第3話 深井戸瑛太の価値
俺は正義を振りかざす人間が苦手だ。なぜかといえば、俺自身が昔そういう人間だったからにほかならない。
その正義というのはどこかで聞きかじったような薄っぺらいものばかりで、なぜ正しくあらねばならないのかすら分からないまま、俺はただ、取ってつけたような正義の鉄槌を振るっていた。
そこに疑問などまるでなかったのだ。悪を滅ぼすことが正しい行いであり、それを行使することになんの躊躇いもなかった。
だから、俺は善人面をして正義を語る人間が苦手だ。
もしかしたら愛季内は、そういう人間かもしれない。
「あなたはもっと評価されるべきだと思う」
濁りのない目でそういった彼女は、黙ったままの俺の反応に眉根を寄せる。
「あなたは、自分の価値がどうやって決まるのかを知ってる?」
そして、唐突にそんなことを言いだしたのだ。
「自分の価値を決めるのは自分だろ?」
「あー……あるわね。そういうセリフ」
少し格好をつけて言ってみたものの、愛季内はハイハイと俺の返答を受け流した。
「自分の価値を決めるのは所詮他人よ。テストを採点するのは教師で、面接だって相手からの印象で合否が決まるわ。オシャレだってそう。結局自分が着たい服よりも、着てもらいたい服を着たほうがずっとオシャレだと評価される。全ては他人なのよ」
愛季内はそう言って腕組。まるで、その理論こそが世界を真実であると言わんばかりに。
「それで? その話を俺にして何がしたいんだ」
「言ったでしょ? 私はあなたがもっと評価されるべきだって。あの喧嘩のことは公表すべきよ」
「余計なお世話だな。俺はそんなこと望んじゃいないし、そんな評価も求めてない。俺の価値は俺が決める。以上」
そう言って俺は踵を返した。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」
そしたら、服の袖を掴まれて静止させられてしまう。振り返れば、「信じられない」とでも言いたげな顔が俺を見上げていた。
「あなた……本気なの? 本気で今の生活を続けるつもり……?」
「なんだよ……今の生活って。別に今の生活に困ってないんだが」
驚きで丸くなっていた双眸が、残念なものを見るような哀れみに変わった。
「そう……深井戸くんは、周囲からなんて言われてるか知らないのね」
その目が潤んだように見えたのは俺の気のせいだろうか。いや、きっとそうに違いない。
「この際だから教えてあげるけれど、落ち込まないでね」
と、落ち込ませる気満々の前置きを置いた愛季内は、小さくコホンと咳払い。
「根暗で陰気なボッチくん。あー……なんかごめんね? すこしあなたの事を調べさせてもらったの」
「いや、落ち込んでねーよ。というか、それは価値じゃなくてその人のイメージみたいなもんだろ」
「イメージだとしてもそれは価値だと思うけれどね? あなた、誰かに遊びへ誘われたことはある?」
「……」
「家に行ったことは? そもそも一緒に帰る人はいるの?」
「……」
「カノジョは……あぁ、ごめんなさい、いるわけなかったわよね」
「おぉい! 今の質問はやってんだろ!! 悪意しか感じないぞ!」
「心外ね。あなたが少しでも救われる可能性を模索しただけよ。カノジョがいるのなら、結構な評価ポイントだもの」
「俺のこと調べたなら知ってたはずだ」
「調べたことが全て合ってるとは限らないわ。それに、今回の件を公表したらできるかもしれないわよ?」
「カノジョがか?」
「そう。あなたがナンパから助けた安藤モカさん」
「はっ……! 世の中そんな上手くいくはずがない」
「そうかしら?」
「そうだろ。そもそも目出し帽なんか被ってたら顔が見えない。顔がタイプじゃなかったら付き合うだとかになるわけがない」
「あなた、目つき悪いものね」
「うるせぇ。寝不足なだけだ」
だが――俺が「そんなはずない」と吐き捨てたことは、数日後現実となった。
喧嘩をしたと自ら申告した者が現れ、そいつが安藤モカと付き合いはじめたからだ。
もちろん、俺じゃない。
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