第28話:女盗賊は神様を盗みに現れた
あいつは一体何者だ?
ライラックは教会内を見回りしている神父が雇った傭兵をつけていた。
傭兵は全部で十人。教会内で過ごしている人間だけでは外部からの人間含め護衛できるほどの戦力はないため、臨時で兵を雇っているらしい。
といっても所詮傭兵。ライラックの相手ではない。既に各場所に配置されていた九人は騒ぎを立てることなく、秘密裏にライラックが倒した。
しかし、一つ問題が発生。
「お嬢さん、そんなに熱い視線を送られてしまっては、僕も照れてしまいますよ」
「残念だったな。私にそのつもりなどはない。一人で勝手に照れてろ」
残り一人の傭兵が別の人物にすり替わっていた。
相手は鎧を身に着けて顔も隠れていてよく分からないが、野生の勘というやつなのだろうか、こいつは危険だと本能が警告している。
傭兵たちが教会に来た時、遠目で全員確認したがその時は何も感じなかった。たぶん、ライラックが別の場所で他の傭兵を殴り飛ばしてる間に変わったのだろう。立ち振る舞いとかは寄せているようだが、やはり今までとどこか違う。
気づかれない距離にいたはずだが、傭兵は振り返りライラックがいる方へ向かってきたので、ライラックも素直に姿を現す。
場所は、鐘塔裏、他に人はいない。
「だが、ダンスなら一曲付き合っても構わないぞ。ついてこれれば、だがな」
ライラックはシスター服を脱ぎ捨て、構えのポーズをとる。やはり普段の服装が動きやすい。
「レイヴン家の秘宝にお誘いいただけるなんて、光栄です」
傭兵は一礼をした後、剣を抜いた。
お互い準備はできている。
「貴方は一体何者だ?」
「ただのしがない傭兵です、よっ!」
一突き。
鎧を身にまとっているとは思わせないほどの早さで刃が飛び込んできた。ギリギリのところでライラックは躱し、空いた脇を狙って蹴りかかろうとする。
「っ!」
剣を握っていない方の手で握りこぶしをつくり、殴ってきた。
ライラックは体を回転し蹴る軌道を変えることによって事なきを得たが、今のは危なかった。
「騎士道精神ってのがないんじゃないのか?」
「育ちの悪い野良犬なもんで。一曲ついてくだけで一苦労なんですよ」
正々堂々と剣を使って戦うわけではないらしい。小癪な。
しかし、レイヴン家をでてからライラックはもうすでに学んでいる。こういう戦いをする奴がいるのだと。特に相棒であるロサはいやらしい戦い方をする。彼女曰く、誇りとか勝利とかよりも生き残った奴の方が正義なのだとか。
まぁ、知っているとはいえ、自分ができるとは思わないが。
ふと、ライラックは先日の出来事を思い出す。
主聖堂からロサと神父の二人がでてきたときのことだ。
地下の一件が発覚した次の日のことであったし、嫌な予感がした。
『ロサ、神父と二人きりになって話していたようだったが、大丈夫だったか?』
『ああ、うん。大丈夫だ。ほら、アンタが肉を食いたいって愚痴ってただろう? それの相談の続きだ』
気になって声をかけたが、今思うとその後の話題で話を逸らされた気がする。
『そんなことより、アタシも腹を括ったよ、ライラック。リリスを盗むぞ。でも、一緒に旅するとかは本人の気持ちも聞きたいから、一旦保留だ』
ロサが許可してくれたことが嬉しくてライラックはそのまま話を流してしまった。たぶんあの時もほんとはきっと何かをしていたのだと思う。
ずるい。ずるいな。
ライラックは聞かれれば答えるが、ロサはあまり多くのことを教えてくれない。聞いてもはぐらかされてしまう。
だというのにライラックはロサからもらってばかりだ。
自由も、この生活も。
だからこそ、対等であるために、自分ができることは最大限の力でやるのだ。
今までで一番強く地面を蹴りこむ。剣を振りかざしているのにも関わらずライラックは敵に近づく。
そのままの勢いで飛び込んだら振り下ろされる剣の餌食になるだけだろう。
だが、大丈夫。
キィン!!
傭兵の手元めがけてナイフが飛んできた。
鎧を着ているからナイフが飛んできたとしてもはじくだけで痛くも痒くもないだろう。だけど、唐突に飛んできたそれは、僅かであれ傭兵の動きを止めた。それだけで十分だった。
ライラックはその数秒を無駄にすることなく、腕を引いて、傭兵の腹に思い切り拳を打ち付ける。
「ぐあぁっ」
鐘塔の壁まで傭兵は殴り飛ばされ、倒れる。
「今のナイフは……?」
鎧を着ているからなのか、中の人物が頑丈だからなのか、傭兵は殴り飛ばされ強く打ち付けられたというのに、千鳥足ながら立ち上がる。
その事実にライラックは内心称賛しながらも口元を綻ばせながら問いに答える。
「それは私の相棒のさ」
たぶんどこかに隠れているであろう自身の相棒を思い浮かべながら誇らしげにライラックは胸を張る。
しかし、それが相手の琴線に触れたのだろうか? 傭兵の纏う空気がどこか変わった。
「ああ、クソ……。相棒なんですね」
吐き捨てるかのように低い声で傭兵は呟く。先ほどの、貼り付けた感情とは異なり、声から怒りが滲み出ていた。
その時、だ。
ドオォォォォォン!!
空気が震えるほどの爆音が響き、空から瓦礫が降ってきた。
顔を上げると、鐘塔が崩れ始めていた。
鐘の音が終わりを告げる。金属の塊が落ちてくる。
「ライラック、来い!」
相棒の声でライラックは正気に戻る。声がした方へ向くとロサは教会の屋根に登っており、ライラックに向けてなのかロープを降ろしていた。
「でも、敵が!」
「大丈夫だ! たぶんあいつはこれ以上邪魔してこない!」
逃げるタイミングを与えてしまったとはいえ、追いかければまだ間に合う。
それに最後に傭兵が見せた殺気を放っておくのは危険な気がした。
「アタシを信じろ、ライラック! 問題ない! それよりアタシらがやるべきことはこっちだ!」
信じろと言われたのなら信じるしかない。
ライラックは躊躇いを振り切り、傭兵がいたであろう方向に背を向け、ロサの方へと駆ける。
「それで、私たちがやるべきこととは何だ?」
器用にロープを使いこなし、ライラックは壁を登り、ロサのところまで辿り着く。
ロサは食い入るようにステンドグラス越しから何かを見ていた。まるで魅せられたみたいに呆然と。ライラックも真似て覗く。
見つけた。
白銀を纏った少女。神に仕立て上げられた哀れな人柱。そして、ライラックとロサが盗みたいもの。
「見て分かっただろ、ライラック。アタシたちがやるべきこと、それは――」
ロサはガーターベルトからナイフを取り出し、ライラックは拳を大きく振りかざす。
「神様を盗むことだ!」
ステンドグラスが割れ、色とりどりのガラスと共に二人は主聖堂へと飛び込む。
女盗賊は神様を盗みに現れた。
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