【32話】友達の距離


 翌日。

 鷹城さんと俺は、俺の部屋のベッドの縁に隣り合って座っていた。


「急に押しかけちまって悪いな。迷惑じゃなかったか?」

「そんなことないよ。俺たち友達でしょ? 遠慮なんてしなくていいし、これからもどんどん遊びに来てよ」


 昨日さんざん愚痴を吐き出したことでスッキリしたように見えたけど、まだ引きずっている部分もあるのだろう。

 

 感情というのは、そう簡単に割り切れるものではない。

 だから今日も、ここへ来たに違いない。

 

 鷹城さんが愚痴を吐き出せる相手は、この地球上でただ一人。

 事情を知っている俺だけだ。

 

 だったらスッキリするまで、何度でもとことん付き合う。

 だって俺たちは、友達なのだから。

 

 でもまさか、大の苦手だった鷹城さんとこんな関係になれるとは思わなかったな。

 

 感慨深い気持ちになった俺は、一人でうんうんと頷いた。

 

「……マサ。お前って本当優しいよな」


 唐突にそんなことを言ってきた鷹城さんが、まっすぐに見つめてきた。

 頬は紅潮し、瞳はとろんととろけて熱を帯びている。

 

 そこにいる女子は、ヤンキーでも乙女でもない。

 こんな鷹城さんは初めてだ。

 

 端的に言うと、ものすごくエロい。

 

 だってしょうがないじゃないですか。

 ものすごい美人がそんな風にしていたら、誰だってそう思いますよね?

 むしろ思わない方が失礼だと思うんですよ、はい。

 

 って、なに考えてるんだよ俺は!

 

 彼女は大事な友達だ。

 友達相手にそんなことを思うのは、絶対に間違っている。


 もしこれがバレたらドン引きされて、絶交されてしまうかもしれない。

 せっかく友達になれたっていうのに、そんなのは嫌だ。


 脳内を支配するよからぬ煩悩を追い出そうと、俺は全力で首を横に振った。

 

「そ、そうだ! 漫画見るでしょ!」


 空気を変えるために、俺は行動を起こした。

 ともかく今はなんでもいいから、変化が欲しかったのだ。

 

「取ってくる――おわっ!?」


 立ち上がろうとした俺の腕を、鷹城さんが両手でギュッと握ってきた。

 

 突然の行動に、俺はただ愕然とすることしかできない。

 

「マサはさ、私のことをどう思ってる?」

「ど、どうって……エロい――いや、友達! 大切な友達だと思っているよ、もちろん!」


 動揺するあまり、つい思っていることをそのまま口に出しそうになってしまった。

 あぶないあぶない。ギリギリセーフだ。

 

 俺の答えに思うところがあったのか、鷹城さんは顔を伏せた。

 でもそうしたかと思えば、すぐに顔を上げたてきた。

 

「もし……さ」


 鷹城さんは身を乗り出すと、グイっと顔を近づけてきた。

 二人の距離は、息遣いが聞こえるほどに近くなる。

 

 俺の心臓の音が、一気に跳ね上がった。

 燃えるように頬が熱くなる。どうにかなってしまいそうだ。

 

 これはもう、友達の距離じゃない。

 きっとそう、恋人の距離だ。


 こんなの間違っている。今すぐ離れるべきだ。

 

 頭では十分に分かっている。

 けれども、魔法をかけられたかのように体が動かない。

 鷹城さんがまっすぐに向けてくる緑色の二つの瞳が、それをよしとしなかった。


「もしもの話だけど、友達より一歩進んだ関係に――」


 言葉の途中で、バタン。

 ドアが開く音が聞こえた。

 

「夏凛ちゃん……? え、なんで……」

「いったいこれはどういうことかしら? ちゃんと納得いく説明をしてくれるんでしょうね、正樹?」

 

 部屋に入ってきたのは、雨宮さんと陽菜。

 ベッドの上で至近距離で見つめ合う俺と鷹城さんへ向けるその表情は、ありったけの驚愕で満ちていた。

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