第13話 もう1人の転生者

「イッエーイ! はじめての『ポケクリ』ゲットだぜー!」


 なんとも場違いに明るい少女の声に男は混乱する。


 光が消えていく魔方陣の中で、飛び跳ねて喜んでいる、黒いショートカットの少女……いや、もしかしたら声変わりしていない少年のようにも見える。


 ただ、日本語を話していることと、ポケクリ――世界的に大人気のゲーム、ポケットクリーチャーの事を知っていることから、自分と同じように転生してきた日本人だと、男は確信した。


「んー……うん! なんか真ん丸な姿でブサ可愛いかも!」


「ブサッ――――!?」


 身長はおよそ120㎝ほどのその子は、自分と同じくらいの段差を気にも留めずに跳び降りて男に近づくと、丸々と突き出たお腹を叩いて、にししと笑った。


(なんて失礼なガキだ……! これだから今時のガキは――いや、良く考えたら学童ボランティアしてた時もこんな感じだったわ。そんなことよりも部屋にオレと、このガキしかいないのに、ポケクリゲットだぜってどういうことだ……? なんか無性に嫌な予感がするんだが……?)


 体に変なことが起きてないか、確かめるように男は自分の体を触って回る。そこでようやく肉に隠れた首に、首輪のようなものがついているのに気が付いた。


 その肉体故に、無呼吸症候群の恐怖を抱えながら毎日眠りについていた男は、気道を圧迫するようなそれをつけた子供に怒りをぶつける。


「お、お、お、おい、クソガキ! こ、こ、この首輪、おま、お前がやったのか!? 

マジでおま……何を、何して……くれてんだよ!!」


 その子の首根っこを掴んで持ち上げたはいいものの、記憶の中の弟と同じくらいの子に対してさえ、目線を合わせられず、肩の辺りを見ながら言う。


 普通、知らないおじさんに、そんなことされたら怖がりそうなものだが、その子はは一瞬目をパチクリさせただけで、すぐに、にししと笑う。


「あははー! 変な喋り方ー。おっかしー!」


「あ!? う、う、う、うる、うるせえよ!!」


 もともと学童ボランティアなどで、子供の扱いは得意だった。そのはずなのに、長い間、誰とも関わらず過ごしてきたせいで、まともに視線を合わせることも、話すこともできない。男はそんなあまりの情けなさに、すぐにでも部屋から走り去りたい衝動に必死に耐える。


 そんな男の気持ちを考える素振りもなく、その子は男には見えない何かに向かって独り言を呟いた。


「ふむふむ……。なるほどね~、新しくゲットしたポケクリには名前を付けないといけないんだねー。よーし! なんていう名前にしよっかなー」


「あ? な、な、何が、名前だよ。お、お、お、オレにはちゃんと――――」


 ちゃんと――何だ?


 男の背中にじっとり嫌な汗が流れ、服が背中に張り付く。


 五十路が近いとはいえ、記憶力には自信がある。そうでなければ夜な夜な嫌な思い出を引っ張られて、悪夢にうなされたりしない。


 それにも関わらず、だ。どうやっても男は自分の名前が思い出せなかった。思えば弟がいたりと家族構成や外見的特徴や思い出は浮かぶのに、その家族の名前やどこに住んでいたなどのパーソナルな情報は出てこない。


(いやいやいや。ありえないだろ? その名前のせいで人生終わったレベルの苦しみを味わってきたのに思い出せないなんてことがあるか!?)


 自分の人生が、名前のせいで最悪だったということは覚えているのに、それでも名前を思い出せないことに、背筋が凍るほどの本気の恐怖を、死んで初めて味わっている。


「お、名前を付ける前でもステータスは見れるんだねー。なんか参考に……って! 何コレ! 全部の能力が9999! キミってすごく強いんだね!!」


(ステータス! そうだ。確かさっき確認した時、1番上に名前がしっかり表記されてたはずだ!)


宇宙眼コズミックアイ!!」


「おー!」


 その言葉に男はハッと思い出し、叫んでいた。目の前で自分の服の首の部分を引っ張る珍獣が、急に大声を出したことに、小さな歓声が上がる。


===================================

名 前:■■■■■

年 齢:48

ジョブ:ちょうスーパー究極アルティメット宇宙コズミック闘士ファイター Lv:1

生命力:999900 攻撃力:999900 防御力:999900 速 度:999900

魔力量:999900 魔攻力:999900 魔防力:999900 技 巧:999900

所有Aスキル:宇宙跳躍コズミックワープ宇宙眼コズミックアイ大爆発拳ビッグバンナックル

所有Pスキル:状態異常無効(眠り、毒、暗闇、沈黙、マヒ、混乱、石化、老化、狂戦士、鈍足、時間停止、こびと、カエル、ゾンビ)

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「な……な……何で……? さ、さ、さっきは確か……名前も表示されて……」


 年齢も、ジョブも、ステータスも、所有スキルも。何をとっても変わったものはない。その中でただ1つ、名前の所だけが塗りつぶされたように、黒い四角に変わっているのを見て、男の呼吸がどんどん荒くなる。


