『アレは、意図してそうなったものじゃないからな。ダンジョンが生まれる過程の不具合の結果ダ』
「ふーん」
『何にせよ、楽しみになってきタ。クレハの死体回収屋としての仕事ぶりも見れるシナ』
「それはどうも」
◇
鈴江町管轄のダンジョン098の入り口の前に立つ。
その時に俺は自分が死体回収屋だと分かるようにその文字が書かれた腕章を取り付けた。
これは仕事の時だけつけるようにしている。
入り口には守衛さんが立っており、入場者の資格の確認を行っていた。俺はポケットから資格証を取り出し、「お願いします」と言って差し出す。守衛はそれをじっくり確認し、淡々とした口調で通行を許可してくれた。
「……問題なしですね。では、より良い探索を」
軽く会釈をし、ダンジョンの内部へと足を踏み入れる。目の前に広がったのは、一面に草木が生い茂る広々としたエリア。
仕切りがなく開放的で、ダンジョンと言われると薄暗い通路が続くイメージがあるが、このダンジョンはそれの真逆をいっている。
このダンジョンの最初の階層は、地面には適度に雑草が広がり、ところどころ低木が点在している。
整備されていない野原のような空間の中を、探索者たちが思い思いに行き交っていた。
人々の声が飛び交い、ダンジョンの中は賑わっている。
『すごい活気だナ』
耳の裏に超小型サイズのボスの粘液が俺の耳の裏にくっついてそこから喋りかけてくる。
これだったら人前で喋りかけていても分からないだろうという事だった。
少し変な感じがしてゾワってなるけど……。
「まぁ、一階層は魔物が現れない分、みんな気楽でいられるからね。だからダンジョン探索初心者がダンジョン慣れする時に向いているダンジョンでもあるんだけど……。それよりあんた、分裂できるのかよ。」
『我の体は粘液が故、割と変形は自由度が高イ。とはいえ、こんな感じで、小さく分けた方に意識を割いたら、ペットボトルに入っている方の粘液はただの喋らない魔力と化す。二つに分かれた胴体にどちらとも意識を飛ばすことは今の所出来そうにないのでナ』
「喋らない魔力が普通なんだけど」
ボスは耳裏で俺にしか聞こえないぐらいで、音を伝えてくれているため、周りからは、俺が独り言を発しているように見られているだろう。
だけど、1人で喋ってる人たちは、ダンジョン探索配信者が流行っているこの世界では日常茶飯事、怪しまれることはない。
スマホを掲げ、画面越しに語りかけて実況を行っているし、カメラマンを連れている探索者もいる。
聖域の存在でエンタメ化されてダンジョンによる死が軽くなったことで、娯楽として確立されたダンジョン探索の姿が、ここにはあった。
登山だって一歩間違えば危険なものだが、趣味としてやっている人は沢山いる。この世界でそれと同じような立ち位置にあるのが、ダンジョン探索者なのだ。
「地下一階層は、私の仕事ができる場所でもないし、早速地下二階層に行くかな」
俺は二階層に行くために歩みを進めた。
◇
「私の配信にいらっしゃい!神田ダイズの探索チャンネルにようこそ!」
声は明るく――いや、そう振る舞っているだけ。
だからぎこちないかもしれない。
配信でスマホに映る自分を見ながら、探索を開始する。
スマホは風属性魔法の応用で浮かせているため手は空いている。
同時接続者は――1人。
来てくれるだけでも、ありがたい事は分かっているけど、欲を言えばコメントが欲しい。
だが、コメントは来ないので私は精一杯、せっかく来てくれた視聴者を逃がさないように喋る。
「ありがとね!私のダンジョン配信、探索を始めて間もない初心者だけど楽しんでって!」
必死にテンションを保つ。視聴者1人でも大切な存在だから。 しかし、すぐに同接は0となった。
気落ちしながらも、どうにか自分を鼓舞する。
ダンジョン探索系の配信が流行り、成功している者は同接が万を軽くいったり、スポンサーまでつく。しかし私は個人勢――事務所にも所属していないし、同接が10を超えたことのない底辺配信者。
そんな私がこの探索配信者を始めた理由は自分から見ても特殊だと思う。
自分の家の豆腐屋を宣伝するため。
他の探索者を始めた理由とかなり経緯が異なるだろう。
◇
「神田屋」は田舎にある小さな豆腐屋。祖父の代から続く店で、かつては町の人々が朝の食卓に並べるために買いに来ていた。しかし、時代は流れ、スーパーやコンビニが安価で豆腐を販売するようになり、店の売上は落ちていった。
「なかなか厳しいなぁ……」
父がそうぼやく数が、年々増えていった。
私は、親の店をどうにか盛り上げたいと考えた。
そんな時目をつけたのが、流行っていたダンジョン探索配信者……。
沢山の人から注目されるその職業は、上手くいけば私の家の店を宣伝するのにとても有効ではないかと考えた。
私には、その人独自の感覚や技術によって発揮できるその人だけの魔法、『固有魔法』が発現していた。――これは誰もが持っている訳ではないというアドバンテージもあり、私にはダンジョン探索の配信で成功できる可能性があるとその時は思っていた。
実際、第一線で活躍する探索配信者の中には固有魔法を持っている人たちも多い。
周りからはもちろん、力入れる方向性間違えすぎだとか、もっと別のいい方法があるだろなど言われたが、外野からどう否定されようとも両親が自分たちのために考えてやってくれてるのだからと、止める事はせず、応援してくれたことも励みになり、徹夜で勉強する日々を続け、資格習得までかぎつけた。
ダンジョン探索の配信で人気になれば、店の宣伝ができる!
