ラウンジにて──名前を呼ぶまでの距離

Spica|言葉を編む

第1話:猫のスタンプが鳴かない夜(女性編)

お互い、本当の名前を呼ばないまま、ただ会っていた。

猫のスタンプが鳴かない夜、私は、少しだけ“女”になる。


彼とは、春から3度身体の関係を交わしている。別に付き合っているわけではない。彼は、夜のバイトの客だし、その延長。


だから私の返信は、予定と、短いスタンプ。


絵柄は猫。鳴いてもいない。寝転がって、ただこちらを見ているだけのモノ。


以前は、彼も私的な話を送って来ていたが。私が事務的な返事を送るので、もう、あの人は、何も言わない。


ただ、《了解》とだけ。


私も、言葉を落とす隙間がなかった。


ただ、会うたびに、少しずつ身体の位置が近くなっている気がする。


それは、錯覚かもしれない。

それでも、彼の背中の形が浮かぶ夜がある。


今日は、私から4回目の予定を送った。


──ただ、誰かの“女”に少しだけなってみたかっただけ。


それ以上でも、以下でもない。

けれどその夜、既読がついたのはずっとあとだった。


静かに胸に刺さった。──それだけのことが。

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