異能少女は心霊ホテルから帰りたい

夢枕

怪しい気配

 いつもより涼しい夏の夜、一人で留守番をしていた私は二階のベランダで望遠鏡を覗き込んでいた。


 なんとなしに星空を眺めて満足した私は、使い終わった望遠鏡を片付けようとした。望遠鏡の持ち方を変えるその時、手から望遠鏡が滑り落ちて、床にぶつかり、リングのパーツが衝撃で外れて飛び跳ねた。


 そして外れたリングは家のすぐ下にある崖下の廃墟の方へ落ちていったのが見えた。


 私は今残っている望遠鏡を直す。


 暴風雨もないし人に取られるものでもない。日を置かずに回収すれば元に戻すのはそう難しいことではなかった。まだ慌てるときではない。


 でもこの望遠鏡は明日お父さんが使うかもしれないことを考えると早めに回収しておきたい。


 普段ならこんな夜に外に出るのは危険だと止められるけど、今日はお父さんもお母さんも用事で朝まで帰ってこないから、それまでの間なら何をしてもわからないし、気付かれずに望遠鏡を戻すには親のいない今しかない。


 私は望遠鏡を持って家の中に戻り、手に携帯などを持って崖下の廃墟に行くべく家を出た。


 廃墟までの道のりでは、携帯もあるけど使い慣れた懐中電灯で照らして進む。道のあちこちに視線を巡らせるけどリングらしきものはない。


 そうして私は二階から見下ろしていた廃墟の前に辿り着いた。


 その廃墟は山の麓にあり、向かって左には崖、反対の右手は大きな道路に面していた。


 何年も前に潰れた宿泊所で、ここは呪われた四号室に入ると死ぬという噂があった。


 リングが落ちた場所はわかっている。

 私の家に近い裏手の方の、建物の上にある道路から飛び降りて敷地に入った。


 落としたリングは、敷地の隅の方の、草がまばらに生えたところに落ちていた。懐中電灯で照らすと、草の空いた地面に黒いリングがあって、それを拾い上げて見つめると、望遠鏡のと全く同じサイズであるのを確認して手の内に握った。


 さて、目的も達成したからあとは帰るだけだけど、帰り道が、どちらに行けばちゃんとした出入り口に行けるのかがわからない。


 道路の方からの街灯はあるけど、草木の茂るこの敷地はやっぱり暗くて見通しが悪かった。


 目的はもう達成したから、わざわざ地肌のゴツゴツとした斜面を登って元の道路へ戻りたくない。


 とにかく上から何度も眺めていた廃墟だ。まずは今の位置情報を確認する。

 あたりを歩いて左右前後を確認。そして出入り口がありそうな正面の方向へ向かっていく。


 私は砂利の音を立てながら建物に沿って歩いていた。

 するとどこかで何かの気配がする。


 何かあるのかと思い、立ち止まってあたりを見回す。近くには朽ち果てた建物の骨組みらしきもの、その中に備品らしきものが集まっていた。


 地面に倒れたドアには二号室のプレートがついていて、そのすぐそばには六号室のドアが倒れていた。


 建物は朽ちていてどこがどうだったのかわからないけど、近くに呪われた四号室がある危険性が。


 そこで、私は家から持ってきていた木の棒を地面に立てた。私たちの一族はそれぞれ特殊な能力を持っていて、私はこの心行棒しんぎょうぼうを倒して進むべき道を見つけるという能力がある。


 肘から手首くらいの長さの心行棒から手を離す。

 心行棒はそのまま前方に向かって倒れた。


 心行棒に従ってまっすぐ進むと、後ろから人らしき声がした。


 振り返らずに進み、建物の角を曲がると、何かが近くを通り過ぎた。


 入った時は静かだったのに正体不明の声が聞こえてきたし、さっきは私の近くを掠めるような気配がした。


 危険を察知してその場にしゃがんで棒を倒す。

 倒れた棒は右前方を指した。


 私が右斜めに歩いていくと、さっきまで私が歩いていた方向に物が落ちてきて、バタンと重めの音を立てる。


 よく見ていないけど、当たっても痛くないような軽い物ではない。危機一髪だった。


 私が安心して少し建物の方を見ると、反対の方からガサガサと草を揺らす音がする。


 そこから離れるように建物の方に寄ると、足元に何かがまとわりつく。


 "それ"から離すように足をバタバタと交互に上げると、足をもつれさせ、頭が回らないまま逃げるように建物の方に寄っていく。


 そしてバタンと前に倒れてしまった。

 埃っぽくて硬い地面に手をついて、膝はじんじんと痛む。


 すぐさま腕を立ち上げて顔を上げると、外壁が崩壊した部屋で、真正面に姿見があって、半身を起こした自分の姿が映る。


 落とした懐中電灯が白く照らす自分の顔に、被さるような手の影が落ちていた。

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