第12話 よく分かりませんでした

 翌朝、九王は目を覚ました。時刻は6時を過ぎた所である。

 目を開くと同時に、九王は自己診断の結果を確認する。診断結果は「異常なし」であった。


「異常なし……ですか」


 それでも九王には違和感のような物が残っていた。まるで通電しているはずの配線で通電していないような、そんな違和感が。


「……悩んでいても仕方ないですね」


 九王は思考を切り替え、次の目的地である茨城県までのルートを検索する。

 6時30分になると、固いアスファルトの上で寝ていた小堀がムクリと起き上がる。


「あー、すっきりした。やっぱ寝ないと脳の疲労感が取れないわ」


 そういって小堀は寝袋を片付け、運転席に乗り込む。


「九王君、おはよう。もう出発するが問題ないか?」

「私は大丈夫です。ウッマが起きていないかもしれませんが……」

「僕は起きてるよ」


 ウッマが返事をする。


「じゃあ問題ないな? それじゃあ出発するぞ」


 そういってエンジンをかけ、トラックは外環道を走る。

 高速道路上に散乱した瓦礫を避けながら、トラックは1時間足らずで三郷ジャンクションに到着した。


「ここで環境測定を行いましょう」


 九王はそのように提案し、小堀はジャンクションの途中でトラックを停める。そして九王とウッマは環境測定を開始した。小堀も自前の小型環境測定機器で独自の測定を行う。


「小堀さん」

「なんだ?」


 九王の呼びかけに、小堀は手元のタブレットを見ながら返事をする。


「小堀さんって脳だけ生身なんですよね? 放射線対策とか大丈夫なんですか?」

「あー。その辺は大丈夫なんだわ」


 タッチペンでタブレットを操作しつつ、小堀は解説する。


「俺の頭部にある脳細胞格納容器は、高張力鋼と超硬合金を張り合わせた薄板を二重にして使用している。内側の容器内部と、内側と外側の容器の間に生理水溶液を満たしていることによって、容器の鋼材と生理水溶液のサンドイッチで放射線を防いでいるってわけ。それに容器内部に少し水圧をかけることによって、多少の衝撃が加わっても脳を守れるような設計をしているんだ。この辺は生身の人間と似たようなことをしている」

「そうなんですね。でも、そこまでして生体にこだわる必要があるんでしょうか?」

「それは、第4銀河艦隊で信仰されている宗教の問題もある。第4銀河艦隊では、地球にいたころと同じ五体満足でいることが、人類を人類たらしめる原動力にして最大の幸福という風に説いている。例にもれず、俺もそれを信じる一人だ。ただ、人間の四肢があればサイボーグでも問題ないとする生体機械派閥の人間だがな。まぁ結論を言えば、宗教上の教義の問題ってわけ」

「そうですか。人間もそれなりに不便ですね」


 小堀は何か言いたげだったが、喉元で止めたようだ。

 こうして環境測定も終了し、いよいよ外環道から常磐自動車道へと道を変える。


「それじゃあ行くぞ」


 トラックを出し、三郷ジャンクションから常磐道に入ってひた走る。

 少ししてから、九王は小堀に話を振った。


「小堀さん、人間って何なんでしょう?」

「さっきの話の続きか? まぁ、そうだな……。人間っていうのは案外脆い意識の上に成り立っているものなんじゃないか?」

「脆い意識……」

「今の俺もそうだが、それなりの脳細胞が存在しヒト型をしている四肢五体を持った思考する生命体は、ほぼ全て人間だと思う。昔、偉い哲学者が人間のことを『考える葦』と比喩したことがあるが、その通りだろうな。思考し、演算し、その結果をもって行動する生命体。それが人間だ」


 高速道路上に瓦礫が散乱しなくなってきたため、トラックはスピードを上げて走行する。


「それでは、私はどうなのでしょう? 人間に作られたから人間とも言えるし、頑丈な機械の体を持っているから人間とも言えない……」

「九王君、意外と哲学しているじゃないか。そこで脆い意識が登場するわけよ」

「というと?」

「今の九王君は、人間の命令を忠実に守るロボットでありつつ、半分人間の俺の願いを聞いて行動している。元来のロボットならば、人間が指示した命令を忠実に守ることで人間と区別できた。だが今の九王君は時折ロボットらしからぬ行動を取ることがある。それって清神学における意識━━自我と超自我が混在している状態が今起こっている表れだと俺は思うな」


 それを聞いて、九王は内容を噛み砕く。


(私に命令以外にできることが増えているってこと? それが意識であり、自我と超自我が芽生えていることになる……)


 九王には心当たりがある。つい昨晩の出来事もそうだ。最近自分の記録装置以外の部分から、記憶のような部分が発露している。


(私は、私が知らない所で人間になろうとしているのでしょうか……?)


 結局モンモンとしながら、九王は窓の外の流れゆく景色を眺めるのだった。

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