第10話「大切なものを見つけてください」後編

「蒼太くん。私たちは、幽霊を見てしまったのかしら?それとも、狐か狸が化けてたのかしら?」


 後者の方が可愛くていいわねと楽しそうに愛梨が笑う。

 なんとも呑気な探偵部の部長に、こちらまで気が抜けてしまいそうだ。


「どう見ても普通の人間でしたよ。考えられるのは、うちの生徒ではなかったってことですね」


 真面目に答える蒼太を見て、愛梨が嬉しそうに笑う。


「ふんふん、そうよね。うちの制服を着てしまえば、案外簡単に校内に紛れ込めてしまうものね」


 林と名乗った女子生徒は、何らかの理由でうちの生徒になりすまし、探偵部に依頼をしてきたのだと推理した。

 そして、こそが今回の事件の要となるだろう。


「林さんは逢沢先輩が連れてきましたよね。どうやって会ったんですか?」


「3年生の教室の近くで誰かを探してるようだったから声を掛けてみたの。そうしたら……」




 昨日のこと。

 自身の教室付近を歩いていると、キョロキョロと不安気な表情で辺りを見渡している女子生徒がいた。


「こんにちは。誰か探してるの?」


 声を掛けると、女子生徒は愛梨の顔を見て一瞬息を止めた。

 その後ハッとした表情で口を開く。


「あ、あの……友だちから探偵をしている先輩がいるって話を聞いて、その方を探してるんです」


 愛梨は目を丸くした。


「あら偶然! 私のことよ! もしかして依頼があるの!?」


「えっ! あ、はい……ご相談したいことがあるんですっ」


 女子生徒の表情は真剣であった。


「蒼太くんが喜ぶわ! ぜひ聞かせて!!」


 初めての依頼に興奮した愛梨は、そのまま女子生徒を部室へと案内したのだった。





「林さんは探偵部の存在を知っていて、始めから依頼するつもりだったんですね」


 蒼太がつぶやく。


「そうね。蒼太くんは、彼女がうちの生徒になりすましてまで『桜のキーホルダー』を見つけてほしいって依頼してきた理由はなんだと思う?」


 愛梨は、勝手に持ち込んだ紅茶セットで淹れたアールグレイを優雅に飲みながら蒼太に問いかけた。


 蒼太は少し考え込むようにした後、口を開いた。


「彼女が調べてほしいと言った場所は、全て人目の付かないところでした」


 林が言った心当たりのある場所は『屋上』『体育館裏』『別棟女子トイレ』『ゴミ捨て場の近く』と、すべて生徒があまり近寄らない場所であった。


「彼女は以前にもうちの学校に侵入したことがあって、その際に『桜のキーホルダー』を落としてしまったんじゃないでしょうか。彼女自身でも探したけれど見つけられず、さすがに何度も侵入するのは難しく、探偵部に依頼したんじゃないかと思います」


