第3話「なでなで」
時刻は夕方、日がそろそろ沈む頃。長い学校が終わりやっとの思いで我が家へと帰宅した。
「ただいまです…」
「おかえり〜
アリアさんが元気に出迎えてくれる、これだけでも少し元気が戻るような気がする。
「いつも通りでしたよ、ただ少し疲れました」
そう言いながら僕は鞄を下ろしソファにへたり込む。肉体はそれほど疲労していないのだが、どうにも精神が疲れた。
すると不思議と体も元気がなくなってしまうのだ。
「わわ…湊音くん大丈夫…?救急車呼ぶ?」
「呼びません…少し疲れただけですよ…」
少し座り込んだだけで救急車を呼ぼうとするアリアさん。
前に指を切ってしまった時、怪我をした当事者である僕よりも騒いで、いつもの冷静はどこかへ消えてしまう。
誰よりも僕の身を案じてくれてるんだろうが、少し大袈裟すぎるような気もする。嬉しいんだけどね。
「そっかぁ、ちょっとごめんね〜」
そう言って僕の首元に手を当てながら顔を見つめたり、手のひらを観察したり軽く匂いも嗅いだりしてくる。
「顔色は悪いけど体調を崩してる訳じゃ無い、大丈夫そうかな」
相変わらずこのお手軽健康診断は何なのだろうか。凄い所の話じゃないのだけれど…
「そうですか、良かったです」
「ねぇ湊音くん、学校ってやっぱり疲れちゃう…?」
「まぁ…なはは…」
何とも下手くそな愛想笑いだろうか。
学校では自己表現を上手く出来ず、要らない疲れを溜め込み、家に帰ればアリアさんに心配をかける。
僕は一体何がしたいのだろう。
「ほら、おいでよ」
「わっ…」
「今日もお疲れ様、よく頑張ってきたね。偉いぞぉ…!」
そう言いながらアリアさんが僕の頭を温かく、優しく撫でてくれる。
「ちょ…!アリアさん…!?」
「いいからいいから!うりうり〜!」
あまりにも突然で小っ恥ずかしくなり、思わず離れようとするが、アリアさんはそれを逃してはくれなかった。
半ば強引に引き込まれ、わしゃわしゃと犬のように頭を撫でられる。
「突然どうしたんですか…?」
「毎日頑張ってる君にご褒美だよ、嬉しくない…?」
そう言いながら僕の顔を覗き込んでくる。
ひゃ、顔が良い。
「そりゃまぁ…嬉しいですけど…学校行っただけですよ」
「頑張るに小さいも大きいもないよ」
多分、顔は真っ赤になっているだろう。
照れ臭さもあるが…アリアさんの顔が近い!近すぎる!!吸血鬼特有のクソ強顔面が文字通り目と鼻の先にある!!
それに何だか良い匂いする。おかしい、僕と同じシャンプーのはずなのにどうしてここまでの魅力的な香りがするのか…!!!
「あの…アリアさん、も…もう大丈夫ですから。ありがとうございます」
このままではアリアさん相手に照れ死にしてしまう。
そうだ…この人は超美人なんだ。いつもは世話焼き過保護お姉さんだから忘れそうになってた。
「どういたしまして!で…誰に虐められたの?」
「へ…?」
何を言い出すんだこの人。
「私ね?許せないんだ、私の湊音くんをこんなに疲弊させる輩がいる事に。ねぇどこの誰?男の子かな?女の子かな??あ、もしかして先生から意地悪されてるとかかな?だったらなおの事許せないねぇ…大の大人がこんなに可愛い湊音くんを虐めるなんて。そうだ!大人相手なら容赦は要らないよねぇ!私、吸血鬼だからさ。やりようはいくらでもあるんだよ。さぁ誰かな?名前を教えてくれない??」
なんてこった…この吸血鬼お姉さん、盛大に勘違いをしている。
あまりにも毎日疲れて帰ってくるもんだから虐められていると勘違いしてしまったようだ。どんな間違いだよ。
というか怖い!!めっちゃ怖い!!紅色の瞳が不気味に光ってる様にすら見える…さっきの女神の様に優しかった表情どこいったんだ!!
