第12話 見つかった指輪
指輪が消えてから三日。
セリーヌの心は、ずっと重い霧に覆われていた。
朝も、昼も、夜も。
どこを探しても、指輪は見つからなかった。
――なくしたのは自分のせいではないか。
――母を裏切ったのではないか。
そんな自責の念が、胸を締めつけ続けた。
偶然、倉庫の前を通りかかったセリーヌは、扉の隙間から人影を見た。細身の後ろ姿、艶やかな栗色の髪――リュシュアンヌだ。
彼女は布に包んだ小箱を棚の奥に押し込み、素早く周囲を確かめると去っていった。
セリーヌの心臓は大きく跳ね上がった。
(あなただったのね)
しかし、その場で声を上げはしなかった。証拠を取り戻すためには、冷静に事を運ばなければならない。セリーヌは何も知らないふりをして、静かに廊下を戻った。
「奥様。倉庫の整理をお願いしたいと、執事長から言われました」
そう告げたのはマルグリットだった。
彼女は心配そうにセリーヌを見つめている。
セリーヌは頷いた。
「ええ……少しでも役に立てるのなら」
今のセリーヌにとってはありがたかった。
神が与えた機会かもしれない。
薄暗い倉庫には、古い家具や使われなくなった装飾品、壊れかけた食器などが所狭しと積まれていた。
ほこりっぽい匂いにむせながら、セリーヌは布で棚を拭き、箱を開けて中身を確かめる。
「奥様、こちらの箱、蓋が外れております」
マルグリットが持ち上げた小箱の中――銀色の光がきらめいた。
「……あっ!」
セリーヌの目が見開かれる。
そこにあったのは、間違いなく母の形見の指輪だった。
セリーヌが指輪を抱きしめて震えていると――。
「まあ……奥様の指輪じゃありませんか!」
突如、背後から甲高い声が響いた。
そこに立っていたのは、リュシアンヌだった。
彼女は大げさに目を見開き、両手で口元を押さえる。
その声はわざとらしく響き渡り、周囲にいた使用人たちの耳にもしっかり届いていた。
「奥様がなくされた指輪が……本当に倉庫にあったんですね」
「なら、やっぱり奥様が勘違いされていたのかしら……」
ひそひそとした囁きが広がる。
セリーヌは唇を噛みしめ、何も言えなかった。
リュシアンヌはすかさずセリーヌに歩み寄り、芝居がかった仕草でセリーヌの手を包んだ。
「奥様、見つかってよかったですね」
その顔には、いやらしい笑みが浮かんでいた。
翌日、レオンハルトはクラウスに呼ばれ、応接室へ向かった。
そこには既に、セリーヌもいた。
「……どういうことだ」
彼の前には、指輪と帳簿が置かれてる。
クラウスが淡々と説明した。
「リュシアンヌが指輪を倉庫に隠していたことを目撃しました。また、侍女長による帳簿の改ざんも確認されました」
「それは、本当か?」
セリーヌは頷き、毅然とした声で言った。
「公爵様、お願いがございます。どうか使用人全員を広間に集めてくださいませ」
レオンハルトの瞳に、一瞬の驚きが走る。だが彼は何も言わず、執事に指示を出した。
いよいよ、すべてを明らかにする時が来たのだ。
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