第10話 情報収集

 ブーヴは警備隊の詰所に入り、簡単な事務作業を済ませると、牢へ向かった。


 牢にはブーヴ達を襲った賊が収監されていた。警備が厳しくなっていたが、元々ブーヴは牢の管理担当ということもあり、あっさりと入ることができた。


 不思議なことに、牢に収監された賊の多くは、何かをブツブツつぶやいたり、突然叫び出したり、尋常ではない状況で、とても話を聞ける状況ではなかった。


 ブーヴは、牢で静かに三角座りをしている狼男を見つけ、声を掛けた。


「おい、俺のことを覚えているか?」


 ブーヴの声を聞き、狼男が顔を上げた。一瞬怯えた顔をしたが、ブーヴに気付き、ホッとした様子で答えた。


「何だ、あんたか……」


「俺が気を失っている間に一体何があったんだ? 何故、俺は助かり、お前達は倒れていたんだ?」


 取調官等が来ると面倒なので、ブーヴは単刀直入に聞いた。狼男が悔しそうに話し始めた。


「あのガキにやられたんだよ。くそっ、金に目がくらんで、とんでもないものに手を出しちまった……」


「どういうことだ?」


 ブーヴが聞くと、狼男がガタガタと震え始めた。


「あのガキはバケモノだ。知らない言葉で何か叫んだ後、突然光り出したかと思ったら、お前の傷をあっという間に治し、俺達をグチャグチャにしやがった」


「グチャグチャ?」


「そう、文字どおりグチャグチャ。俺達の体を潰し、ミンチにしやがった! グチャグチャにしては再生して、またグチャグチャにする……仲間のほとんどは苦痛と恐怖で気が変になっちまった!」


 狼男が立ち上がり、鉄格子を両手で掴んで叫んだ。


「一体何なんだよ、は?! 俺は多少魔法をかじっているから分かる。は膨大な魔力を持ったバケモノだ。無詠唱でとんでもない威力の魔法を使い、俺達の体を破壊し、再生させやがった。何度も何度も……」


 突然、狼男が鉄格子に頭を激しく打ち付けた。狼男のひたいから血が流れる。


「ふへ……ふひひ。いてえ……だが、こんなもんじゃねえ。グチャグチャになって生き返ってまたグチャグチャだ。何度も何度も何度も何度も……嫌だ! やめろー!!」


「お、おい、落ち着け!」


 ブーヴは急いで医師を呼びに行った。幸い、狼男は魔法による処置で落ち着きを取り戻したが、医師によると、狼男を含めた賊の多くは、精神的に安定するまでしばらく療養が必要ということだった。



 † † †



 警備隊の詰所に戻ったブーヴは、他の隊員が出払ったのを見計らって、詰所にいた老鬼神に牢で見聞きしたことを話した。


「膨大な魔力を持ったバケモノか……」


 老鬼神が腕組みをして言った。ブーヴがうなずく。


「ああ。ナカアツがいた世界には魔法や魔力はないということだった。それがどうして……」


 老鬼神が少し考えてから、周りを見渡して誰もいないことを確認すると、小声でブーヴに言った。


「エルフは魔獣を召喚しようとして失敗したんだよな?」


「ああ、ナクァツァーシという伝説の魔獣を召喚しようとして失敗し、本名が似ていたナカアツが召喚された」


「本当に失敗だったのか?」


「そりゃ、ナクァツァーシが現れてないんだから失敗……お、おい、もしかして……」


 絶句するブーヴに、老鬼神がさらに小声で言った。


「そうだ。もしかすると、ナクァツァーシの召喚はしていたんじゃないか? たまたま同時に召喚されたナカアツ殿の魂の中に、ナクァツァーシが入り込んでしまったんじゃないか?」


「ま、まさか……」


「あくまで可能性だ。だが、そうであれば、魔力のないナカアツ殿が『膨大な魔力』を持った理由がつく」


「……すまん、ちょっと席を外す!」


 ブーヴは詰所を飛び出し、敦のいるゲストルームへ向かった。


「あ、ブーヴさん! 休憩時間ですか?」


 部屋でベッドに腰掛け、チュン子を撫でながら本を読んでいた敦が、顔を上げて笑顔でブーヴに言った。


 ブーヴは、ベッドへ急ぎ足で向かうと、敦の脈を測ったり、熱がないか確認したりした。


 敦に上の服を脱いでもらって、胸や背中を見てみたが、特に何も気になるものはなかった。


「ど、どうしたんですか?」


 敦が上の服を着ながら不思議そうな顔で言った。ブーヴが苦笑しながら答えた。


「ああ、すまん。急に心配になってな。ナカアツは具合は大丈夫か? いつもと違うところはないか?」


「ええ、外出できないんで、暇で暇で仕方ないですが、元気いっぱいです」


 敦が笑いながら言った。ブーヴはホッと胸をなで下ろした。


 ブーヴは、賊に襲われた時のことを改めて敦に聞いてみた。


「ブーヴさんが剣で刺されたのを見て叫んだところまでは覚えているのですが……気づいたときには、猛武童子さんでしたっけ? あの鬼神のおじいさんの家のベッドでした」


 やはり敦は何も覚えていないようだった。


 ブーヴは、少し敦と雑談した後、部屋を出て、図書室へ向かった。

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