「うちの学校にイジメなんてありません」
「意義あり!!」
「却下します」
「えぇ〜…!!でもそうでないなら毎日こんなに疲れて帰ってくるなんておかしいよ!!」
「別に普通ですよ!」
そう、普通なのだ。僕はただ少し人の感情に敏感で考えすぎてしまって人よりもほんの少し体力を消耗してしまうだけで普通なのだ。
…何もおかしな事はない。
それにこんな事、アリアさんにわざわざ言うまでも無い。
「湊音くん、何か私に隠し事してない…?」
「してないですよ」
「はい嘘ぉ!目が左に泳いで右手を少し握った!これは湊音くんが嘘つく時の癖だね!!」
「なん…!?」
怖い!!そんな所までバレてるなんて…
この短い期間で僕はどれほどの癖を見抜かれているのだろうか。
「私が君の嘘を見抜けない訳ないでしょう?」
「吸血鬼じゃなくてエスパーだったんですね…」
「それって…湊音くん専用エスパーってこと!?」
「どうしてそうなる」
論理の飛躍も良いとこだ。
普段はもっと知的なんだけどな…というか家に来て最初の頃は凄く知性溢れた知人だったのになぁ…
どうしてこうなった…
「で!なんで毎日へとへとで帰ってくるの?」
「そ、それは…」
「それは…?」
「ちょっと学校生活が大変なだけですよ!」
もし説明したとして「その程度のことで?」と呆れられてしまうのが恐い。
分かってはいる。アリアさんはそんな事を言わない。
ただ、言わないだけでそう思われてしまうかもしれない。その可能性が少しでもある以上、僕には言えない。言いたくない。
こんなにも僕の事を思ってくれている人に、呆れられたくない。幻滅されたくない。
アリアさんはそんな僕を見つめながら少し考える素振りを見せ、そして口を開いた。
「虐め…人間関係…勉強…虐め…先生…友人…」
アリアさんが一定のリズムで単語を発し、僕と目をジッと合わせている。
凄く真剣な表情で僕も釣られて緊張してしまう。
「ど、どうしたんですか?」
なんとも不気味だが、一体どういった意味があるのだろうか。
「まぁまぁ。人間関係…勉強…虐め…人間関係……友人……会話…友人…対話…ふむ…」
「あの…?」
「会話が億劫だったり、人の話し声とか苦手だったりする?」
「は!?!?」
ひぇえええ!!!なんっ!なんで!?えぇ!?今の一瞬で一体何が起こった!?!?
「おっ当たりか、やってみるもんだね」
「ちょ、あの、なんっなんですか今の!?」
「吸血鬼ぱわ〜〜!なんちて」
「いやいやいやいや………」
てへ!と可愛らしくとぼけて見せるが全然誤魔化せてない。
吸血鬼であるアリアさん。その特異な存在故に様々な人間離れした能力を見せてくれたが…今回のは余りにも常軌を逸している。
というか今のは吸血鬼とか関係ないんじゃなかろうか。
「ふふふふふふ…湊音くんの事ならなんでもお見通しだよ?」
「流石に引くレベルです」
「そんなぁ!!」
「でも…ありがとうございます」
きっとアリアさんは、僕が決意を固めきれずにいるのも察してくれていたのだろう。
こんなにも気を遣わせて…やっぱり僕は情けないなぁ…
「良いんだよ〜?でもそっかぁ、湊音くんに意外な弱点だねぇ…」
「はい…」
アリアさんにはどれだけ感謝しても足りない。彼女が訪れて一ヶ月しか経っていない、なのにもう僕はアリアさんのいない生活が想像出来なくなっている。
しかし、どうしてアリアさんは僕の元へ来てくれたのか…その内教えてくれるのかな。
「よし決めた!私も学校行く!!」
「またそんな冗談を…でも嬉しいです。そこまで言ってくれて」
また突拍子もない事を言っている。アリアさんはしばしば学校まで着いてこようとするので流石に慣れてしまった。
でも今回のはアリアさんなりのユーモアを含んだ気遣いだろう。全くアリアさんは過保護なんだから。
「……そうだね」
ちょっとまて、なんだ今の間は。もしかして本当についてくるつもりなんじゃあ…!!?
流石に冗談だよね…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます