第10話:恋に夢見る乙女
コリウス・ルースター。あれは危険だ。
メイエリは街まで続く隠し通路を荒々しくヒールを鳴らしながら歩いていた。
あれはメイエリの大切なものを奪ってくる。
「迂闊でしたわ。まさかあの飛べない間抜け鶏がレイヴン家の滞在を許されるなんて……」
今までもレイヴン家とお近づきになろうとライラックの見合いに挑戦するものは数え切れないほどいた。だけど、見合いに否定的な姉によるグーパンで顔面も、プライドも丸つぶれで数分足らずで去ってしまっていた。
今回もそうなるだろうと淡い期待を抱いていた。いくら父が姉の婚姻に本気になり始めても、三大公爵家のルースター家が来ようとも変わらないと思っていた。
「コリウス・ルースター。どうやってあの邪魔者を排除しようかしら」
しかし、コリウス・ルースターは今現在ものうのうとレイヴン家にいる。
よりにもよってルースター家だ。アルストロメリアにこびへつらっている犬。創世神教の敵。レイヴン家から沢山の大切なものを奪ってきた奴ら。
それにコリウス自身はアルストロメリアの「羽」と聞いている。
翼であるライラックと同様、もとは天使の体の一部で、力を強く濃く受け継いだ特別な存在。
同じ特別、いやそれよりもっと素晴らしい存在なのに、ライラックは実の父親のせいで普通の貴族より不憫な扱いを受けている。自由に表舞台に立ち、役割を果たすことができるコリウスをメイエリは恨めしく思った。
「ほんっとうに許しませんわ……!」
「何、物騒なこと呟いてんだよ? 機嫌わりぃとこっちもやりずれぇよ」
「あら、失礼いたしましたわ。はしたなかったですわね。うふふ、もう大丈夫ですわ」
「はいはい、そーかよ」
ついつい考えごとでロサと合流していたことを忘れていた。気を取り直して、メイエリは薄っぺらい笑みを浮かべる。
そういえば、ロサを上手く使えばコリウスも排除できるのではないのだろうか? 本当は人だと知らないとはいえ、ロサはレイヴン家の秘宝、ライラックを狙っている。ライラックと婚約を取り付けようとしているコリウスと目的は同じだ。なら、敵であるのは変わりない。
そうだわ、コリウス・ルースターもお父様のついでにロサに殺してもらいましょう。
愚行を繰り返し、レイヴン家が落ちぶれる原因で、姉に対して不当な扱いをする存在。メイエリにとって父親は憎くて邪魔な存在だった。なら、邪魔者たちは一緒に排除すればいいのだ。
罪はロサに擦り付ければ問題ない。
姉は自由になるし、兄は当主になれる。いいことだらけだ。
「それで、メイエリ。最近なんかあったのか? 考え事ばかりしてるし、目つきが悪い」
「貴女に心配されるほどわたくしは落ちぶれてはいませんわ」
「心配して悪かったな」
「まぁ、でもせっかく心配してくださっているのですから、相談にのってもいいですわよ」
「なんでそんなに上から目線なんだよ?」
メイエリとロサは広間に設置してあった椅子に腰かける。
以前とは違ってメイエリは街で散策用の庶民の服を身に着け、所作もロサに習ってくだけたものになっているため、街中に溶け込んでいた。
「お姉様がお見合いをしているのですが、どうすれば邪魔できると思います?」
「人の恋路になに首突っ込んでんだよ。おねーさまが可哀想だろ」
「何を言ってるんですか! このままの方がお姉様が可哀想ですわ!」
「そんなにお見合い相手が嫌な奴なのか? メイエリは何かされたのか?」
「お姉様を奪おうとしてる方ですわ。嫌に決まっているではありませんか!」
「……聞いてる感じ、ちゃんと相手と話したことないだろ。それで相手を一方的に嫌な奴とか、おねーさまが可哀想とか、決めつけるのはよくないんじゃねぇか?」
メイエリは驚愕する。よく知りもしない相手から盗みを働いているロサがそんなことを言うなんて。なんだか裏切られた気分でもあるし、そんなロサに注意されている自分がみじめだ。
「そんな風に偉そうに言ってますが、ロサはちゃんと恋愛をしたことがあるんですの!?」
「……いや、あるからそう言ってんだよ」
「え?」
今、ロサはなんと言った?
メイエリはロサの吐き出された言葉の意味が飲み込めず固まる。
マナーもなっていない、雑で荒々しいロサが?
もちろん性格もそうだが、昔は明日生きれるのかすら怪しいくらい厳しい環境下にいたと言っていたロサ。そんな彼女が恋愛する余裕があったのか?
「ちょっと待ちなさい! ロサ! どういうことですの!?」
「ちょ、痛い痛い! 肩を強く掴むな! 落ち着けって」
「落ち着いていられませんわ! さぁ、洗いざらい話しなさい!」
「あーもう! 幼い頃から一緒に組んでた相棒がいたんだよ! そいつがいたからアタシがここまで生きてこれたってくらい……。まぁ、流れでそいつとそういう関係にもなったし……。アタシがちゃんと聞かずに迷惑かけたことあったし、逆にそれで迷惑かけられたこと何度もあったんだよ!」
たぶん恋バナというのもあまりしたことがなく、慣れてないのだろう。顔を真っ赤にしながらロサは話す。
予想外のタイミングでロサの乙女な部分を見てしまい何とも言えない気持ちになる。
メイエリの初恋は兄であるハシドイだった。優しくメイエリに接してくれる兄は心強い味方で、ほのかな恋心を抱かせるには十分だった。しかし、ハシドイは背負いすぎた。父の役割を放棄した父親の代わりにハシドイは妹たちの前では年頃の青年であることを捨て、保護者であることに専念した。結果、メイエリの兄に対する恋慕はしぼみ、家族としての思慕は膨らんだ。
また、姉であるライラックと親しくなり始めたのも影響としては大きい。自分を誰よりも真っ直ぐ見てくれる姉はメイエリにとっては必要で、憧れになった。
現在、家族愛を育んできたメイエリは年頃の娘だというのに、異性に、兄と姉以外の他人に興味を示さないようになってしまった。それ故に恋愛経験は皆無に等しい。
それに、兄と姉が完璧すぎて二人を越えるほどの魅力をもった異性が現れない限り、恋に落ちることはない気がするとメイエリ自身、心の奥底で思っている。
だが、恋愛に興味がないわけではない。ロマンス小説は好んで読み、王子様の存在を夢見たり、友人と恋バナをするのも好きだったりする。
だから、ロサの恋バナにも興味があるし聞いてみたい。
しかし、だ。
メイエリは頬を赤くし、挙動不審になっているロサを睨む。
なんでこんな盗人風情が自分よりも先に……
「ロサの裏切り者ですわ!!」
盗むし、礼儀はなってないし、雑だし、薄汚いし、野蛮。確かにちょっとお人好しで、面倒見よくて、快活で、ノリもよく、器用で、人の視線を奪うほどの容姿をしているが、やはり納得がいかない。
メイエリは本来の目的を忘れ、凄んだ目つきでロサの恋人について問い詰めた。
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