そう信じて、ようやく田舎からこちらへと引っ越し、念願のダンジョン探索配信に挑んだものの、この有様。
――相手を3秒間完全にその場に固定する魔法。
『フリーズ』
氷属性の「フリーズ」と名前が被ってしまうけど、私の固有魔法はそれとは違う。
この魔法はどんな状況でも強制的に隙を作れるが、使うと一気に脱力してしばらく動けなくなる。使いどころが難しい魔法である。
それでも、自分には固有魔法があると思うだけで、自信になった。
その自信がまずかったのかもしれないと、今では思ってしまう。
――だって宣伝どころの話ではないのが現状になってしまったから……。
だけど、店の売上が回復しなくても、ただ温かく見守ってくれた両親にはちゃんと恩返しをしたい。
だから私は、今日もダンジョンに潜る。
◇
初心者におすすめだとネットで調べて出てきたので、訪れた鈴江町管轄のダンジョン098。
鈴江町管轄のダンジョン098の二階層の湿った空気の中、草の間をぴょん、と跳ねながら近づいてくる魔物がいた。
私神田は、緊張しながらも起動媒体の杖を構える。
小さなモフモフの塊。白くて丸い。耳はふわふわで、目はくりくりと大きく、愛らしい。まるで、絵本の中に出てくる小動物のような――そんな魔物だった。
「可愛いけど……これは魔物」
自分にそう言い聞かせる。
可愛いから、倒すのに抵抗を覚えるけど魔物は魔物だ。
私の狩る対象。
私の両手には起動媒体の杖とサバイバルナイフが握られている。
私の固有魔法で動きを止めて、サバイバルナイフで倒す……!
同接0人だろうが、やる時はちゃんとやる……!
私は空気中の魔力を練り上げ、杖に込める。固有魔法――
『フリーズ』
「……いけっ」
そうすると小動物のような魔物がカチリと動きを止める。
1秒――じっとしたまま、動かない。
2秒――魔物の可愛い顔を見つめてしまう。
3秒――私は、サバイバルナイフを握る手を緩めた。
「……無理だ。こんなの、やれない……!」
魔物を相手にするのは、よほどの精神力が必要なのだと、自分がこの場に立って知らされた。魔物相手でも自分が命を手にかける抵抗感は、半端ない。
そして、私は何もしないまま――3秒が経過した。
その瞬間だった。
魔物の大きな瞳がくるりと変化する。
可愛らしかった顔が、一気に変貌した。
口が裂ける。鋭い歯が剥き出しにされ、ドロリとした唾液を垂らす。
獰猛な顔。
そしてその豹変した魔物は私の首目掛けて、歯を剥き出したまま飛び跳ねた。
「――っ!!!」
反応できない。固有魔法の反動で私は力なく倒れ込んでしまっている。
――終わる。
次の瞬間。
スッ――
滑らかに、一本の黒いナイフが飛んだ。
ズブッ――!!
鋭い一突きが、魔物の喉元を貫く。
「……へっ?」
息を飲む。
視界の先、そこには作業着を着た――小柄な可愛らしい顔をした少女が立っていた。
腕には死体回収屋と書かれた腕章がしてある。
無造作にナイフを引き抜くと、彼女は静かに言った。
「――躊躇してる場合じゃないですよ。…………お怪我ないですか」
その言葉を聞いて私は助かったんだと、一気に脱力する。
「……だい……丈夫です」
「アイツは、ピュアビーストと言って、強さ自体はそこまでなんですが、自分の可愛さで相手を油断させておいて、急に襲ってくる魔物です。無事なら良かった。なら私はもう少し下の方に用事があるのでそれでは」
そう言ってその少女は立ち去ろうとするので、その前に私は勢いよく腰から上を折り曲げて言う。
「あ、あの私を助けてくれて、ありがとうございました」
するとその少女は、一瞬軽く目を見開いたかと思うと、すぐに破顔して言った。
「いえいえ……あ、あとその魔獣の魔石貰っていいですよ」
そう言い残して少女は去っていった。
彼女が死体回収屋なら今の状況は、私を見殺しにして回収し蘇生した方が儲けになる。それをしないどころか、魔石まで私に譲ってくれるという。
SNSなどで散々叩かれているような死体回収屋のイメージと全く違う。
私は唖然としながら、その場に立ち尽くしていた。
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