一章
第1話「過保護な吸血鬼お姉さん」
母が天国へ旅立って一年。季節は春がもうすぐ過ぎる頃。
僕はあの満月の夜に出会った吸血鬼のお姉さんと一つ屋根の下で生活を共にしている…のだが…
「
「わぁっ…!」
今、僕のタオルケットを勢いよく引っぺがしてきたのがその吸血鬼、アリアさんである。
吸血鬼のくせに早起きなのだ。
「朝ご飯はもう出来てるから歯磨いて寝癖直して早く食べるよ〜!」
おかしい、この人は出会った時はこんなキャラじゃなかったはずなのだが。
と、重たいまぶたを擦りながらも体を起こす。
「は、は〜い…」
あの夜のアリアさんはまさに吸血鬼にふさわしい透き通るような白髪に、深い真紅の瞳をした可憐で華麗で綺麗な吸血鬼だったはず。
しかし今はなんとも見る影がない。
いや、変わらず美人だし綺麗なのは間違い無いのだが、印象があまりにも違い過ぎる。
何故だ、初対面の時はあんなにも優美な所作をしていたのに…
「ん?あれちょっとまって…湊音くんさては夜更かししたなぁ??本来なら七時間は寝たはずだけどぉ〜…ほぉん…?顔色を見る限り四時間しか寝てないでしょ」
アリアさんは顔色をじっと観察し、そして手のひらを占い師のように見たあと見事に僕の睡眠時間を当てて見せた。
なんで分かるんだろうか。
僕が寝不足だったり体調を崩すと決まって詳細を当ててくる。
前に熱が出た時なんておでこに手を当てすぐ小数点以下までドンピシャで言い当てた。怖い。本当に怖い。
「なんのことかワカリマセン」
無駄だと分かっていながらも最低限すっとぼけてみせる。
アリアさんはため息を吐きながら僕の枕へと手を伸ばす。
「このゲーム機はなんでしょーか?」
わざわざ枕カバーの中に入れ込んで隠していたゲーム機を当たり前のように見つけ出す。
吸血鬼というかもはや超能力者である。
アリアさんが言うには「湊音くんのやりそうな事なんて大体わかる」とのこと。
まだ一緒に暮らして一ヶ月とかなんだけどなぁ…
「おぅふ……」
さぁゲームも見つかって言い訳の余地なし!お説教に備えて足を正座にしベッドの上でちょこんと姿勢を正す。
「これじゃあ、また監視を増やさないと駄目かなぁ…」
ため息を吐きながらアリアさんはそう言った。さらっと言っているが中々重たい発言なのでは無いだろうか。
「いやっ!や!大丈夫!大丈夫だよアリアさん!」
しかし勘弁して欲しい。アリアさんの監視は一般的なそれとは常軌を逸している。
どうやら吸血鬼は睡眠をほぼ必要としないようで、そのためその気になれば一晩中僕の事を監視し続ける事ができてしまうのだ。
一度された事があるのだが、それはもう凄い。
ずっと枕元の近くで僕を見つめてくるんだもの、視線がむず痒いったらない。
「ふぅん?あのね湊音くん私はね、何もゲームを禁止にしたいわけじゃないんだよ。それは分かるよね??でもゲームのし過ぎで睡眠不足になって、そのまま学校に行くとどうなると思う??」
僕はアリアさんと過ごしてまだ短いが、薄々気付いてきた事がある。
それも、出会った時には思いもしない事だ。
この後の発言を聞けば改めて確信を得られるだろう。
「…どうなるの?」
「信号に気づかなくて車に轢かれちゃうかも知れない!転んで電柱に頭をぶつけちゃうかも知れない!植木鉢が降ってくるかもだし…もうあらゆる可能性を考えてたら不安で不安で…湊音くんの寝ぼけたお顔可愛いから悪い大人に誘拐されちゃうかもしれないし…逃げたとこを転んで膝擦りむいちゃうかもだし…!!ぁあああ湊音くん!!!やっぱり学校まで一緒に行っちゃ駄目かなぁ!?!?」
そう、アリアさんは…超がつくほどの"過保護"なのだ!!!
