或る古本屋の話

錦木

来店

 梅雨時に傘を持ってこないなんて本当に間違いだった。

 天気予報を確認していなかったことを恨めしく思う。

 屋根を探して目についた店の軒下にたまらず駆けこんだ。

 古民家というのだろうか。

 和風の一軒家。

 店だとかろうじて分かるのは玄関の木札に何か店名だと思わしきものが書いてあるからだ。

 掠れていて読めない。


「こんなところに店あったっけ……?」


 このあたりはよく通るのに覚えがない。

 少し図々しいがしばらく雨宿りさせてもらえないかな、と思った。

 引き戸を開く。

 木枠にガラスが嵌まった戸は古めかしいけれどガタつくこともなく案外抵抗なく開いた。



「こんにちは」


 まるでこちらが入るのを見越していたように奥から女の人が出てきた。

 なんというか、ものすごい美人だった。

 腰まである白髪に薄い色素の瞳、肌は髪と同じく透き通るような白。

 髪に半月のようなべっこう色の髪飾りを着け、浅葱色の着物をまとっている。

 現実離れした、お伽話に出てくるお姫様のような人だった。


「あの……。どうかなさいました?」

「いえいえ!なんでもありません」


 まさかあなたが綺麗すぎて見とれていましたなんて言うわけにもいかない。


「それはよかったです」


 女の人は優雅な仕草でお辞儀した。


「申し遅れました。私はここ、雨月堂の店主の月子つきこといいます」


 私は返事に自分も名乗った。


「ところで、学生さんですか?」

「はい。……あの」


 もじもじしながら言った。


「そんなにお金持っていないので何も買えないんですけど……。少し雨宿りさせてもらえませんか」

「ええ、もちろん」


 今気づいたが、まわりは所狭しと棚が並んでいて隙間がないほど本が詰まっていた。


「本屋さんですか?」

「ええ。古書を商っています」


 へえ、と言う。

 本は別に好きでも嫌いでもないが何だか目が吸い寄せられる。

 くるりと月子は後ろを向いた。


「いま、お茶を持ってきますね」


 着物の帯は少し垂れていてまるで金魚の尾みたいだなと思った。

 おかまいなく、と言おうとしたがその柔らかな声は耳に心地よかった。

 お言葉に甘えようかな、と思う。

 本棚を物色しているこちらを見て月子は微笑んだ。


「よかったら、手に取って覗いていってください」


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