第12話 決意

 ブーヴは、書庫から警備隊の詰所へ戻ると一気に仕事を片付けた。


 夕方、今日の仕事が一区切りついたブーヴは、老鬼神に後で食事がてら相談したい旨を伝えた後、帰り支度をして敦のいるゲストルームへ向かった。


 敦は相変わらず軟禁状態で、暇なせいか眠たげな顔をしていた。


「早くブーヴさんの家に帰りたいな」


 敦が少し悲しそうな顔で言った。


 ブーヴは敦を慰め、しばらく雑談してから魔王城を退庁し、ブーヴの長女夫婦が営んでいる料理店へ向かった。


「あら、お父さん。思ったより早かったじゃない。奥の部屋よ」


 繁盛する店内。忙しそうに料理を運ぶ長女がブーヴに笑顔で伝えた。


 ブーヴは店の奥の個室へ向かった。個室では老鬼神と孫の紅炎童子がテーブルに並んで座って待っていた。


「すまない、待たせたな」


「いや、我々もさっき来たばかりだ」


 ブーヴが老鬼神の向かいに座りながら詫びると、老鬼神が笑顔で言った。それから少しして、ブーヴの長女が酒と料理を運んできた。ブーヴ達は食事を始めた。


「ブーヴに対する所長の反応を踏まえると、やはりナクァツァーシはナカアツ殿の魂の中にいると考えて間違いなさそうだな」


 ブーヴから書庫での所長とのやりとりを聞いて、老鬼神が言った。


「ああ。エルフもそれを知っていてナカアツをさらおうとしたんだろう」


 ブーヴはそう言うと、穀物酒を一口飲んだ。


 紅炎童子がサラダを食べながらブーヴと老鬼神に聞いた。


「エルフはナカアツ殿を誘拐してどうするつもりだったんでしょう?」


「あいつらは、ナクァツァーシを召喚できる高度な魔法技術を持っている。ナカアツからナクァツァーシを分離する技術もあるんじゃないか?」


 ブーヴが言うと、老鬼神がそれに続いた。


「所長の『ナクァツァーシは魔力そのもの』という言葉が本当だとすると、ナカアツ殿からナクァツァーシの魔力を奪い取ろうと考えているのかもしれん」


「奪う? 例の禁忌の魔法か?」


「ああ」


 ブーヴの問いに、老鬼神がうなずいた。禁忌の魔法で魔力が奪い取られた者は、魂が破壊されてしまう……すなわち、死だ。敦がエルフに拐われることは何がなんでも避けなければ……


「その禁忌の魔法というのは、エルフしか使えないのですか?」


 紅炎童子が肉料理を食べながら、ふと気づいたように言った。


 果実酒のグラスをテーブルに置いた老鬼神が腕組みをして少し考えてから言った。


「我が国でこの禁忌の魔法が使用されたという話は聞いたことはないが、出来ないことはないだろう」


「そうであれば、ナカアツ殿は、この国でも安心出来ないのではないでしょうか?」


 紅炎童子が食具を皿に置くと、真面目な顔で言った。


「どういうことだ?」


 老鬼神が聞いた。紅炎童子が柑橘系のジュースで割った果実酒を一口飲むと、小声で説明し始めた。


「参謀本部の親友にコッソリ教えてもらったのですが、どうやら動員令が明日にも出されるようなのです」


「その規模は過去最大。ほぼ全軍が長期の遠征を行う準備が急ピッチで進められているようです。報復侵攻というレベルではなく、まるでエルフとの最後の決戦に挑むかのようです……」


「……こう考えることは出来ないでしょうか?」


 紅炎童子が厳しい表情で言った。


「我が国の上層部は、ナカアツ殿の中に眠る膨大な魔力を兵器として使い、エルフの国との戦争に決着をつけようとしている……」


 個室の中の空気が、少し冷えたような気がした。ブーヴは、穀物酒を一口飲むと、静かに言った。


「エルフとの争いに決着がつくのはいいことかもしれんが、そのために、たまたま異世界から召喚された少年を犠牲にして良いのか。俺にはそれが正しいとは思えん」


 ブーヴは、敦の笑顔を思い出した。あの子を死なせたくない。無事に元いた世界に返してやりたい。


「それに、あのナクァツァーシの魔力。果たして制御できるのか……」


 ブーヴは、牢の狼男の話を思い出した。ナクァツァーシの魔力が敦から取り出された後、その力が暴走すれば、狼男達を襲った悲劇よりも更に酷い光景がこの大陸全土に及ぶのではないか。


 ブーヴは真剣な顔で老鬼神と紅炎童子に言った。


「仮に紅炎童子の話が事実だとすると、ナカアツの身に危険が迫っている……俺は何とかしてナカアツを助けたい」


 老鬼神が笑顔で言った。


「同感だ。少年の命を犠牲にして得る勝利なぞ、誇れたものではないしな」


「ナカアツ殿は私の命の恩人です……私も微力ながらお手伝いさせてください」


 紅炎童子が真面目な顔で言った。


「……すまない、ありがとう」


 ブーヴは老鬼神と紅炎童子にお礼を言うと、穀物酒のグラスを掲げた。二人がそれに合わせてそれぞれグラスを掲げた。


「ナカアツの無事に」


 ブーヴがそう言うと、三人はお互いの顔を見て頷き、乾杯した。

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