第2話 Scene:翼「それじゃー!いっきまぁーすっ!」

「だーかーらー、今日がいーと思うの!」

「勝手にやれよ」

「手伝ってくれたっていーじゃん!」


 今日は授業が無いのに、望が家に押しかけて来た。


「つーばーさー!」


 手を引っ張られて、タンバリンを握らされる。


「これ持って、立ってて!」

「断るって」


 光はシャワーを浴びている。


「おーねーがーい!」


 お願いなら、もっと可愛くしろよ。


「お願いします!」


 急に、パチンと両手を合わせて、なむなむされた。

 これなら、可愛いから合格か。


「行くけど、タンバリンは無しだ。音出すだけだからな、スピーカー係だからな、分かったな」

「やったー!音出すだけでいい!やったー!」





 あんなに断ったのに、どうして俺は今、タンバリンを持ってキャンパスに立たされているのだろうか。


「それじゃー!いっきまぁーすっ!」


 望が歌う。声が、少し鼻にかかった歌声が、すごくいいんだよな。

 集まる人だかり、盛り上がる生徒たち、上々なんじゃね?


「きゃーっ!」


 黄色い歓声、これは俺にだ。

 俺はドラムの腕は悪くない……その上、そこそこの人気がある。と言うのは、控えめだな。正直、ギターの颯よりファンが多いと自覚している。タンバリンはあっても無くても、俺が立てばこうなる。


「翼先輩だぁ!」


 望が俺にしてほしかったのは、これだよな。

 俺に傍にいて欲しいのは、こうやって野次馬が野次馬を集めるように人だかりの種を作るためだ。なんたって、残念なことに、望には人目を引く華がない。


「声はいいんだけどな」


 望に目をやる。

 目が合って、微笑む。

 楽しそうに歌いやがって。

 こっちの気も知らないでさ、まったく。


「おいっ!来た!」


 盛り上がっている最中だけど、颯の合図が飛んで来る。学生課の職員に見つかったら引き上げる約束だ。


「限界だ!行くぞ、望」


 颯が望の手を引いて全力疾走。


「翼!」


 光の声のする方へ、俺は全力疾走。


 待ち合わせていた場所で落ち合う。


「危なかったねー!颯、足、はやーい!」


 言葉とは裏腹に満面の笑みの表情の望。ぴょんぴょん跳ねながら、手をぱちぱち叩いてる。ちっとも「危ない」なんて思ってないだろ。


「あー、はっ、いーよ、はぅ、はっ」


 颯は息が切れて話せない様子。

 望はどうやってここまで来たのか謎だ。


「ちゃんと撮れてるー?」


 ぐったりしてる颯の汗を拭いてあげながら、颯のポッケから携帯を取り出して、望が動画を探している。


「ちょっと、勝手にいじんなよ」

「別に見られてマズい事なんてないでしょー?」

「マジで、やめろって!」

「望、それは良くないんじゃ……!」


 携帯を握りしめて、颯と光に追いかけられている望。


「その辺にしとけって」


 望を羽交い絞めにして、携帯を没収。


「ちょっとー!翼のバカー!放してー!」

「よこせ」


 こんなのあっという間だ。


「ほれ」


 颯に携帯を返す。


「助かったよ」


 颯が自ら突き出した動画の画面に、みんなで顔を寄せて覗き込む。


「こんな感じだけど、どう?」

「うん、うん。いー、いー!ねえ、翼、これいつアップできるー?」

「帰ったらすぐやるよ」

「ありがとうー!」


 今度、抱き付かれそうになったら受け止めようと思ってたんだけど、今日は来ねえのな。


「じゃ、私、これからバイトあるからー。今日はありがとねー」

「あいつってば、ホント自由だよな」

「今更だろ」


 望を見送り、颯と光と帰路につく。


「なあ、望ってば、また歌、上手くなってなかったか?」

「私も思った」


 俺も思った。


「カラオケってレベルじゃなかったよな」

「うん、うん。本当はオリジナル曲歌えたら良かったのにね」


 いきなりのゲリラライブで、オリジナルは盛り上がらない可能性大だもんな。


「じゃ、俺、ここで」

「バイバイ、颯」

「またな」


 颯の家の下で別れる。


「私も撮っといたよ」


 そう言って、光が携帯の画面を見せてきた。

 颯とのは違う角度から撮られたそれは、望を少し中心からずらし、俺も画面に収まっていた。


「ありがと。それ俺に送って」

「どういたしまして。もう送ってあるよ」


 バンドの活動は細々とではあるが、俺が動画に上げている。


「ねえ、この前のゲリラライブがバズってるらしいね」

「ああ。俺だけいないやつね」

「すねてんの?かわいい」

「うるさい」

「私もバイトあるから、ここで。じゃね」

「ああ、気を付けて」


 マンションの近くまで来たところで、光と別れる。

 妹の光は近くのカフェでバイトしている。


 二卵性の双子の俺たちは似てはいないが、有難いことにそれぞれに外見がいい。

 見た目には華のある光だが、引っ込み思案と言うか、内気な性格で損している、と思う。


「ただいま」


 誰もいない家に入って、そのままパソコンの前に座る。

 さっき、颯が撮ってくれた動画を、さっさとアップしてしまおうと思った。


「DM?」


 右上に赤い丸が付いていて、思わずクリックした。


「まさか、だろ……」


 芸能事務所から、面談の依頼が届いていた。



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