Secret Origins

【一】それが今の僕だ

経験談として、救国の英雄はお尋ね者になってからが、始まりなところがある。


雲一つない晴天の下で、二頭の馬に轢かれた馬車が進む。



リトルファムでの移動はもっぱら馬車が使われる。

ゴーレムを使った移動もあるが、普及にはまだ時間がかかるだろう。

金属人形の故障にすぐ対応できる人間が不足しているからだ。


そして道中には魔物が出る。

ゴーレムは一度使うにも大金がかかり、修理しなければ動けない。

防衛能力を持たせることは可能だが、

戦場でもなければ暴発が怖い。魔物に全壊させられるともう使えない可能性もある。


人間なら少額で動かせ、怪我をしても持ち運びが容易だ。

亡骸ならば遺髪と遺品を遺族に届けるということもできる。

まだまだ馬車とそれを警護する傭兵の需要はなくならないだろう。


聖女ジェーン・エルロンドの地位と財産没収の報は瞬く間に国中に広がった。

罪名は国王の命と玉座を狙った典型的な反逆罪。

国中に彼女の手配書が貼られ、

救世主としての聖女の名は口にするのも憚れるようになった。


国土に形容しがたい不安感が蔓延り、

なんらかの事情で多くの人々が移動をした。

聖女の領土から離れる人々、

田舎に戻ろうと決めた人々、

逆に聖女を支えようと王都や聖女の領土に映る人々。


米の運搬用に聖女が整備させた道は

馬車での行き来を容易くした。

ほとんど振動もなく快適な乗り心地の馬車。

アスファルトを敷き詰めて作った道は、

この世界の文明にはありえない快適さを保証した。


客室の中では剣の手入れをする傭兵が油断なく周囲を警戒している。

乗客は傭兵含めて6人。ローブを羽織ったフードの女性、

親子1組、大柄な商人、クマ留学生。


「ママ、ジェーン様はどうしちゃったの?」


「わからないわねえ。偉い人たちの考えることは。

 それと街では聖女様の名前を言っては駄目よ?

 偉い人に捕まってしまうから」


「農業だけやらなくてよくなるかな」


「そうよ。あなたにはこれから色んなことをやる未来があるの。

 でもそれができる世の中にしたのはジェーン様よ?

 まあ農業だけするように言ったのもジェーン様ね」


ジェーン・エルロンドの民からの印象は

おおむね“救国の暴君”で統一されている。

どんな人間も労働力扱いして無下に殺さないし罰しもしないが、

一方で誰だろうと農業させようとする。


死んでほしくはないが、

今回の突然の失脚にはホッとしている人々も多かった。


子供の頭を撫でて母親は微笑する。

のどかでうららかな晴れ模様がが客室の窓から広がる。

フードの女性が仲睦まじい二人をじっと見つめ、

大柄な商人は巨大なお腹を叩いて身体を揺らした。


「でもジェーン様のこと好きだったな。

 こんな風になって嫌われて、かわいそう」


「こ、これはこれは物を知らないお嬢さんだ。

 知っているかな? 世の中というのは何をしたかではなく

 どのような扱いを受けているかが全てなのだよ」


「どういうこと?」


指に高価な宝石をいくつもつけた商人は答えた。


「ジェーン・エルロンドに同情なんてしたら、

 君も同じ犯罪者に見られてしまうということさ。

 振る舞い方には気をつけないといけないよ。

 なにせ君を罰するのは貴族で、君は平民なんだ、ホッホッホ」


「おじいちゃんキラーイ」


「こ、こらっ。すいません、よく言い聞かせますから」


「そうですねえ、そうですなあ!

