殺意∞

馬村 ありん

死章

 犯罪捜査に携わって二十年、このような目つきをした少女に、これまで私は会ったことがなかった。切りそろえられた黒髪の下からのぞくのは、見開かれた厚いまぶたの三白眼。剥き出し、血走り、怒りをたたえていた。

 拘束衣でいましめられた体を、パイプ椅子の上にすえて、少女は私に相対した。顔つきだけに言及すれば、ごく普通の少女のように見える。マッシュルームカットに似たショートボブの髪、高い鼻梁、薄い唇。化粧っけは無く、それでも肌には色艶がある。放埒とまで形容したくなるような若さをその顔面に秘めていた。


「沢原かなめで間違いないな」

 少女は答えなかった。

「捜査への非強力な態度は、君の立場を不利に追い込むぞ」

 やはり答えなかった。

「沢原かなめ、十五歳。**東中学校の三年生。君は少なくとも十三人の殺人と五件の放火事件に関わっている。十三人のうち、大半が子供やお年寄りだ。その手口も、卑劣極まるものばかりだ」

 こう述べながら、少女にちらりと視線を走らせた。拘束衣で着ぶくれしているが、その細い首を見れば、華奢な体つきをしていることが分かる。本当にこの少女が何人も殺したのかわからなくなってくる。

「警察としては、君が犯罪を起こした理由を解き明かさなくてはいけない。協力してくれるな」

 沈黙。


 それから、被害者ひとりひとりの素性について述べた。年齢、性別、出生地、経歴。老後を幸せに暮らしていた老婆もいれば、両親からのたゆまぬ愛情を受けていた少年もいる。少年については、とりわけその幼い年令を考えると、ご両親の心の痛みに思いをはせてしまう。

 沢原かなめは、まんじりともしなかった。どれだけその犯行の卑劣さを強調したところで、上の空だった。まるで人形のようだった。呼吸はしているのか。まぶたは閉じるのか。目玉はビー玉でできているのか。

「聞いているのか?」

〝怖い警官〟役の塚田がテーブルに両手を叩きつけた。

「お前のせいで、いたいけないくつもの命が失われたんだぞ。どうしてそんな平然とした顔をしていられるんだ。血も涙もないのか。お前の本性は鬼畜か」

 なしのつぶてだった。


 取調室を出て、私は屋上へ行き、タバコを吸った。めまいがした。気が滅入るような話――駅のホームからお年寄りを突き落としたとか、電車内で居眠りしている女性の首筋にアイスピックを突き立てたとか――の数々を聞き続けていたせいかもしれない。

 この幼い犯罪者は、これまでの犯罪者となにかが違う。血も涙もない冷血な人間というのは存在する――それはトルーマン・カポーティの著作を引用するまでもなく、歴然とした事実だ。

 それでも、血の通った人間というのは、必ずどこか泣きどころをもっているものだ。両親を手にかけた人間もその思い出話に涙する。『人を殺してみたかった』などとうそぶく人間も涙ながらにその精神的生活の窮状きゅうじょうを物語る。

 しかし、この沢原かなめは動じることがなかった。

 手を変え品を変え、話を聞き出そうとしても、黙秘を貫く。


 なぜだ。

 なぜこのような化物が存在する?

 沢原の両親は、ごく常識的な人間で、娘の凶行にうろたえてばかりだった。虐待だとか不適切な育児の臭いは全くと言っていいほど感じられない。愛情を注いで育てたのになぜ……。ついには二人揃って泣いてしまった。


 私の疑念を嘲笑うかのように、沢原は何事にも動じない態度を見せつけることで、捜査班を疲弊させた。

 許されるのなら、拷問的な手段を使ってでも、口を割らせたい――そんな気分にさえなった。

 塚田はついに手を出してしまった。平手打ちが、沢原の頬に当たった。頬を赤くしながらも、やはり沢原は動揺するそぶりすら見せなかった。

「マズったな。そとで休んでこい」

 私は耳打ちした。

「すみません」

 顔を青ざめさせ、塚田は部屋を出ていった。


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