【三】死ぬならせめて過労死だわ

地下通路を進む。

悪臭はないが、明かりもない。

光を吸収する魔法のガジェットが使われているのか、

無明の通路を灯りもなしにメイド長に手を引かれて進む。


「あなたって本当になんでも知っているしできるわね」


「公爵家お抱えのエージェントですから。

 要求される技能は多岐に渡ります。

 およそ、人間ができること全てをこなせるように仕込まれました」


「誰に?」


「貴方のお父様と私の師にです。

 表に出せない仕事は私がやってきました」


「うちってやっぱりそういう担当がいたんだ」


「国防の要も担当していらしたのが貴方のお家です。

 国中を周り、戦場にも何度もお供しました」


「それがあたしの付き人になったの?

 退屈じゃなかった? 毎日、交渉とお金の管理なんて」


「まさか」


暗くて見えない、

超視力を発動させても先にいるから正面はわからない。

しかし、シスマが笑ったのがわかる。

珍しいことだ。長年一緒にいるジェーンも目を丸くした。


「貴女ほど刺激的な人物はいませんよ。

 おかげで実質的に失業しましたが。

 貴女を補佐した私のせいだから自業自得とも言われました」


ジェーン・エルロンドは世界の注目の的だ。

大半の国家が彼女の食料革命と技術提供に依存し、学習をしている。

数多くのスパイが潜り込んでいるという話は聞くが、

直接の雇用主であるエルロンド家の覇気が

大農業時代によって無くなれば使われることもないのか。


最強の魔法と名高い(僕の時代では)血水魔法の達人を解雇したのだから、

ジェーンのお父さんがどれだけ投げやりになっていたかもわかる。


「父って豪快ぶってるけど小心者だからなあ。

 もっとお金払ってた方がよかった?」


「貯金も飽きたところでしたから問題ないです」


「結婚資金がほしかったらいつでも言ってね」 


「まずは貴女が落ち着いてからです」


「あたし、結婚する気ないけれど」


「そういう意味ではないです。

 なので永遠にその時は来ません」


そう言っていると

隠し通路の出口に着いた。

言葉の意図がわからなかったが、

気にせずに話し続けた。


「とにかくこれからもよろしくね。

 あたしにとっての家族は貴女くらいなんだから」


──僕は?


「実体のある家族は貴女くらいなんだから」


開かれる扉の隙間から太陽が差し込む。

向こうには王都の内部が広がっているはずだ。

暗闇から光の差す空間に出ると、

さっきの十倍の多さのエージェントに囲まれていた。


「ジェーン様。申し訳ありませんが……」


血水魔法を使うと、ジェーンの血液が動き、

それに連動して聖女が空に浮かんだ。

そうかこれなら僕がやらなくても空を飛べるのか。


戦い慣れした敵陣が相手の動きを少しも見逃すまいと

即座に浮いているジェーンを警戒した。


「その傀儡が何かは知らないが……

 如何に血剣と言えどもこの数に太刀打ちできるとでも?」


「奥の手を使わせたのは評価しましょう」


ジェーンの四肢がごきりごきりと音を鳴らして動く。

血流マッサージを施しているのだ。

鋼鉄の身体の持ち主にできる指圧をしている。

これは疲れが取れるに違いない。


だが実態は快適なマッサージでも

外から見れば正体不明の肉人形を無理矢理に動かしているようにしか取れない。

無理矢理に総攻撃を受ければ為すすべなく死ぬだろうが、

お首にも出すことなく鉄面皮を保ってシスマは告げた。


「ようやく広まった誤解を正す時が来ました。

 私は血拳のシスマです」


嘘だ。だが相手にはそれを悟る術がない。

両手の拳を突き出したジェーンが、

ブンブンと振り回される。


「…………?」


よくわからないが信頼している身内のしていることなので、

無言でされるがままになっているジェーン。


メイドは鋼鉄のジェーンの血を操作して

敵陣の真っ只中に突っ込ませた。

ボーリングのピンに大砲で砲弾を撃ち込んだようなものだ。

甲高いというよりバリバリという音をあげて黒装束の群れが打ち上がった。


シンプルだが強力な攻撃だ。

なにせジェーンは硬い。それにシスマの術の行使速度は爆速だ。

血の人形を音速で動かすことができる。


国の暗部が誇る百戦錬磨のエージェントが

両腕を振り回して暴れるジェーンに手も足も出ずに蹂躙された。


「馬鹿な……!」


圧倒的な数の利が覆され、

最後に意識があった者が慄えた。

首を踏みつけて優しく眠らせてから

シスマは主を降ろした。


「殺さなくてよいのですか?」


「スゲーマンに言われた意味がわかってきたの。

 もっと生命を見ろって言葉が」


おお。ここでヒーローとして決意を新たにするターンか。

ジェーン……少しの間でどんどん成長して……

今の君ならヒーローチーム加入も打診されるよ。


「だってこの国の人達ってみんなあたしの事業の労働者じゃない。

 もう稲作は手放したけど。これからだってたくさんみんなに働いてもらうわ。

 生命は尊いものよ。それならあたしの下で働き尽くして死ぬべきだわ」


いや生命っていうのはそういう経営者のライフハックで語るものではなく……。

…………合ってるのかな?

まあ……良いかな……。進歩はしてると思う。

とにかく生命の尊さがわかったなら100点満点中の300点だ。


「そういう問題ではないと思いますが」


「そういう問題よ。

 誰が身内を殺した雇い主のところで働きたいのよ。

 あたしなら……両親はどうでもいいか。

 でもそう! ふんぞり返った偉いのがあなたを殺したら絶対にパンチだわ!

 ていうか考えたら“死ぬならせめて過労死だわ”と思ってたけどそれも違うわね。

 労働者には優しくしましょう! 怠けない範囲で!」


「まあ……そうかもしれませんね。

 殺す殺さないから経営者の視点に話はずれましたが

 労働者には優しくすべきです」


苦笑してシスマはジェーンについた

大量の土埃を丁寧に払っていく。

この期に及んで世話をされるのに

むず痒さを覚えてジェーンはくすくす笑った。


襟元を正し、いつも通り何処に出しても恥ずかしくないレディに整え、

奉仕をしながら小声でメイドは言った。


「少なくとも、貴女の人生は私にとって無上の喜びですよ」

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