 お母さんがよく見ませんとそのような生意気な口は命取りになりますぞ!」


馬車の空気が悪くなった。

じゃれあっていた親子が無言になり、

微小だった馬車の振動が気になるくらいに重苦しくなった。


一人、不気味に笑い続ける商人へ、

ローブの女が何かを言おうと立ち上がった。

馬車が急停車し、客室が大きく揺れた。


商人が窓から外を見ると、

馬車は森を走っている最中だとわかった。

牽引する馬の前には大岩ほどの大きさはある一つ目の巨人がいた。

サイクロプスだった。


巨大な腕の一振りで、棍棒は馬車を縦に潰すだろう。

それ程の強さが見えた。

僕とは五分の腕力と言ったところか。


「外を見てくる」


傭兵が剣を持ち、

立ち上がって馬車を降りた。

剣を構え、馬車を背後に、魔物を正面に置いた。


中々に良い構えだ。

経験も感じさせる。

敵と一対一でもそうそうには問題ないだろう。


「頼むぞ。高い金を払っているんだからな!」


「あれで高いなら転職しておけ」


小声でボヤキ、傭兵は斬り掛かった。

見立て通り、問題なく彼の勝ちで終わる。

魔物の攻撃は余裕を持って躱し、

合間で確実に攻撃を入れている。


「終わりだ」


そう言ってサイクロプスの目に剣を突き立て、捻る。

だが大きな影は2つ、3つと増えた。

馬車の御者も乗客も通り囲むサイクロプスの集団だ。


傭兵一人では立ち行かない数だ。

最低でも経験があり、連携の取れる傭兵が三人は欲しい。


「クソッ、金をケチらなきゃよかった!」


御者が後悔するがその通りでしかない。

ジェーン・エルロンドは農地改革のために

いくつもの農園を作ったが、

それによって住処を追われた魔物は限られたエリアに押し込められている。


かつては単独で襲ってくるのがメインだったサイクロプスも、

獲物争いのために複数出現することもあるようになった。

親子が抱き合って恐怖に震え、

クマ留学生もおろおろしていた。


ここはまだ森の入口を少し過ぎた所のはずだ。

なのにサイクロプスの群れが集まってきている。

近頃、野生の魔物が活性化しているという話もある。


「うえーーん」


母親に子供がしがみついて恐怖に怯えている。

親は必死に宥めているが、

それしかできない。


無造作に接近した魔物が棍棒を振るう。


「やれやれ」


ずっと動じずに静観していた商人が立ち上がった。

体重200kgを優に超える巨体。

だが動きに重さはない。


馬車から降り、鈍重な印象とは正反対の機敏さで

サイクロプスを蹴り飛ばした。

遥か遠くへと鬼の巨体が飛んでいった。

魔物に仲間意識はないが、脅威と見なすと判断は速い。

棍棒を縦に振り下ろしてきた。


商人は避けない。

棍棒が直撃したが、壊れたのは棍棒の方。

ともに商人の巨体も弾けた。

顔だったのはマスク、

中を満たしていたのは膨らんだ血。


体積を嵩増ししていたものが首元に集まり、

大きなマントになった。

中から現れたのは長い髪に金色の髪が一房、

少し前までは聖女とされたジェーン・エルロンドだ。


「ふふん、あなた達。

 あたしが来たからにはもう安心よ!」


……姿を見せる必要なかった気がする。

あれなら避けるか受け止められただろうし。

姿を見せびらかしたかったのかな。


「最初からいたでしょ、君」


「そういう話じゃないからいいの!」


エンジンを入れ、ふうわりと浮遊しながらの一回転。

それで周囲の状況を把握しきり、

ヒーローが飛んだ。


マントが空気の流れを読んで、

彼女の身体を浮かせた。

そうして次には彼女の姿勢から行きたい方向と角度を理解し、

風の流れに乗って飛行する。


地面と平行に高速移動するジェーンをサイクロプスは捉えられない。

次から次へと高速の影、一条の色に弾かれて飛んでいく。


命の危機が一瞬で救われ、

馬車の乗客と御者、それに傭兵は呆気に取られる。

聖女を批判して空気を悪くしていた商人が、

国中が追う賞金首本人だった


それだけではなく、

眼の前で超常的なパワーとスピードで自分達を助けてくれた。


飲み込めずに思考が停止しても仕方ないだろう。


「もう大丈夫よ、貴方達。

 あたしは流しのヒーロー、名前は募集中!

 聖女ジェーン・エルロンドと別人だけども

 兵士に聞かれたら思ってる通りのことを言っていいわ!

 “聖女を見つけました、あっちに行きました”ってね」


両手の親指で自らを指して

存在をアピールする。

ヒーローの気迫を受けて、

人々は次々に頷く。


「よし。それじゃあ、さよなら!

 これからは護衛は最低3人はつけるようにしてね!!」


笑顔で手を振り、飛び立とうとする──

のを地面に叩きつけられ、

フードの女性に引きずられていった。


「だから空を飛ぶのは目立ちすぎると言ったでしょう」


「えーでも面倒くさいし」


元聖女ジェーン・エルロンドの従者シスマが

呆れながらも血水魔法で動きを止めたヒーローを運んでいく。

もう超人の動きがとても上手くなっている。


「それになんですかあの演技プランは。

 親子への話しかけ方があまりにわざとらしすぎましたよ」


「そう? だって退屈だったし……」


「追われる身なんですから、退屈は我慢してください」


「えー」


ブー垂れて去っていく二人の背に、

遅れて子供の純粋な声が来た。


「助けてくれてありがとう!」


それで堰を切ったように人々が同様に感謝の声を送った。


「ありがとうございます! この御恩は一生忘れません」


「もうケチらないようにします」


「ガウガウ。故郷にあなたのことを伝えますよ」


「ご武運を!」


シスマによる血水魔法の拘束が解けて、

ヒーローはひらひらと手を振った。


「応援よろしくー」


彼女の名前はヒーローとしてではなく、

聖女として残っただろうが、

まあ問題ないだろう。問題あるけれども、見殺しにするのは駄目だし。


そうだ。遅れたけれども自己紹介をしよう。

僕はジェーン・エルロンドの前世、スゲーマン。本名は米倉毅。

今は彼女の血を媒介に意思を持って、

ジェーンの助けを色々としている。


例えば、彼女に空を飛ばせたマントがそう。

これが今の僕だ。

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