再会した幼馴染は、私の推しVtuberのママでした。

ヤマドリ

第1話 再会の奇跡


 都会の中心、喧騒から切り離されたかのような白いギャラリーは、洗練された空気が漂っていた。大きな窓から午後の光が差し込み、磨き上げられた床に複雑な影を落としている。

 会場に飾られた服は、どれもがまるで一つのアート作品のようだった。柔らかいジャズが静かに流れ、時折響くカクテルグラスの音だけが、空間に彩りを与えている。


 星乃涼子ほしのりょうこは、デザイナーとして成功を収めた自身の作品に囲まれながら、時折来場者と穏やかに言葉を交わしていた。だが、その視線は常に、この空間の全てに注がれていた。その鋭い観察眼が、ギャラリーの隅で、ひとつの作品に心を奪われている一人の女性を捉える。


 彼女は、人混みを避け、静かに一点一点の作品を鑑賞していた。ショートボブの髪に、真面目そうな丸眼鏡。

 涼子はその女性の姿に、懐かしい面影を感じずにはいられなかった。


 一方、天宮薫あまみやかおるは、まさにデザイナーとしての本能に導かれるように、涼子の作品の一つに引き寄せられていた。それは、繊細なレースと刺繍で、星と月が織りなす幻想的な世界を表現したドレスだった。Vtuberデュオ「トゥインクル レイ」の新しい衣装デザインのヒントを探していた薫にとって、涼子の作品はあまりに完璧なインスピレーションだった。触れてはならない神聖なものに触れるかのように、薫はその刺繍にそっと指先を伸ばす。


 その時、背後から静かに、だが確信に満ちた声が聞こえた。


「…天宮、薫?」


 心臓が跳ね上がった。その声は、十数年も前に聞いたきりの、でも決して忘れることのない音だった。ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、見違えるほど美しく、そしてどこか懐かしいまなざしを湛えた涼子だった。


「涼子…ちゃん?」


 互いに見つめ合う二人の間に、数年の空白は存在しなかった。小学生の頃、絵画教室で共に過ごした穏やかな時間が、まるで昨日のできごとのように蘇ってくる。あの頃の無邪気な友情と、大人になりそれぞれの道で輝く二人。言葉にはならない感動と驚きが、静かに空間を満たしていく。


「…まさか、涼子ちゃんが、このブランドのデザイナーだったなんて…」


 薫は信じられないといった表情で呟いた。その言葉に涼子は微笑み、二人の再会は、偶然という名の必然だったと、静かに確信するのだった。


「まさか薫とこんな所で会うなんて、思いもしなかったわ…」

「私だって……それより、凄いね! ホントに有名デザイナーだもんね……」


「星乃さーん!すみません……」

 不意に2人の会話を遮るように遠くから涼子を呼ぶスタッフの声が割り込んできた。

 展示に何かあったのか、涼子はスタッフと話し込んでいた。


「……じゃあ、そちらをお願いします。私は裏を探して見るので……」


 涼子はスタッフに指示を出すと、小走りに薫の元へ戻ってきて言った。


「ごめんなさい。ちょっと展示作品の入れ替えに不具合があったみたいで……折角あなたに会えたのにもっと話したかったなぁ……ホントにごめんね。この埋め合わせはまた今度するから。これ、私の連絡先」


 そう言って涼子は一枚の名刺を薫に渡した。


「あ、じゃあ、私の連絡先はここに……」


 と薫も自分の連絡先を書いたカードを涼子に渡す。


「また連絡するね!」


 そう告げると涼子は薫のもとから足早に去っていった。


 薫は涼子のその慌ただしさにも少し懐かしさ感じてクスっとなった。




 展示会での再会から数日後、涼子は約束通り、薫を都心にあるお気に入りのカフェへと誘った。


 大きなガラス窓から柔らかな午後の光が差し込む店内は、コーヒー豆の香ばしい匂いで満たされている。二人は窓際の席に座り、それぞれ頼んだカフェラテを前に、少しだけ照れくさそうに微笑み合った。

 他愛のない話から始まり、自然と仕事の話になった。涼子は、自身のブランドを立ち上げた時の苦労話や、コレクションにかける想いを生き生きと語る。薫は、丸眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせながら、涼子の話に熱心に耳を傾けていた。涼子は、薫が自分の話に心から共感してくれているのが伝わり、心地よさを感じていた。


 一通り話し終え、今度は薫が自身の仕事について話す番になった。


「…涼子ちゃんみたいな大きな仕事じゃないけど、私もずっと絵を描く仕事をしていて。最近は、Vtuberのキャラクターデザインをしたりしてるんだ」


 薫は少し恥ずかしそうにグラスの縁を指でなぞりながら、そう言った。涼子は興味を引かれ、


「Vtuberのデザインか…面白そうだね」


 と相槌を打つ。


「それでね、最近デビューしたばかりの『トゥインクル レイ』っていう双子のデュオがいるんだけど…」


 薫が口にした名前に、涼子の時間が一瞬止まった。


「…え?」


 涼子は思わず、手に持っていたカトラリーを落とした。彼女の表情は、驚きと混乱、そして隠しきれない興奮で満ちていた。


「どうしたの、涼子ちゃん?」


 薫が心配そうに涼子を見つめる。涼子は震える手でスマートフォンを取り出すと、画面を薫に見せた。そこには、涼子が熱心にフォローしている「トゥインクル レイ」のチャンネル画面が表示されていた。


「嘘…薫が、この子たちの…」

「…うん。私が、Vtuberの『ママ』なんだ」


 薫の言葉に、涼子の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。それは感動の涙だった。涼子がクリエイターとして密かに憧れていた、星と月の光を宿したキャラクターデザイン。それが、まさか目の前にいる薫の手によるものだったとは。

 涼子は、薫の手を取ると両手で包み込むようにギュッと握った。


「…っ、薫、すごい。私、ずっとあなたの才能に憧れてた」


 二人の間に、新たな尊敬と愛情が生まれた瞬間だった。


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