第20話 世界の結末
敦は、ガランとした誰もいない映画館の席に一人で座っていた。
正面の大きなスクリーンには、古い映写機で投影されたような白黒映画が流れていた。
その白黒映画は、ある世界の歴史を
その世界には、一つの大陸と、小さな島々が点在していた。
大陸では、様々な種族が種族ごとに集落を作って日々を暮らしていた。
集落は離合集散を繰り返し、徐々に複数の大きな勢力が現れ始めた。
そんなある日、大陸の中央を南北に貫く山脈の少し東にあった大きな勢力が、一瞬で消えてしまった。そこに住む多くの生き物、様々な構造物は
「あれは、私が初めて天央山から連れ出された時だね。悲しかった」
突然、男性とも女性とも思える、温もりのある声が聞こえた。
敦が声の聞こえた方を見ると、いつのまにか誰かが席に座っていた。
その誰かは、人間の姿をした影のような存在で、顔立ちはよく見えなかった。
敦は、何故かその人影が「ナクァツァーシ」だと分かった。ただ、それがどういう存在だったのかは思い出せなかった。
「ついに二つの国が生まれたね」
ナクァツァーシがスクリーンを指差した。
大陸には、二つの大きな国が誕生した。
一つは、純血主義で、得意な魔法を武器に領土を広げていったエルフの国。
もう一つは、強大なエルフの国に対抗すべく、鬼神族を中心に様々な種族が集まった魔王の国。
二つの国は激しい戦いを繰り広げた。
「ほら、あの二人が戦ってるよ」
ナクァツァーシが言った。スクリーンでは、金棒を持ったオークの若者と、長槍を持った鬼神族の若者が、互いに助け合いながら奮戦していた。
敦は、奮戦する二人を見て懐かしく感じた。敦がとても良く知っている二人の若い頃の姿なのだと分かったが、頭がぼんやりして、それが誰なのかは思い出せなかった。
二つの国の争いは続いたが、大陸中央の山脈を境に拮抗するようになってきた。
そんなある日、大陸の西方にある魔王の国の首都、魔王城を、エルフの決死隊が急襲した。
「私が天央山から連れ出された二回目だね」
ナクァツァーシが言った。敦は、一回目と同様、多くの生き物や町が消えてしまうのかと悲しくなったが、そうはならなかった。破滅的な凄まじいエネルギーは、一人の少年と一羽の小鳥の中に吸い込まれていった。
そして、少年は、城の地下深くに閉じ込められてしまった。
ああ、あの少年は自分か。敦はぼんやりと思い出した。何故か他人事のように思えた。
少年は裸同然の格好で城の地下深くから運び出された。窓のない頑丈な箱形の荷馬車のような荷車に閉じ込められた。
箱形の荷車は、多数の兵士に警護され、大きなダチョウのような生き物に引かれて移動を始めた。
移動途中、箱形の荷車は、何度かエルフの部隊に襲われたが、いずれも護衛の兵により守られた。
そして、箱形の荷車は、中央山脈の西側にある要塞で魔王の国の大軍と合流し、中央山脈の峠を東へ向かった。
「あ、仲間が君を助けに来たよ」
ナクァツァーシが言った。中央山脈の峠道、金棒を持った老オークと、長槍を持った老鬼神が、箱形の荷車を襲った。その二人を、鬼神族の若者とエルフの女性が援護した。
しかし、多勢に無勢。老オークと老鬼神は奮闘したが、箱形の荷車を目前にして、多数の兵士に囲まれてしまった。二人は、無数の矢傷、槍傷を受け、血まみれになりながら一歩でも荷車へ近づこうとしたが、ついに倒れ、動かなくなった。
エルフの女性は、矢傷を受けて倒れた。鬼神族の若者は、女性を背負って逃げようとした。
エルフの女性は鬼神族の若者に自分を置いていくよう言ったが、鬼神族の若者は頑として受け入れなかった。やがて二人は兵士に囲まれ、槍で突かれた。
二人は倒れ、最後の力を振り絞ってお互いに手を取り、見つめ合ったかと思うと、動かなくなった。
敦は、両目から大粒の涙が零れていることに気づいた。何故か分からなかったが、心が張り裂けそうだった。
その後、箱形の荷車を連れた魔王の国の大軍は、山脈を越えた。山脈の東側に広がる荒野の手前、峠道の出口で、魔王の国の大軍は、エルフの国の大軍と対峙した。
開戦直前、箱形の荷車から少年が引きずり出された。多数の魔法使いが周りに控える中、亀に似たモンスターが、少年の胸に手を当てて呪文を唱えた。
その直後、世界は真っ白になった。
† † †
「これが、この世界の結末さ。中央大陸どころか、この世界の全てが消し飛ぶ……」
「君の魂は、この世界に残された魔力を使って修復し、元の世界に返してあげよう」
ナクァツァーシは、真っ白になったスクリーンにはっきりとしない顔を向けながら、悲しそうな声で言った。
敦は涙を袖で拭きながら聞いた。
「もう、どうしようもないのですか?」
「君次第だね」
ナクァツァーシが優しく言った。
「とはいえ、君は偶然この世界に迷い込んだ異世界の住人だ。この世界に何ら責任を負っていない。無理に辛い思いはしなくてもいいんだよ」
異世界という単語を聞いて、敦の脳裏に断片的な思い出が浮かび上がった。
窓の外に浮かぶ二つの月を見て泣いた。初めて暖炉で火を
チュン子を肩に乗せてブーヴと一緒にピクニックへ行った。ブーヴが命懸けで盗賊から自分を守ろうとしてくれた。猛武童子と紅炎童子が自分を介抱してくれた……
チュン子? ブーヴ? 猛武童子に紅炎童子?
……ああ、そうだ。そうだった。どうして今まで忘れていたんだろう。
敦は、大声で泣きたいのを必死に
「僕はこのまま元の世界に帰りたくありません。この世界を終わらせたくない。ブーヴさんや皆を助けたい!!」
「そうか……ありがとう、本当にありがとう。お礼と言っては何だけど、私の魔力を自由に使えるようにしておくよ」
「さあ、目覚めの時間だ」
ナクァツァーシが嬉しそうな声で言った。ぼんやりしていた敦の意識が、徐々にはっきりしてきた。
敦は目を覚ました。
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