 蒼太は、真剣な表情で自分の推理を話した。

 愛梨は変わらず優雅に紅茶を楽しんでいる。


「私たちがそのキーホルダーを見つけたとして、どうやってそれを受け取るつもりだと思う?」


 愛梨の言う通り、それが問題である。


「彼女がうちの制服を着てたことから、この学校に友人がいるんじゃないかと思うんです。制服も借りた可能性がある。その友人に頼んで受け取ってもらおうとしたのでは?」


「それなら始めからその子に探してもらうんじゃない? 探偵部に依頼するのだってその子に頼めばいいし」


「…確かに、そうですね」


 愛梨の的確な指摘に納得した蒼太は、再び考え込んだ。


「そもそも彼女は、どうしてうちの学校でキーホルダーを失くしたのかしら」


 愛梨の言葉が引っ掛かった。


 彼女は、なぜうちの学校に侵入したのか。

 そこで失くしたものをどうやって受け取るつもりだったのか。


 この学校に友人がいるなら、愛梨の言う通り友人に頼めばいい。

 それができない理由がある。それとも友人がいるわけではないのだろうか。

 それならなおのこと、この学校に侵入する理由なんてあったのだろうか。


 何か前提条件を間違えているのかもしれない。


 そう考えた時、頭の中で何かが弾けた。


「そもそも『桜のキーホルダー』なんて落としてないのかもしれない……」


 頭の中の考えを思わず口に出していた。

 愛梨は満足そうに紅茶の香りを楽しむ。


「彼女は、何か別のものを見つけて欲しかったのか」


 彼女の真意は、別のことにある。

 蒼太の中でそれが確信に変わった。


「それじゃあ、を探しにいきましょうか」


 愛梨は、飲んでいたカップをコトンと置いた。







 二人は屋上と体育館裏を周ったが、特に変わった様子はなかったため別棟女子トイレへと足を運んでいた。


「さぁ蒼太くん! 憧れの女子の花園へようこそ!」


「だから興味ないですって。ここは先輩にお任せします」


 ノリが悪いなぁと不貞腐れながら、愛梨は1人でトイレへ向かった。


 ドアの前に来ると声が聞こえてきた。


「ねぇ、足りないんだけど?どういうつもり?」


「ご、ごめんなさい……でももう……」


 聞こえてくる声などお構いなしに愛梨はドアを開けた。


「お取込み中失礼するね~!」


 その場にいた四人の女子が一斉に愛梨の方へと視線を向け、目を見開いた。


「愛梨先輩…!?」


 一人の女子が声を裏返らせる。


「あら、私のこと知ってくれてるの? ありがとう~」


 張りつめた空気が漂う中で、愛梨は明るい声を響かせる。

 女子生徒たちはぽかんとした表情で固まっていた。


「探し物をしてるんだけど、この辺りに『キーホルダー』落ちてなかった?」


 女子生徒たちは無言で顔を見合わせた後、首を横に振った。

 その中で、一人だけ目を見開いたまま固まっている生徒がいた。


「もしかして、あなたが村上さん?」


 急に名前を言い当てられた女子生徒は、肩をびくりと跳ねさせた。


「は、はい……そうです」


 村上は、視線を揺らしながら小さく頷く。


「良かった! あなたに聞きたいことがあったの。探偵部の部室まで一緒に来てくれる?」


「えっ」


 思わず声を漏らした村上の隣りで、女子生徒たちが顔をこわばらせた。


「それじゃあ部室に案内するね~! 行こう村上さん!」


 返事を聞く前に、愛梨は彼女の肩を優しく押しながら強引に外へと連れ出した。


「蒼太くん、お待たせ~」


 トイレから少し離れたところに立っていた蒼太が振り向く。

 愛梨と一緒にいる見覚えのある女子生徒の存在に目を見開いた。


「村上さん……ですか?」


「そう! 話を聞きたくて来てもらったの! さっ、部室に行こう!」


 村上に聞いたつもりの返事は愛梨から返ってきた。

 村上は言葉を探すように口をぱくぱくとさせている。

 恐らく愛梨が強引に連れて来たんだろうと蒼太は哀れみの目を向けた。






 部室に戻ってきた蒼太たちは、村上から話を聞くために各々席に座った。


「この紅茶すごく美味しいの! 良かったら飲んでみてね。あ、砂糖はいる?」


 ゆらゆらと湯気が浮かぶ紅茶からは、ベルガモットの爽やかな香りがほのかに感じられる。


「あ、ありがとうございます」


 村上が遠慮がちに頭を下げた。


「早速なんだけど、村上さん何か困ってることはない?」


「えっ」


 愛梨の大きな瞳がじっと村上を見つめた。


「あの…」


 村上は堪えきれず、視線を逸らす。


「逢沢先輩は話が唐突過ぎますよ」


 愛梨の隣りに座る蒼太が小さくため息をついた。


「そう? 回りくどいよりいいじゃない」


 愛梨は目を閉じながら紅茶の香りを楽しむ。


「実は、僕たちはある依頼のために校内を調べてたんです。その時に村上さんを見かけました」


「昨日の屋上ですよね…」


 村上の言葉に蒼太が頷く。


「余計なお世話かもしれませんが、とても友好的な関係には見えませんでした」


 村上は顔を歪めながら俯く。肩は小さく震えていた。


「言いたくなければいいんだけど、助けが欲しかったら力になるわ」


 愛梨は持っていたカップを置き、まっすぐ村上の方を見つめた。


 村上が視線を落とす。

 スカートをぎゅっと握りしめた後、意を決したように愛梨の方へ向き直した。


「私……入学してからあまり学校に馴染めてなくて、親しい友人が中々できませんでした」


 絞り出すような声で、村上が話始めた。


「いつも一人で過ごしてたんですが、ある時、同じクラスの松木さんたちが声を掛けてくれて……」


「さっき一緒にいた子たちのこと?」


 愛梨の問いかけにこくんと頷いた。


「入学してからずっと一人だったからすごく嬉しかったんです。……ただ、彼女たちとは話が合わないことが多くて」


 村上は、校則をしっかりと守った着こなしから、まじめで控えめな印象を受ける。対して先ほど一緒にいた女子生徒たちは、巻かれた髪に濃いメイク、スカート丈も短く、華やかに着飾っていた。彼女たちが並んで歩くと、どこか違和感を感じてしまうだろう。


「一緒にいてもあまり会話に入っていけなくて……ただ相槌をうったり、彼女たちの話に合わせて笑ってました」





 ある日の昼休み。村上は、屋上で松木たちと一緒に昼食を取っていた。


「てかさ、サッカー部の丸山先輩まじでかっこ良くない?」


「わかる~でもマネージャーの子と付き合ってるらしいよ」


「え~~ショックなんだけど」


「そ、そうなんだぁ」


 女子生徒三人がわいわいと盛り上がる中、一人引きつった笑顔を見せている。

 母の愛情こもった手作り弁当を少しずつ口に運ぶが、なぜか味がしない。


 すると、それまで盛り上がっていた三人が急に無言になり、顔を見合わせる。


 突然の沈黙に村上は息を止めた。

 一筋の汗が、背中をゆっくりと伝っていくのを感じる。


「村上さんさぁ……うざいんだけど」





「それからは、三人の宿題を押し付けられたり…どこかに呼び出されて悪口を言われたり……最近はお金を要求するようになってきて…」


 ぽたぽたと零れる涙が、彼女のスカートを濡らす。


「学校には相談できる人が誰もいません……。でも、中学まで一緒だった親友にだけは相談できていたんです。放課後にいつも話を聞いて、心配してくれて……そのおかげで頑張ってこれました……」