それはもはや病的なまでに!なぜここまでするのか一度聞いた事があるのだが「湊音くんの生活を守るために来たから!!」と言ってそれ以外はろくに教えてくれない。
元々吸血鬼としての一般的なイメージを守ろうと高貴な振る舞いを頑張っていたそうだが、僅か三日ほどで崩れてしまったそうだ。
それからは開き直ったのか毎日この調子である。
「駄目です!というか日光苦手なんだから尚更だめ!」
アリアさんが言うには、吸血鬼はよく聞く話のように日光に当たっても灰になったり焼けこげたりとかはしないらしい。
ただし一瞬の内に重度の熱中症になりもがき苦しみ最悪死に至るらしい。
むしろ一瞬で灰になるより辛いのではなかろうか…
「くっ………とにかく!!これからは夜更かししない事!!ゲームは起きるてる時間に一緒にやろ、ね?」
そう言いながら僕の手を優しく握りしめる。
アリアさんはどうやら本当に僕の身を案じてくれているようなのだ。
ありがたいが何故ここまでしてくれるのか詳しい理由は分からない。
「…は〜い、ごめんなさいアリアさん」
「よぉうし、反省出来て偉いぞぉ!それじゃ、一緒に朝ごはん食べよ!」
頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。照れくさいがどうも心地よい。心が安らぎ安心感が身に染みわたる。
なんだかんだ言いつつも僕自身、アリアさんの過保護を受け入れてしまってたりする。
しかし、そんなアリアさんを怒らせてしまった。朝からこの調子では今日一日が思いやられる。
「わかりました、先に身支度しますね」
「はーい、コーヒー淹れてまってるね〜!」
部屋から出ていくアリアさんを見送り、僕はベッドから降りる。
そして眠い体を動かし、乱れまくった髪の毛を整えるべく、 洗面所へと向かう。
今住んでいるのは二階建ての一軒家。父が決死の思いで購入した家でローンがあと何十年と残っているらしい。
詳しい年数は教えてくれなかった。
その父はというと、そのローンやら生活費やらを稼ぐため出張に出ている。かれこれ三週間くらい経つだろうか。
ちなみに父はアリアさんの事を知らない。
アリアさんも父と接触しないようにしているようだが、それがどうしてなのかは知らない。
僕の部屋は二階の三つある部屋の登り階段から一番近くにあるもので、内装はベッドにクローゼット、あとは勉強机と本棚がある特に面白みのない部屋となっている。
階段を降りてすぐの所に脱衣所と洗面所が一緒の部屋がある。
そこには洗濯機と洗面台が置いてある。
ふと、洗面台に備えられている鏡に映った自分の姿を見た。
「パイナップルみたいになってる…」
寝癖がそれはもう酷い事になっていた。
あれ僕この状態でさっき叱られてたの……??恥ずかしい。
アリアさんも気づいてたなら言って欲しかったなーー!!
などと心中で羞恥心に悶えながらも髪を簡単に整える。
鏡に映るその姿は特に特徴の無い黒髪の黒目であり、吸血鬼であるアリアさんのような惹かれるものは何もない。
しかし、アリアさんからは「世界で一番可愛い。おめめがパッチリ二重でまつ毛が長くてほっぺたぷにぷに」と身に余る評価を受けている。
流石に誇張表現も甚だしいなと思いつつ、少し嬉しいなとも思ってしまう。
さて、自身でもう少し容姿の特徴を挙げるとするならば、同じ年齢の子よりも全体的に華奢である事だろうか。
身長も平均より低いし、体重も軽い。
……身長は…ほんの少しだけ、ほんの少しだね低いだのだ。
本当に、別に160センチない事を気にしてたりなんてないですよ。
マジだってば。ちょっとだけ小さいくらいなんですって。
ちなみにアリアさんは身長170センチは超えている。
くそう!!!この世は残酷だッ!!あの強すぎるビジュアルに加えてスタイルも抜群だなんて!!天は二物を与えまくる!!
おほんっ…色々と考えている内に身なりを整えたので、身長170センチ超えのアリアさんが待つリビングへと向かった。
ーーーーー
学校指定のシャツとズボンに着替えを済まし、二人で朝食を摂っている時だった。
「え?変わったこと…ですか??」
突拍子にされた質問に対し、僕はアリアさんが作ってくれた朝食を口にしながら疑問符を鳴らした。
ちなみに今日のメニューはお米と味噌汁、メインに鮭の切り身を塩焼きしたものである。全体的に優しい味付けで温かく美味しい。
「そう、誰かに付けられたり、変な人に声をかけられたり。そういった事はない?」
対面して座るアリアさんがわざわざお箸を止めて聞いてくる。
どこか普段よりも深刻そうな顔色をしている。この付近に不審者でも出たのだろうか?よくある話だ。
「無いですね。今時そんなコテコテの不審者居ます?」
朝食を食べている間にも吸血鬼お姉さんの過保護が炸裂する。
本当にどこまで心配性なのか。ただ、それほど心配してくれるのは素直にありがたいので、一応頭の隅には留めておく。
「そっか、なら良いんだけどね」
「はい、今日もちゃんと寄り道せず帰ってくるので安心してくださいね」
「うん、気をつけてね。あと前にも言ったけど、お友達と寄り道したくなったら連絡してくれたら良いからね?そういうのも大事だし」
「ありがとうございます。報連相、ですね」
アリアさんは過保護だが、僕の生活の全てを管理したい訳では無いようで最低限の距離感は守ってくれる。
しかし、僕は放課後に寄り道するほど親しい友人は居ないのでこの件でアリアさんを心配させる事はないだろう。
「そうそう、覚えてて偉いぞぉー!」
この人は些細なことで沢山褒めてくれる。本当によく見る吸血鬼像とはかけ離れているなとつくづく思う。
本当はもっと怖いイメージがあった。
血を吸ったり人を食べたり…本当に夜の帝王という言葉が似合うような存在を想像をしていたが、蓋を開ければこんなにも優しい。
「なはは……っと、ご馳走様でした。それじゃ行きますね」
残ったコーヒーを飲み干し、席を立つ。食器を流し台に持っていき、カバンを手に取る。
「もうそんな時間か!」
アリアさんも席を立ち玄関までお見送りに来てくれる。
何気ない事だが、これが嬉しかったりする。毎日玄関で「いってきます」「いってらっしゃい」の挨拶をする。
心がじんわりと温かくなるのを感じられて、とても好きだ。
「それじゃアリアさん、いってきます」
「うん、いってらっしゃい」
小さな言葉の交換で短い時間だ。本来、あろうがなかろうが変わらない。
嘲笑する人もいるかもしれない。
それでも、この小さな会話を毎日積み重ねを大事にしていきたいと僕は思う。
___しかし、この時の僕は気づいていない、この日常を脅かす存在に。それがもう背後まで迫っている事に。
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