第8話 暗雲

「雑木林の方から目映まばゆい光が見えたので何事かと見に行ってみたら……本当に驚いたよ」


 昨晩と同じ広いダイニングで少し遅めの朝食を取りながら、老鬼神が苦笑して言った。


 中華粥のような料理を食べながら、老鬼神が昨晩の状況を教えてくれた。


 老鬼神と紅炎童子が駆けつけたところ、道端に倒れ込んでいるブーヴと敦、そして、散乱する武器とあちこちに倒れている獣人達を発見したそうだ。


 なぜか敦は全裸でうつ伏せに倒れていて、その横でチュン子が心配そうに鳴いていたらしい。


 老鬼神と紅炎童子は、ブーヴと敦を自宅に担ぎ込み医者を呼ぶとともに、官憲に連絡して倒れたままの獣人達の身柄を拘束してもらったということだった。


「ブーヴさんに命の別状がなくて本当に良かったです」


 敦が柑橘系のジュースを一口飲んだ後、心の底からそう言った。今は紅炎童子に借りた昔の中国の道士のような服を着ている。


 ブーヴは、右腕を骨折していたが、腹部を剣で刺された痕跡はなく、軽い打撲程度だった。


 体の大きいブーヴは、借りて着られる服がなかったため、取りあえず下着の上に老鬼神から借りた道士のような服の上着を羽織っている状況だ。何となく、引き締まった力士のように見える。


「あの時は、俺も『マズい、刺された』と思ったが、この筋肉と脂肪が守ってくれたようだな」


 ブーヴが添え木をつけた右腕でお腹をさすりながら笑って言った。


「ははは、流石ブーヴだな。それにしても、どうしてナカアツ殿は裸だったんだろうな?」


 ひとしきり笑った後、老鬼神が不思議そうに言った。敦は首をひねりながら答えた。


「僕も分からなくて……羽交い締めにされて殴られたところまでは覚えているのですが。その後に服を剥ぎ取られたのでしょうか……」


「ナカアツ殿が何故狙われたのか。それに賊の一味が何故気絶していたのか、あの光が関係しているのか……謎だらけですね」


 紅炎童子が腕組みをしながらつぶやいた。老鬼神がうなずく。


「犯人の目的が分かるまでは気をつけた方がよさそうだな。何はともあれ、二人とも無事で良かった」


 ブーヴと敦が頷き、それぞれ老鬼神と紅炎童子にお礼を言った。


 その日、敦とブーヴは、念のため老鬼神の家に泊まることになった。ブーヴの娘夫婦達がお見舞いに来たり、官憲の事情聴取を受けたり、バタバタの一日だった。



 † † †



 翌日、肩にチュン子を乗せた敦とブーヴは、魔王城から派遣された兵士に護衛され、魔王城へ向かうことになった。


 ブーヴは一度自宅に寄りたがっていたが、兵士にやんわりと断られてしまった。


 魔王城に到着すると、敦とブーヴは会議室に案内された。


 チュン子は、会議室に入る前にどこかへ飛んで行ってしまった。魔法使いの執務室もそうだったが、何か好き嫌いがあるのだろうか。単なる気まぐれかもしれないが。


 会議室では、魔法省の所長とブルドッグに似た獣人の憲兵分隊長が長机の向こう側に座って待っていた。


 ブーヴと敦は、所長に促され、所長達に向かい合う形で席に着いた。


「今回は大変じゃったのう。無事でなによりじゃ」


 開口一番、所長が敦にそう言うと、机越しに敦の胸の辺りに手をかざし、何やら呪文を唱えた。


 しばらくすると、所長は少し驚いた顔をしたが、何も言わなかった。


 所長は、敦にかざした手を下ろすと、ブーヴと敦に言った。


「お主達を襲った賊は、どうやらエルフどもの差し金のようじゃ」


「エルフ?!」


 ブーヴと敦が同時に声を上げた。憲兵分隊長が補足する。


「捕らえた賊を取り調べたところ、ある男から、ナカアツ殿を生きて連れてくれば大金をやると言われたということだった」


「そこで、賊から聞き出した待ち合わせ場所に急行したところ、以前からエルフの国のスパイとして行方を追っていた男がいた。残念ながら逃がしてしまったが、エルフがらみであることは間違いない」


「でも、どうしてエルフが僕を?」


 敦が聞くと、憲兵分隊長が何か話そうとしたが、所長がそれを制して話し始めた。


「それは現在調査中じゃが、いずれにせよ、お主がエルフに狙われているのは間違いない」


「そ、そんな……」


 困惑する敦を見て、所長が優しく言った。


「心配じゃろうが、安心しなさい。我々が全力で守る。それに、お主が元の世界に戻る方法が分かったしな」


「ほ、本当ですか?!」


 驚く敦に、所長が笑顔で話を続けた。


「ああ、中央山脈に異世界と繋がりやすい場所があるようでな。丁度、我が国の部隊がそっちへ向かう予定があるので、お主を連れていってもらうことにする」


「そこでお主を元の世界へ転移させてやる予定じゃ」


「あ、ありがとうございます!」


 あまりの嬉しさに、敦は目に涙を浮かべて所長に何度もお礼を言った。


 ブーヴは、異世界に繋がりやすい場所があるなど聞いたことがなかったが、喜ぶ敦を見て、何も言わなかった。

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