 その言葉に蒼太は目を見開いた。


「その親友にも毎日こんな話を聞かせてしまって、申し訳ないし……もう、辛いんです」


 愛梨がそっと村上にハンカチを渡し、何も言わずに穏やかな表情でじっと見つめる。

 村上は一瞬泣き止み、愛梨の目を見つめ返した。


「た、助けてください……」


 愛梨はゆっくりと微笑んだ。


「もちろん。ちゃんと言葉にして伝えてくれるなら、絶対に助けるよ」


 愛梨の言葉に、村上は堰を切ったように泣き出した。

 しばらくの間、彼女の声が静かな部屋に響いていた。





 翌日、愛梨は村上たちの担任教師に今回のことを相談し、教師とともに松木たちに話を聞くことになった。


「村上さんいつも一人でかわいそうだから声掛けてあげたんです~。そしたら、いつも無理して合わせてる感じで……せっかく声掛けてあげたのに、なんかうちらが悪いみたいじゃないですか」


「そうなんです~。嫌なら言ってくれればいいのに。あたしたち村上さんのために、あっちから『嫌』って言ってくれるの待ってたんですよ~。お金もちゃんと返すつもりだったし」


 女子生徒たちは髪を触りながら、不服そうな表情で話す。


「だからってな~……金銭を要求するのはやりすぎだろう」


 話を聞いていた教師は、腕組みをしながらため息をつく。


「じゃあ、どうして始めからそう言ってあげなかったの?」


 愛梨は、にこやかな表情で言った。


「じ、自分から言い出せるようになった方が、今後村上さんのためになると思って……」


 女子生徒が目を泳がせる。

 笑っているはずの愛梨の瞳が、なぜか恐ろしく感じたのだった。


「お金返すつもりだったなら、村上さんからいくらもらったか覚えてるよね?いくら?」


「え、えっと、2,000円くらい?」


 女子生徒たちは顔を見合わせながら、控えめに答えた。


「村上さんに聞いた額と全然違うね? どうして嘘ついたの?」


 愛梨の瞳が、刺すように彼女たちを見つめた。

 女子生徒たちの体がぴたりと固まる。

 愛梨の静かな圧に、一緒にいた教師さえも言葉を失っていた。



「ねえ。教えて?」


「ひっ……」




 女子生徒たちは金銭を要求していたことが問題となり、停学処分となった。

 愛梨はその報せを聞き、にこりと微笑んだ。

 その瞳の奥には、冷たい影が差していた。





「村上さん、感謝してくれてたよ。松木さんたちが停学になっちゃったことは気に病んでたみたいだけど」


 探偵部の部室で、愛梨が紅茶を飲みながら嬉しそうに話した。


「それは良かったです」


 蒼太は、窓際の席で読書をしながら返した。


「え~、それだけ? 反応薄くない?」


「解決できたのは本当に良かったと思ってますけど、僕は何もしてませんから…」


 そう言葉にすると、胸の奥がズキリと痛んだ。

 今回の件で、愛梨との力の差を感じてしまった蒼太は、自身の未熟さを痛感していた。


「ところで、初めての依頼の謎。もうわかってるよね?」


「……はい。村上さんの話を聞いてわかりました。」


 蒼太の返事に、愛梨は満足そうに微笑む。


「どう? 探偵部楽しそうでしょ?」


「…はい。思ってたよりずっと」


 愛梨の言う通りになってしまったことが悔しく、言葉とは裏腹に面白くなさそうな表情で蒼太が返す。

 愛梨は微笑みを浮かべながら、紅茶を飲み干した。



 その日の帰り路。

 蒼太が駅のホームへと向かっている最中に、近くで楽し気な声が聞こえてきた。


「この前貸してくれた本、すごく面白かった!」


「本当? 良かった~! 最後のシーン良くなかった?」


 それぞれ違う制服を着た女子高生が並んで話をしているが、その二人の顔にはどちらも見覚えがあった。

 そして、二人のカバンには『桜のキーホルダー』が付けられている。


 蒼太は、先ほど愛梨から聞いた言葉を思い出した。


「そうそう、村上さんからもう一つ伝言があってね。いじめのことを相談していた親友が探偵部に伝えてほしいことがあるって」


 愛梨が嬉しそうに笑う。


「『見つけてくれてありがとうございました』だって。村上さんが不思議そうに言ってたよ」



 楽しそうに並ぶ二人の姿を見ながら、蒼太は一人そっと微笑んだ。

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