「どうしたのー? お腹痛いの? すこし寝る?」


 さすがに男の様子が尋常じゃないことに気づいたのか、心配そうに声をかける子供。やたら元気だったり、怖いもの知らずなところはあるが、根は優しいのかもしれない。


 自分のステータスをいくら確認したところで、何も解決の糸口を見つけ出せないと考えた男は、縋るように子供の顔を見た。すると、まだスキルの効果が残っていたのか、目の前にその子のステータスが表示される。


===================================

名 前:新堂・ポケクリマスター・仁深

年 齢:14

ジョブ:従魔使いテイマー Lv:1

生命力:308 攻撃力:56 防御力:47 速 度:125

魔力量:150 魔攻力:100 魔防力:69 技 巧:200

所有Aスキル:強制契約テイム友情契約バディ

所有Pスキル:慈愛神の恩寵(使用済)、状態異常耐性・強(毒、マヒ、熱病)

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(やっぱり……名前は表示されるよな……。てゆうか……何だこれミドルネーム? 何かすげー期待通りに育ったというか……)


 真っ先に目を向けた先にあった、あまりにも自己主張の激しい『ポケクリマスター』の文字。名前の方も振り仮名が無ければ間違えそうになるが、ミドルネームに比べれば大したことはない。


(親は正気か……? こんなの、苦労するのは子供の方だってのに……。しかも名前の方も……ヒトミ、でいいのか? ひと目で読み辛い名前つけやがって。この娘も毒親に育てられたのかと思うと、哀れというか……少し落ち着けたぜ。落ち着いてオレの名前が無くなった原因を……いや、そんなの分かり切ったことだろうが)


 そう、強制契約テイムされたからだ。そんなことは分かっている。だけどそれはそれで納得がいかない。


 男の頭の中にある、LF5の猛獣使いジョブのコマンド『とらえる』にしても、ポケクリにしても、相手を捕まえるには弱らせる必要がある。もっともポケクリにおいてはスペシャルカプセルという、問答無用で捕獲するものはあるが、そういったものを使った形跡はない。


 大体さっき見たステータスは、男と比べて明らかに低い。それなのに、ただスキル名を叫ぶだけで無条件で相手をテイムできるなんて、それこそただのチートだ。


「んー? もしかして、なかなか名前を付けないから不安なの? ちょっと待ってね、うーーーーーん」


 明らかに狼狽えている姿を見て、サトミが勘違いしている中、男は考察のためサトミの保有スキルの詳細を手前から順に確認していくことにした。


 ・強制契約――モンスターの意思に関係なく、無理やり従魔にする。自分より強い相手には無効。


 ・友情契約――モンスターと友情を結び、お互いの合意で力の差は問わず従魔とする。また、このスキルで契約した従魔とは強い信頼により、互いのステータスの10%が相手に加算される。


 あの時聞こえた声は明らかに前者のスキル。それでも、説明を読む限り絶対に男には効かない。そう確信した男だが、深く深呼吸して脈拍を整える。


(……いや、何が悪さをしたかなんて、一目見ただけで分かるだろうっての)


 いい加減現実逃避を止め、男はPスキルの先頭、これ見よがしに(使用済)とか自己主張するスキルに目を向けた。


 そう。誰がどう見ても名前だけで強スキルと判断するだろうその説明を、読みたくないと心から思いながら表示させた。


 ・慈愛神の恩寵――不幸な少女の人生を嘆いた慈愛神が、ポケクリトレーナーになりたいという少女に授けた恩寵。過酷な世界を生き抜く少女のために、初めての強制契約に限り慈愛神の力で確実に成功させる(種族が神・天使・人間には無効)。


「はい、でたでた! どう読んでもチートです、本当にありがとうございました!!」


「わ、びっくりしたー。急に大声出さないでよね」


 そんな抗議の声は男に届かない。しかし、その説明に疑問を持った男はそれを口にした。


「ん、ちょっと待て。人間には無効って、それならなんでオレに……」


 そんな当たり前の疑問に対する答えは、はるか過去から時間を越え、今は自分と同様に名前が思い出せない弟の声で示される。


『もうなー? 人間を越えた存在でなー、超超強くてラスボスも1撃で倒しちゃうんだよ』


「人間を超えた存在って、比喩みてえなもんだろうがよおおおおお!! つーか人間を超えたらそれはもはや神だろ!? ならどっちにしろ無効だ無効!!」


「ひゃ~、なんかすごくおかしなことになってる……? えっと、このままにしとくとマズいかも……すぐに名前を付けてあげないと……名前……名前……パパとママは相手の事を良く考えてつけなさいって……そうだ!」


 発狂してガンガンと床を叩く男の姿に、若干引いた様子を見せながらも、サトミはビシッと人差し指を男に突きつけて叫んだ。


「キミの名前は『つよつよにくだんご』! 略して『つよにく』だよ! これからよろしく、つよにく!」


 中々にひどい名前だが、一方的にそう宣言された時、まるで雷にでも打たれたかのような衝撃が男の体を貫いた。

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