第18話 狩猟小屋①

 椅子を持ったまま肩にチュン子を乗せたブーヴは、先日賊に襲われた雑木林の中の道に立っていた。周りを見ると、老鬼神と紅炎童子、そしてエゼルスィギルがそれぞれ道に立っていた。


「これが空間転移魔法か……」


 紅炎童子が感心した様子でつぶやいた。エゼルスィギルが笑顔で答えた。


「急で人数も多かったので、近場で私が来たことのある場所に転移しました……奴ら、追ってくるかもしれません。どこか安全な場所はないでしょうか?」


 エゼルスィギルが緩やかな下り坂を眺めながら言うと、少し考えた老鬼神が口を開いた。


「私が趣味で使ってる狩猟小屋がある。一度私の自宅に寄ってからそこへ行こう」


 一同は、急ぎ老鬼神の館へ向かった。到着するや否や、老鬼神は、老鬼神の長男夫婦、すなわち紅炎童子の両親に、老鬼神達がブーヴの家で謎の集団に襲われたことを手短に説明し、念のため官憲に通報して館を警備してもらうよう伝えた。


 老鬼神達は、館に置いていた武器をそれぞれ手に取ると、館から少し離れた山にある狩猟小屋へ向かった。護身用の武器をエゼルスィギルにも渡そうとしたが、エゼルスィギルは固辞した。


「父上や母上は大丈夫でしょうか?」


 月夜の山道を狩猟小屋へ向かいながら、剣を持った紅炎童子が心配そうに老鬼神に聞いた。


「万が一何かあったとしても、あの二人は強い。使用人も腕が立つ。大丈夫だ」


 長槍を持った老鬼神が優しく言った。


「俺の家、あれ以上荒らされていなければいいんだがな……」


 金棒を持ったブーヴがタメ息交じりに呟くと、手ぶらのエゼルスィギルが申し訳そうに謝った。


「……すみません。私が追われる身であるばかりに」


「え? あいつら、お前を追ってたのか。同じエルフだろ? 一体どうして……」


 ブーヴが驚いて聞いた。エゼルスィギルが苦笑しながら答えた。


「ちょっと色々とありまして……後でご説明します」


 ほどなくして、一行は狩猟小屋に到着した。



 † † †



 狩猟小屋は、綺麗に掃除されたワンフロアの小屋で、ブーヴ達4人が入っても余裕のある広さだった。


 中央には4人掛けのテーブルがあり、壁際にストーブが据え付けられていて、小さなキッチンとベッドが一つ置かれていた。


 老鬼神がストーブに薪をべて、紅炎童子が外の井戸から汲んできた水を入れた湯沸かしをストーブの上に置いた。


 お湯が沸き、紅炎童子がコップを用意しようとすると、それをエゼルスィギルが手伝った。


 紅炎童子とエゼルスィギルが白湯を入れた人数分のコップをテーブルに置いた。その間に、ブーヴがチュン子用に水を入れた小皿をテーブルに用意した。


「ふう、それで、一体これはどういうことなんだ?」


 テーブルの席に着き、白湯を一口飲んだ老鬼神が、向かいに座るエゼルスィギルに聞いた。


 エゼルスィギルが同じく白湯を一口飲んだ後、おもむろに話し始めた。


「1年ほど前、私は、ある石碑を天央山で発見し、そこに記されていた内容から、ナクァツァーシの召喚術を開発しました」


「ナクァツァーシは、中央大陸の中央山脈の中央、まさにこの世界の中心にそびえる天央山に棲む魔獣で、膨大な魔力が徐々に集まって意思を持ったものです」


「ナクァツァーシは、天央山を離れると暴走し、周囲の魔力を吸って巨大化した後、爆発します。私は、魔王城でナクァツァーシを召喚して爆発させる決死隊の一人として作戦に参加しました。あの召喚術を使いこなせるのは、私だけでしたから……」


 エゼルスィギルの「決死隊」という言葉を聞いて、紅炎童子が複雑な表情になった。


 エゼルスィギルは、白湯の入ったコップで両手を温めながら話を続けた。


「ですが、作戦は失敗しました。ナクァツァーシを召喚した際、偶然、異世界のナカアツさんが召喚に巻き込まれてしまったのです」


「ナカアツさんは、魔力のない世界の住人だったようで、その魂は魔力的には真空状態。ナクァツァーシの魔力を吸い込んでしまったのです……近隣のアジトに撤退した私達は、ナカアツさんの身柄を確保し、その膨大な魔力を我が国に持ち帰って利用することを考えました」


「それで、賊を雇って俺とナカアツを襲わせたのか?」


 エゼルスィギルの左手側に座ったブーヴが聞いた。エゼルスィギルがうなずいた。


「ええ。この国に潜伏している工作員と連絡を取り、盗賊にナカアツさんの誘拐を依頼しました。ちなみに、あの時ナカアツさんを羽交い締めにしていたのは私です。盗賊達には穏便にって念押ししていたのに、あんな無茶をして慌てましたよ」


 エゼルスィギルが笑顔で言った。ブーヴが何か言う前に、エゼルスィギルが話を続けた。


「私は、あの時に魔法でナカアツさんの体を色々とチェックしました。何故ナクァツァーシの膨大な魔力を一個人の魂が吸い込めたのか気になっていたからです」


「それで分かったのですが、どうやらナカアツさんは魂だけが異世界から召喚されたようで、ナカアツさんの今の体は、魔力が物質化したものでした」


「魔力が物質化? そんなことあり得るのか?」


 魔法に詳しい老鬼神が驚いた顔で聞いた。エゼルスィギルが笑った。


「普通はあり得ません。ナカアツさんの魂に宿ったナクァツァーシの魔力が暴走し、周辺の魔力を引き寄せ続けた結果、想像を絶する密度になり、ナカアツさんの魂の記憶の影響を受けながら物質化したようです」


「あの体が物質化した魔力だと気付けるのは私くらいでしょう。他の皆はナカアツさんの魂の内側にしか目が行っていないでしょうから」


 エゼルスィギルが少し得意気に言うと、コップの白湯を一口飲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る