第19話 友情契約
「うっははははは! 怖かろう怖かろう!」
このサヴァイヴァリアにおいて、支配的な立場である古代火焔竜。一部の生命体からは神とも崇められる圧倒的な存在。
まだ幼い娘とはいえ、それがまるでネズミをいたぶる猫のように、小さなウサギを追いかける姿に、父である古代火焔竜王は呆れたため息を吐いた。
ただそれだけで周囲の気温が10℃は上がるので、辺りの生命はたまったものではない。
「よいか娘よ。そうやって小さき者たちを虐げるものではない。小さき者の声も聞くのが竜としての務めよ」
「なんじゃ急に」
体長が50mを超え、背中に大きな翼と、頭に4本の角を生やした竜が、頭に1本角を生やしたウサギを捕らえ、噛り付く娘に語り掛ける。
「娘よ、今お前が喰らっているウサギだが、それが何を考え、この世界を生きているのか、知ろうとしたことがあるか?」
「いや……あるわけないじゃろ。そんなもの考えておったら、喰らうことさえできなくなるわ」
「理解しろとは言わぬ。だが、我らはこの世界の頂点に立つ存在のひとつ。小さきものたちが日々何を考え暮らしているのか、耳を傾け、世界の望む形を保つことに注力する義務がある。それが世界の理なのだと、そろそろお前も考えるべき歳だろう」
「親父殿の言うことは良く分からぬ……。それを知って何になるというのじゃ」
「それはお前自身が考えることだ。とにかくまずは耳を傾けること。何度も言うが寄り添う必要はない。それでも、心を重ね声を聴けるようにはなりなさい」
説教臭い父の言葉に呆れ、ため息で答えると、小さな竜は寝息を立て始めた。
*
【来ないで! 来ないでえええええええ!!】
【拾って……ボクの……内臓……たすけて……たすけ……死にたくな……】
【出ていけ恐ろしい物――――!! この森から今すぐに――――!!!!】
恐怖――――今、この森にいる2人の人間以外の者がもつ、共通の感情を抱いたからこそ、父の言葉を理解できなかった娘の耳に、この森に棲む化け物たちの声が、はっきりと届いていた。
それは必死に臭角を出して威嚇する芋虫。体が弾けまさに死に至ろうという芋虫。恐らく木の上から様子を窺っているだろう他の化け物たち。その全ての声がはっきりと幼い竜の耳に、絶え間なく届いてきた。
自分がなぜここにいるかは分からない。その日も霊山の山頂にある寝床で、父である古代火焔竜王に見守られながら寝ていたはずなのだ。
それなのに大きな地面の揺れに跳び起きると、こんなわけの分からない森の中で、わけの分からない大きな芋虫に襲われ、わけの分からない怪物による蹂躙劇を見せられている。
目の前には自分に寄り添う小さな人間の女。その少女にはうっすらと、羊毛で作られた衣服に、革のカバンを斜めに掛けた、顔のない男の姿が寄り添っている。
これこそ弱き人間を憐れんだ神の姿。神に近しい種族だからこそ気づける、ジョブの神の姿。その神の加護の強さによって、その姿がよりはっきりしてくることを考えれば、少女はそれほど強い加護を受けていないのは明白だ。
(こっちの小娘は良い……じゃが……アヤツは何じゃ……?)
