最終話 永遠の誓い
朝靄の残る王都は、すでに祝祭のような賑わいに包まれていた。広場には花売りが並び、人々は色とりどりの花を抱えて大聖堂へ向かっている。今日は――グレイヴ公爵レオンハルトと、その妻セリーヌのための新しい一歩の日だ。
まだ日の昇りきらぬころ。公爵邸の一室で、セリーヌは鏡の前に座っていた。侍女たちの手によって髪が結い上げられ、繊細なベールが頭上に広がる。純白のドレスは王都でも評判の仕立て屋に特別に誂えられたもので、胸元には彼女が描いた花の図案が刺繍として施されていた。
「……本当に、私が花嫁に」
鏡に映る自分を見つめ、セリーヌは小さく呟いた。
伯爵家の娘として生まれながら、家は没落の一途を辿り、彼女は一度は人生を諦めかけた。あの時、手を差し伸べたのは――。
「公爵様……」
思わず名前を呼んだその時、扉の向こうから控えめなノックが響いた。
「セリーヌ、入ってもいいか?」
「……はい」
扉が開かれ、黒の礼装に身を包んだレオンハルトが姿を現した。普段の冷徹さを覆い隠すように、彼の表情はどこか緊張している。セリーヌを見ると、息を詰めた。
「……美しい」
「っ……」
ただその一言に、セリーヌの胸は熱くなった。何度も彼の隣に立ったはずなのに、今日ほど心臓が強く打ったことはない。
「行こう。皆が待っている」
差し伸べられた手を、セリーヌは震えながらも取った。温もりが伝わり、彼女は不安を忘れる。
大聖堂の鐘が鳴り響く中、王都中の貴族と市民が集まっていた。祭壇の前には王と王妃、そして王太子が座している。レオンハルトの隣に立つのは、緊張に震えながらも毅然とした顔を見せるセリーヌ。
ふと視線の先に懐かしい姿を見つけ、セリーヌは息を呑んだ。
――父と兄。
かつて病弱な母を抱え、借金に苦しむ中で彼女を守り切れなかった二人。その後悔と負い目を背負いながら、今日この場に招かれ、ぎこちなくも立派な礼装で佇んでいた。
新郎新婦が祭壇まで歩くその姿に、参列者からため息が洩れた。
彼女の目はまっすぐレオンハルトを見ていた。
司祭が誓いの言葉を読み上げる。
「レオンハルト・フォン・グレイヴ。汝、この女性を愛し、守り、共に歩むことを誓うか?」
「誓う。どんな困難があろうとも」
その声に揺るぎはなく、堂内に響き渡る。
「セリーヌ・ド・グレイヴ。汝、この男性を愛し、共に生きることを誓うか?」
「……誓います。心から」
涙を浮かべながらもはっきりと答えるセリーヌに、人々は温かな拍手を送った。
誓いの口づけが交わされると、天井から花びらが舞い降りる。赤、白、黄――色とりどりの花が二人を祝福した。
参列者たちの歓声の中、王太子が立ち上がる。
「レオンハルト、セリーヌ。二人の結びつきは、この国にとっても大きな喜びだ。これからも共に歩んでほしい」
その言葉に、二人は深く頭を下げた。
式が終わると、馬車で屋敷へ戻る道中。レオンハルトは隣に座るセリーヌの手を離さなかった。
「セリーヌ」
「はい……?」
窓から差し込む夕陽が、彼の横顔を照らしていた。普段の厳しい表情ではなく、ただ一人の妻を見つめる男の顔。
「俺は君を最初、弱みを隠すために迎えた。だが今は違う。君なしでは生きられない。心から愛している」
胸に突き刺さるような告白に、セリーヌの目から涙が溢れた。
「私も……公爵様を愛しています。どんな未来が待っていても、ずっと」
二人の想いはようやく一つになった。
馬車の窓から見える王都は、祝福の灯に包まれている。
――この先に待つのは、真実の夫婦として歩む新しい日々。
互いの手を固く握り合いながら、二人は静かに微笑んだ。
鐘の音が遠くで鳴り響き、永遠の誓いを空へと届けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます