第14話「お散歩」
「到着!ここだよ!」
アリアさんの懐での空の旅、大体二時間くらいだろうか。
途中で夕食を食べに手打ちうどんのお店に寄ったり、その後に和菓子屋さんなど甘いものを食べながら移動した。
どうでも良いが、僕はおはぎが大好物なためとても嬉しかった。
あの餡子と餅米の甘さのマッチは芸術の域だね。間違いない。
「わぁ…今日はここに泊まるんですね…!」
到着したのは木々に囲まれた古民家で、瓦の屋根が特徴的な一軒家だった。
少し古くはあるがきちんと管理されている様で、劣化や汚れなどはあまり見られずむしろ綺麗なほどである。
「知り合いが民泊経営しててね、ちょいと都合付けてもらったんだ。ささ、中に入ろうか」
アリアさんの知り合い…そういえば聞いた事ないなぁ。どんな人なのだろう。
同じ吸血鬼だったりするのだろうか。
などと考え事をしながら家の中に入る。
「広い!綺麗!!良い匂い!!」
入ってすぐの玄関から感動を受けた。
靴をいくらでも置けそうな広さに、側に備えられた背丈よりも高い下駄箱にまず驚いた。
そして隅々まで掃除が行き届いており砂粒一つ落ちていない。
さらには木の匂いだろうか?
優しくも自然味あふれる香りが僕の鼻腔を楽しげにくすぐってきた。
「最初からこんなに喜んでくれるとは思わなかった。中へどうぞ」
招かれて障子の奥へと進むと、古民家特有の開放感のある内装が露わとなる。
更には畳みの良い香りが僕の肺を埋め尽くしていく。
「凄い…!僕初めてですこんな家入ったの!」
「いやぁ…シティボーイには合わないんじゃないかと内心ヒヤヒヤだったけど、喜んでもらえて良かった。湊音くんは風情ある子だねぇ」
「よく分かんないですけど凄くウキウキしてます!!」
しみじみとしているアリアさんを横目に僕は内装の探検と繰り出した。
縁側の方へと向かい、庭へと足を出して腰を下ろしてみた。
おぉ…!うちわと風鈴が欲しくなる…!
「ここで真夏にスイカとか食べるんですよね!」
「まぁそうなんだけど、なんか知識偏ってない?」
「風鈴つるしましょ!風鈴!」
「若干時期早くない?」
テンションが上がる僕に対して冷静なツッコミを入れてくれる。
だって仕方がないじゃない。
あまり見慣れない環境なんだから少し気持ちが昂ったんですよ。まったくまったく。
「さぁさぁ、夜も遅いしお風呂入って今日は早く寝るよ!」
「えぇ〜もう寝るんですか…?」
せっかく来たというのにすぐに寝てしまうのはなんだか勿体無い気分だ。
「沢山遊ぶ為には沢山寝なきゃだからね、ご不満かい?」
人差し指を立ててそう言う。
「無いですけど…!」
この昂った気持ちをどう処理すれば良いのかがわからない。
確かにもう夜も遅いため、今から何処かに行ける訳でも無いと理解はしているのだが気持ちが納得できる様子ではないのだ。
ちょっと駄々もこねたくなる。
「仕方ないなぁ、じゃあ少し散歩でもしようか」
やれやれと聞こえてくる素振りでアリアさんは提案してくれた。
自然豊かな田舎を散歩!
普通の人がどうかは分からないが、僕は少し楽しそうだなと思った。
つい目を見開いてしまう。
「行きます!!」
それを聞いたアリアさんは嬉しそうな笑顔を浮かべながらため息を吐いた。
そうして僕たちは街灯のない地へと足を運んだ。
ーーーーー
「そういえば、ここへ来て何するんですか?」
夜道の自然を散歩しながら、僕はふと質問をしてみた。
四連休を利用しての旅行、何処か観光名所や名物のある場所に行くのかと思えばコンビニも近くにない田舎に来たので、内心少し驚いた。
不満という訳では勿論ないが、アリアさんの意図が気になったのだ。
「そうだなぁ、近くに川があるからそこで渓流釣りとか、山登りも楽しいね。飛び回って美味しいもの巡りをするのもいいかも」
様々な候補を指を折りながら考えている。
どうやら明確な目的はないように見える。
「…つまりノープランって事ですね?」
「そのとーり!気楽にやりたい事出来たらなって思っててね」
「いいですね、自由度が高いのは僕好きです」
おそらくこの無計画がアリアさんの計画なのだろう。
僕に好きな事をさせてあげようという心意気を感じる。
思えば町から離れた旅行先の選択も僕を気遣っての事だと思うのは、少々考え過ぎだろうか。
「にしても、随分歩いてきたね。そろそろ引き返そうか」
「そうですね」
歩いて大体三十分程だろうか、ついつい歩きすぎてしまった。
それにしても、改めて思うが自然に囲まれた場所の空気は本当に美味しい。初めて空気に味がある事を知った。
体には程よい汗と疲労感が訪れている。
夜風が当たってなおのこと気持ちが良い。
「湊音くん、気分はどうだい?」
顔をじっくりと覗き込んで疑問を投げかけてきた。
どこか心配そうな顔持ちだったため、何故だろうなと考えたがわからなかった。
なのでありのまま素直に答えることにした。
「めちゃくちゃ良い気分ですよ」
なるだけこの本心が伝わるように目を見て言ってみた。
「そう、それは良かった」
ふと安心したような様子で再び前に向き直った。
アリアさんは時折りこのような態度を見せる。
そういった時、決まって『気分はどう?』とか『辛くはない?』など感情的な部分を確認してくる。
僕を心配してなのか、何か真意があるとは思うのだが、それが何かは分からずじまいである。
「アリアさんはどうなんですか?」
その吸血鬼はこちらを見た。
聞き返されるとは思わなかったのだろうか。
確かに、アリアさんからこの手の質問をされて僕が聞き返した事はない。
ただ今回は違った。
別に、深い意味はない。聞かれたから聞き返しただけといえばそうである。
なんとなく、それ以上の理由は無い。
「そうだね」
言ったのち、一拍置いて口を開いた。
「とっても良いよ。なにしろ湊音くんが元気だからね」
言いながら頭をわしわしと撫でてくれたが、その声はいつもよりもか細くて少し不安な気持ちになった。
そうして僕たちは暗い夜道を再び歩いてゆくのだった。
ふと、胸に手を置いた。
心臓から血液以外の何かが全身に送り込まれるかのような、そんな奇妙な感覚を覚えたからだ。
気づけば動悸が速くなりその音が鮮明に聞こえ、身体からじっとりと嫌な汗が湧き出し着ていた服が少し湿る。
しばらくすると、それらは収まった。
なんだったのだろうか…
不意にかいた汗が夜風によって冷やされ僕の体を凍えさせた。
「くしゅん!!」
「わわ、大丈夫?ちょっと冷えてきたね」
アリアさんはくしゃみ一つ聞いて過剰に心配し、着ていた羽織りを僕の肩へかけてくれた。
良い匂いがして温かい。
なのに何故だろう、胸の違和感は残ったままで、未だ不愉快な感覚が続いたままだった。
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