第15話 一國志・陳宮公台伝:和の天下統一史と贖罪の道
■■■■ NOTICE ■■■■
※この話は「ウェブ小説霊安室」に保管された供養断片です。
本編化の予定はありません。
もし「まだ生きてる!」と思う方は――
「ささやき、えいしょう、いのり、ねんじろ」
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【第一話:戦場の目覚めと、己の宿命】
鉄の臭いがした。
錆びた血と土と、乾いた汗が混じり合った、鈍く重い臭い。
それは、かつて稽古中に鼻を掠めた血豆の臭いとも、雨上がりの道場の湿った木の臭いとも違っていた。
何かがおかしい。
視界が揺れる。全身を襲う激しい痛みと、肺を押し潰されるような息苦しさ。
私は、確か、信号を渡ろうとした子どもを庇い、トラックの強烈な光に包まれたはずだ。
意識が途切れ、次に覚醒したのがこの場所。
目の前に広がるのは、見渡す限りの赤と黒の世界。
血と泥にまみれた死体の山。
肉を断つ鈍い音、悲鳴、そして遠くで響く男たちの雄叫び。
「…ここは…」
かすれた声が漏れた。
ゆっくりと体を起こそうとする。全身の節々が軋み、指先一本動かすのにも激痛が走る。
そして、その時、私は違和感に気づいた。
私の体は、いつもの、訓練で鍛え上げられた女性の体だった。
だが、着ているのは、粗末な麻布の服。
そして、何より、私の耳に、脳裏に、全く知らないはずの「音」が流れ込んでくる。
それは、まるで巨大な図書館の書架を、高速でめくるような音だった。
文字、文字、文字…
私の脳は、聞いたこともない人物の名前、戦の勝敗、事件の経緯を、勝手に、しかし恐ろしいほど鮮明に再生し始めた。
『陳宮、字は公台。東郡の士人。後に曹操に仕えるも、裏切り、呂布の軍師となる』
『呂布、字は奉先。並ぶ者なき武勇を誇るが、人中にあっては気まぐれに過ぎ、常に信頼を失い、孤独を深めていく』
『…そして、下邳の戦いで、呂布は曹操に敗れる。陳宮は呂布と共に縛られ、処刑される…』
「やめろ…!」
私は、頭を抱え、叫んだ。
この情報は、私がかつて趣味で読み漁った三国志の知識だ。
だが、その知識は今、私自身の人生の『予告編』として、頭の中で再生されていた。
そして、その予告編のラストは、私が呂布に裏切られ、処刑される、というあまりにも残酷な結末。
私は、なぜか、この時代の、陳宮という男に、いや、陳宮という運命に、転生してしまっていたのだ。
「…こんな、バカな…」
体の震えが止まらない。
合気道の稽古で培った「どんな状況も受け入れ、心を整える」という精神が、この理不尽な事実に全く追いつかない。
血と泥と死体が転がる地獄で、私は、自身の命の終わりを、既に知ってしまっていた。
その時、背後から、男の荒々しい声が聞こえた。
「おい、まだ息があるぞ!こいつは女だ!売り飛ばすか?」
男の不浄な気配が、私を包み込もうとする。
私は、とっさに体を転がし、男の腕を合気道でいなした。
その一瞬の動きで、男はバランスを崩し、無様に地面に倒れ込んだ。
私が、現代で培った「護身」の技術が、この地獄でも通用することを知る。
「…そうか。合気道は、私を、守ってくれる」
そう思った瞬間、脳裏に再び、別の映像が再生された。
それは、私が庇った子どもが、安らかな笑顔を浮かべている映像だ。
そして、その笑顔は、目の前で、親の亡骸にすがりついて泣く子どもの姿に重なった。
その子の目は、希望を失い、ただ悲しみに満ちていた。
『…このままでは、この子も、いつかこの地獄に飲み込まれる』
私は、知っている。
この後も、何十年と続く、戦乱の地獄を。
そして、私自身の、絶望的な末路も。
私は、再び、心の中で自分に問いかけた。
「私は、ただ私の命を守るだけで、良いのか?」
「私自身の運命を変えるだけで、良いのか?」
私の合気道の師範は、かつて言った。
「合気道は、自分を守るための術。そして、その究極の形は、他者をも守ることだ」
私は、この地獄を変えるための、唯一無二の「未来の知識」を持っている。
そして、私自身が「元の歴史」では、呂布に利用され、見捨てられ、処刑されることを知っている。
私は、立ち上がった。
体は痛みに悲鳴を上げている。
だが、心は、合気道の呼吸法で、ゆっくりと、しかし確固たる意志を宿し始めていた。
「いや、違う。この悲劇を、この運命を、黙って見過ごすわけにはいかない」
「私が…この地獄を変える。そして、私自身の末路も、変えてみせる」
私は、二度と子どもに、あの絶望的な涙を流させないために。
そして、何よりも、私自身の『宿命』から逃れるために。
「…私は、陳宮公台。呂布様を、和の道へ導く者だ」
そう決意を固めた私の耳に、遠くから、荒々しい蹄の音が響いてきた。
【診断結果】
身を守るための合気道が戦術に組み込まれて、よく分からないプロットになったため、心肺停止。
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