エピローグ



 とある港町の酒場にて、女が二人と少女が一人、盃を交わしていた。



 女の内一人は泡の立った琥珀色の麦の酒を豪快に飲み、目の前に並べられた料理をそれはそれは美味しそうに口にしていた。


 向かい合わせに座るもう一人の女はルージュのような美しさをもつ色をした葡萄の酒を上品に飲み干し、こちらも上品に、しかし異常な速さで淡々と料理を平らげていた。


 そして、女二人の真ん中に座る少女は果実を絞った甘い飲み物を物珍し気に飲み、頬いっぱいに料理を口へと運んでいた。



 異様な組み合わせだった。服装、所作、どれ一つとっても彼女たちには共通点がない。


 ガラの悪い庶民、高位だと思われる貴族、幼い聖職者。彼女たちが同じテーブルを囲み、飯を共有している不思議な光景だ。



 それに加え、だ。彼女たちの周り、酒場内では、突如乱入してきた海賊たちが騒ぎを起こしていた。

 だというのに三人は気にせず食事を続ける。もう他の者たちは逃げ出して避難しているというのに。



「ロサ、外の世界はこんなにも美味しいものがあるのですね」


「食べ物だけじゃなくて、すげぇ景色もいっぱいあるぞ。この後、海を見に行くのが楽しみだな。……って、ライラック。アタシの魚を食べんじゃねぇーよ」


「うむ。これも美味しいな。リリィもいるか?」



 ロサと呼ばれた女は麦の酒をテーブルに置き、会話を始める。

 彼女は一つにまとめられた波打つ黄金の髪をもち、肌は北方の国に位置するこの街では珍しい茶褐色していた。つり上がった目尻、長いまつげに縁どられたルビーの瞳は思わずため息が零れてしまう。



 葡萄酒を飲んでいた女、ライラックも見る者を惹きつける魅力があった。

 首元まで切り揃えられた夜空のような艶やかな紺色の髪。色白なシルクの肌。夕闇を切り取ったアメジストの切長な目。まさに高貴を体現した美を彼女は持っていた。



 しかし、少女、リリィはそんな彼女たちの存在感でさえ霞ませてしまうほどの色をしている。

 いっさいの澱みも赦されない、神秘を纏った白銀の髪と瞳。幼く、その美しさはまだ未発達ではあるが、それでも、神が技巧を凝らし、一つ一つ丁寧に創り上げた人形のような容姿は人の心を掴んで離さない。



 そんな彼女たちが海賊たちに声をかけられるのは時間の問題だった。



「なぁ、嬢ちゃんたち、珍しい色をしてんじゃねぇか。オレたちについてくれば、こんなしけたものより、もっとうめぇものを出して、贅沢な暮らしができるところに連れていってあげるぜ?」



 騒ぎの中心人物……船長かと思われる男が話しかけてきた。明るい声色ではあるが、片手に持っている銃で脅してきている。

 男としては脅すだけで特に使うつもりもなかった。珍しい色、しかも容姿端麗ときた。高値で売れるから傷つけるわけにもいかない。


 だけど、できなかった。



「……」



 少女のその色の瞳にジッと見つめられるうちに、男は得も言われぬ恐怖を覚えた。


 未知のものは無条件で人の心を揺さぶる。この男の場合、未知は恐怖という心を揺さぶった。

 自分は逆らってはいけない者に逆らった。牙を向けてはいけない者に牙を向けた。



「ひぃっ……! って、あれ、銃がなぃ、ぐほぁぁ!?」



 だから、思わず弾を放とうと銃を構えようとするが、手元には何もなく、そして、吹っ飛んでいった。

 顔面に蹴りを一発。ためらいもなく、当然とばかりに自然な動作でライラックが殴り飛ばした。




 ガッシャーンッ!!




 見事に綺麗な放物線を描き、男は壁とキスをした。


 さっきまで騒がしかった店内は一瞬で静まり、視線はリリィたちに向けられる。



 男から銃をかすめ取って、遊び始めるロサ。

 蹴って満足したのか、再び食事を始めるライラック。

 そして、そんな二人を楽しげに見るリリィ。 



「おまえら、一体何者だ?」



 この理解不能な出来事に耐えきれず、誰かが呟いた。




「銃をいじっているのはロサ、ご飯を食べているのはライラック。……そして、わたしはリリィ」




 少女はもう、悪魔でも神でもない。


 ただの少女だ。


 だけど、彼女の過去を知る者は、彼女の色を見た者は彼女を異質と思うだろう。


 人によっては恐怖し、悪意を向けるだろう。


 人によっては崇拝し、過度な忠誠を誓うだろう。




 それが何だっていうのだ。




 少女は思う。


 他者の描くわたしではない。


 自身が信じるわたしがわたしであると。


 大切な家族から愛を受け、守られ、そして旅を始めたただの少女で、旅人だ。





「わたしたちは、ただの旅人です」







 




 そうして、彼女たちは旅を続けるのだ。









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