竜の目の前で暴れまわる『つよにく』。一見すると人間種に見える男。それならば何かしらの神の加護を受けていてもおかしくないと考えるが、それにまとわりつくモノの姿はあまりにもおぞましかった。
普通の人間と共にある戦士の姿、僧侶の姿、狩人の姿、魔術師の姿。そのどれもが光で構成された神聖なものであることは、この若い竜にも理解ができる。
それに比べて『つよにく』に付いているものは、真っ黒な煙のようなものに包まれていて良く見えない。それでもブヨブヨと膨れ上がった体が、ぐずぐずと崩れているのは分かった。
ジョブの神とは思えない姿と、それが付き、やはり黒い煙の中にいる丸い怪物の姿に、竜の体は再び震え始める。
【いやだああああああああああ!!!! 落ちたくない! 落ちたくないいいいい!! 世界を揺らさないで! あぁ……剥がれる……葉が落ちる……!!】
【お願い……もう痛いのは嫌……殺して……殺して……】
「だああああ!! キリがねえ!!」
地上で怪物が暴れまわる余波により、樹上にいた虫が重力に抗えず地上に落ち、そこでまた命を散らす。
耳を塞ぎたいのに、体をうまく動かせず、せめて惨劇の光景だけは見まいと必死に目を閉じる竜の顔に覆いかぶさるように温かいものが包み、優しく語り掛けながら頭を撫でた。
「大丈夫。大丈夫だから。怖いのはすぐにいなくなるから」
どうやら自分を抱く人間が語り掛けてきているようだと竜は理解する。何を言ってるのかは分からないが、ただ、そこから伝わる温かさは、今は亡き母の優しさを思い出させるものであり、恐怖に駆られた竜はそれに全面的に身を委ねる。
『怖い……怖いのじゃ……本当にいなくなるのかの……?』
「! 話せるの!? でも英語か、それならボクも英語を使えば、お話しできたり?」
こほんとサトミは一度咳をすると、今までと違い、流暢な英語で語り掛けた。
『えっと、これでお話通じるかな? 大丈夫だよ、全然怖くないから。あなたの怖い物、全部ボクたちが追っ払ってあげるから』
『ッ!! 本当か? 本当にあの、黒い怪物を追っ払ってくれるのかの!?』
『黒……? 確かにお腹は黒いけど、どっちかって言うと紫……って『つよにく』! カブトムシ!! かっこいい! ゲット、ゲット!!』
「何、サトミちゃん!? てゆうか何で急に英語!?」
「あああああ!」
目の前で芋虫よりははるかに小さいものの、6mはあろうかという3本の角を生やしたカブトムシが爆散し、サトミの悲痛の声が上がった。
『つよにく』からすれば次から次にモンスターの援軍が現れる状態。ゲームであれば戦闘後移動を開始しなければ、次のエンカウントはない。そんなゲーム脳でいると、どえらい失敗をしかねないからこそ、木から落ちて来る化け物を、いちいち確認してなどいられない。
「とにかく、今はそのドラゴンを連れて、この場を離れられるなら離れよう。分かってるとは思うけど、もしそいつが少しでもサトミちゃんを傷つけようと動いたら、ごめんだけど殺すからね」
「もぉー! そんなこと言ったら怖がっちゃうでしょ!」
例の化け物相手にも物怖じせずに威嚇するよう声を張る少女の姿に、幼き竜は心の底から驚いた。
力を感じない、か弱き存在。だというのに心はこの場にいる誰よりも強く、怖いもから守ってくれるという言葉にも真実味を感じさせる。
(あぁ……何という……。この場にいる誰よりも弱いというのに、誰よりも強き者よ。このような者と共に過ごせていれば、ワシも親父殿にとやかく言われることもないくらい、成長できていたのかもしれぬ。いや、今からでも遅くない。ワシはこの者と――――)
「わわ!?」
「うお!? 何だ!!」
急に光始めた竜の姿に『つよにく』たちは驚きの声を上げた。その光は竜だけでなく、寄り添うサトミの体に纏う。
「何だろうこれ……? 何か温かくて、優しい感じ」
「とりあえず傷つけるようなものじゃなさそうだが……サトミちゃんと同じ色で光ってる以上、無関係とは思えない――。ッ!
「友情契約?」
それはテイマーのジョブに就いたものが、
『つよにく』は
「モンスターと友情を結び、お互いの合意で力の差は問わず従魔とするスキルだ。それを使えば、そのドラゴンはキミのポケクリにできるってことだよ!」
スキルで見た説明をそのまま伝えただけだが、それを聞いたサトミは目をパチクリとさせると、竜と正面から向き合った。
『いいの? 私のポケクリ……ううん、友達になってくれる?』
『……! ああ、ワシもお主と友誼を結びたいのじゃ……!』
その言葉を聞いたサトミは目を瞑ると、自分のおでこを竜のおでこに当てた。竜もまた目を瞑り、その行為を受け入れる。スキルをどう使えばいいか、レクチャーを受けた訳ではないのに取った自然な行動。そしてこれこそがそのスキルを使うための前準備に他ならないと、ジョブの神から無意識に教えられたかのようだ。
『それじゃいくね?
そう叫んだ瞬間、2人を包んでいた光はその光を増し、暗い森の中を白く照らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます