【五】両親に恵まれすぎたことが玉に瑕

王都は今、奇っ怪を極めていた。

何もしなくても食べられるために暇を明かした

人々が毎日、ダラダラと浮かれ騒ぎをしている。


働かなくてもいいが、

かといって働かずして自分が何をするかはわからない。

学問を志すにも学びたいことがわからない。

そのような人々のことを

僕の時代では三文字で大学生と呼んだものだ。


この時代では彼らは大学生ではない。

なので学位がない大学生となっている。

酒に酔っ払い、休まずに煙草を吸ってあちこちで市民が寝っ転がっている。


露店にはカラフルな衣装が売られ、

出見せには色々と混ぜた酒類が販売され、

所々で人々が喧嘩をしていた。


熊留学生のような

他国からの人間も見られる。

ここが世界一の学業国になったとは言え、

やることが飲んだくれでは

国とご両親が鮭を涙で塩漬けにする(秋田クマ王国の慣用句)だろう。


「相変わらず騒がしくて臭いわね……」


毎日続く惰性的な乱痴気騒ぎ、それを横目に

ドミノマスクで身分を隠したジェーンと

あえてフードを被る程度の扮装にして囮を担うシスマが通った。


目元を隠すのは本当に良い案だ。

ジェーンの、正式にはクレオの領地でも

学も職もない人々が自己表現に奇抜な服装をしていたが、

王都ともなれば人体改造が普遍的になっている。

入墨、差し歯、あちこちのピアス、

義手や義足の装着。


これに比べたらマスクはなんてことがない。


「クレオは何処にいるのかな」


──まだ彼女を疑っているのかい?


まったく嘆かわしいことだ。

あれだけ人を信頼する素晴らしさを説いたのに。

親友を疑って、クレオは何を思うだろうか。

想像するだけで胸が痛む。


たしかにどうしてか叛乱罪で

聖女の座を奪われ、

一日で追われる立場になり、

クレオは国王の信任が厚く、実質的に政治の実権を握っているが、

それだけで彼女が怪しいなんてありえない。


なのにどれだけ言っても耳を貸してくれない。

ついには「なんで子供でも怪しむことに気づかねーんだよ」と怒鳴られてしまった。

それも聖女らしからぬ言葉遣いで。


「クレオ様が貴女を陥れたと決まったわけではありませんよ」


そうだ、流石はメイド長だ。

言わないといけないことをがっつり言ってくれる。

ジェーンが「こいつまでお話にならないのか……?」という顔をしたが、

その顔はすぐに親友を疑ったことへの後悔に染まるだろう。


「無論、決まっていないわけでもありませんので、

 直接コンタクトを取りたいです。

 私達ではない動ける人が欲しいですね。

 クレオ様はあくまで最有力容疑者と見なし、

 他の可能性も常に考慮しましょう」


「まあそれはそうかあ」


なんで……? でも人手が欲しいのはその通りだ。

何をするにも人からの協力がなくっちゃね!


「なのでジェーン様の御生家に行きましょう」


「やだ」


ぷいっとよそを向いてジェーンは拒否した。

彼女は食料革命を成し遂げ、

国から飢餓を根絶した異常な才覚から、

実の両親には化物と嫌悪された。


だから彼女は今も実家に行くのを嫌がっている。

人間的に苦手意識もあるんだろう。

親に拒絶されたことは

彼女にとって“僕”という前世の人格をパージするほどのストレスだった。。。。。。。。。。。。。


「ていうか絶対に敵になるわ」


「そうかもしれませんね

 その時は力でエルロンド家を制圧しましょう。

 ご両親は地下牢に幽閉しておけば

 あとは拠点になります。ご両親以外は貴女の味方になるでしょうし」


そんな主の両親を平然と幽閉するとか言う?


「父と母以外は使用人と衛兵しかいないでしょ」


「人手です。それに公爵家で働ける人材は

 それだけで能力が保証されていますよ。

 あらゆる面で、です」


「うーん……でもなあ……

 どうせ……絶対に……」


ジェーンらしからぬ弱腰、逃げ腰だった。

理性ではシスマの方針に賛成しているのに

心が嫌だと感じてしまっている。


でもそんな時も安心だ。


──僕を出してみて。


そう呼びかけ、

彼女の首飾りを作動させる。

僕はジェーンの前世であり、

魂というのは血に流れるものだ。


今世の血液を溜めている首飾りを媒介に、

僕が真紅のマントに成って顕現した。


「僕が一緒にいるから大丈夫だよ。

 一緒にご両親と話をしよう。

 ただし、喧嘩はあくまで最終手段だよ。

 相手は君の家族なんだからね」


僕は色々な家族の形態を見てきた。

結局のところ、家族が家族でいるのには

どれだけのイベントと感情を共有してきたかが鍵を握る。

その点で言えばジェーンの両親は家族でいるには不十分だが、

それで諦めるのはあまりに悲しい。


彼女がそれを望んでいるかは問わず、

いつかは関係が変わる可能性は保持しておきたい。

ジェーンのこれからのためにも。


「まあ……それならいいか。

 でも貴方って両親に好かれなさそうなのよね」


「何故?」


「あの人ら、性格悪い凡人だから凡人のお人好しが嫌いなのよ」


「言い草が酷すぎる」


どちらにとっても。

僕は気にしない(シティボーイとしての自負があるから)が

これから会いに行くというご両親にうっかりでも

そんな言い方をしては溝がさらに深まってしまうことだろう。


「とにかく内心はどうあれ

 これから会いに行くご両親相手にそんなことを口にしてはいけないよ。

 言葉は時として想像以上の結果を招くんだからね」


「はい」


相手の目を見て穏やかにゆっくりと指摘したら、

ちゃんと納得してくれたようだ。

よかった。彼女は僕にはだいぶ心を開いてくれている。


これが相撲の力だ。

肌と肌をぶつけ合わせて取っ組み合うと

真正面から正々堂々と相手に向き合う清々しさで

関取の心の壁が取り払われるって仕組みに違いない。


ずっと彼女の補佐をしてきたシスマも、

ジェーンの素直さに軽く衝撃を受けている。

口を小さく開けて丸くしていた。


「スゲーマン様、凄いですね」


「二人なら気まずい空気感もなんのそのさ!」


石畳の、ゴミが多くもよく整備された道を進む。

流石は公爵家だ。大通りだだけで屋敷に到着できた。


とても広大で、庭に森がある屋敷。


裏山を持っていた僕の実家ほどではないが、

森があるのは大したものだ。

四方を門番が見張り、家紋をあしらった扉が

要塞もかくやという堅牢さで立っている。


9歳の頃までここで育っていたのに、

公爵令嬢は眉間に皺を寄せて唸っている。

犬が威嚇するのに似ていた。


「よおし、いっせーので門を開けて入ろう」


マントとして耳元で囁く。

衛兵はシスマが軽く気絶させてくれた。


基本はシンプルな行動方針で生きるジェーンでも、

今の彼女の頭にはさぞ色々なことが過っているのだろう。

受け入れられるイメージ、

拒絶されるイメージ、

攻撃されるイメージ。


どれも乗り切る力があっても、

親にまた否定されるかもと考えるのは、

どれだけ覚悟しても心が挫けかねないものだ。


こういう時、自慢でもなんでもなく、

僕が両親にあまりに恵まれたことがネックに成ってしまう。

どうやっても“わかるよ”などとは言えない。

口にした瞬間に嘘つきの親不孝者になってしまうから。


たまたまとは言え、

宇宙一の両親に巡り会った幸運がある以上、

僕はあらゆる家族関係の不和に共感する資格を失くしてしまっている。


僕にできることは彼女の側にいることだけ。

それと辛い結果になれば、

彼女が気分を切り替えるまで話し相手になるくらい。


「よーし!」


覚悟を決め、重々しい巨大な鉄扉を開けた。

力みすぎて根本から捻れてひしゃげ、転がる。

豪快な侵入者に屋敷中の兵士が来ると思ったが、誰もいない。


広間から鬨の声が染み入るように響いていた。

シスマと目を合わせ、静かにそちらへ進むと

昔懐かしい祖国で、元聖女の父が剣を翳して叫んでいた。


「これは我らの天命である!!

 愛娘に不当な汚名を浴びせ、黙っていては何のための剣か!!

 今こそジェーン・エルロンドの起立に呼応し、

 我らも玉座に攻め入り、卑劣な謀略練りし者どもの首を並べん!!」


軍国での最高権力者に相応しい

堂々たる振る舞いと

演説に兵士が熱狂していた。

防音がしっかりした造りの広間にも

地響きとして漏れるほどの熱狂が、そこにはあった。


ジェーンの父親は喜び勇んで

国王と戦をしようとしていた。


「あーー…………」


状況を呑み込み、シスマが納得した。

ジェーン本人は目を白黒させている。

とりあえず、予想外だったが、拒絶はされないのは安心だ。

彼女の父は娘を言い訳と象徴にして

戦争をしたがっている。


けれど、まあなんとかなるだろう、親子なんだし。


「いや無理だって」


僕の独り言が聴こえたのか、

神輿にされようとしている少女が小さくツッコんだ。

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