5-9 大抵のゲームではデバフは確率だが、バフは必中だ

それから20分ほど経過しただろうか。


「だあ!」

『甘いよ! これならどうだい!?』

「それは食らわない! 身かわしのマントで防ぐ!」


俺たちはルネと一進一退の攻防を繰り広げていた。

奴の魔法は一度でも食らったら死亡する。だが、その瞬間に俺たちは蘇生薬で互いを回復させる。


マルティナを狙った炎魔法は俺が庇って止め、そして俺に向けて放たれた攻撃はマルティナが『身かわしのマント』を使って防ぐ。



『はあ、はあ……楽しいな、本当に!』

「そうか……!」

『どんどん調子が良くなってきてるみたいだよ……魔力が高ぶる! 力が溢れる! こんな感覚は初めてだ!』



教会の上で満月が周囲を照らされる中で戦う……という高揚感もあるのだろう、ルネが嬉しそうに牙を見せてにんまりと笑う。

……どうやら、俺の策略には気づいていない。



『けど……悲しいね……そろそろ終わりになりそうだからね……』

「く……」

『あと何枚残ってるんだい? ……君の身かわしのマントは?』

「…………」



もう身かわしのマントは、俺たちは持っていない。

そのため、次に攻撃が来たら防ぐことは出来ない。そのことを分かっているのか、ルネは余裕を見せた表情をする。


さらに、俺が先ほど使った『幻惑の宝珠』の効果が薄れてきたため、周囲の壁が消え始めた。


『ちょうど幻影が晴れてきたところみたいだね? ……可哀そうだね……』

『フフフ……けど、よく頑張ったわね……褒めてあげるわ……?』


姿を表したルナも、そうくすくすと笑う。



壁の向こうでも、二人は戦っていたのだろう。

だが、明らかにセドナは全身がボロボロになっている。……アイテムの大半をこちらが預かっていたのだから、当然なのだが。



「ご、ごめんよ……もう、動けなそうだ……」

「セドナ、しっかりしろ!」


俺たちはセドナに駆け寄る。

……同時に彼らは再び挟み撃ちをする形になる。先ほどの魔法剣の構えだ。



『さあ、これで終わりだ!』

『吸血鬼に十字に切り裂かれるなんて、なんて不名誉なのかしらね……!』

「セドナ、しっかりしろ! ……くそ……くそおおお!」



俺はセドナに駆け寄りながら、そう叫んだ。

……だが、ここまでは作戦通りだ。後は、あのことにルネが気づかなければこちらの勝ちだ。



『さあ、終わりだ! ……ダーク・グレイアウト!』


同時に、先ほどまでよりもはるかに大きな闇の弾をこちらにはなった。

……よし、計算通りだ。



「マルティナ、頼む!」

「うん!」



そういうと俺たちはセドナが持っていた最後の身かわしのマントを振るう。

何とかこれにより闇の球を弾き飛ばす。



『あら、まだ持ってたのね……? けど、それで打ち止めよね……?』


ルナはそれを見越したように大きく飛び上がる。


『さて、フィナーレだ! 頼むよ、ルナ!』

『任せて! これで終わらせるから!』



そういってルナは彼の魔法を剣に取り込もうと、構えた。

……だが。



『……え? 嘘……! 吸収できない……どうして!?』



ルナが構えた剣に収まりきらない闇の球が、少しずつ彼女を浸食し始める。



『どうしたんだ、ルナ!?』

『ルネの魔力が……抑えられない……! ひ……ああああああ!』

『ルナ!』

『きゃああああああああ!』



凄まじい音とともに、ルナが闇の中に飲まれていく。

……そして、彼女の断末魔となる凄まじい悲鳴はすぐに止んだ。



「うそ……どうして……?」



闇が晴れた後……そこにはルナの変わり果てた姿があった。

因みに蘇生薬は人間のためのもので、魔族には効果がない。

うつろな目をしたルナは、ルネに力なくつぶやく。



『ルネ……ごめ……んね……? 大好き……だったわ……?』

『ルナ……ルナ!』



だが、ルナはそう呟くと煙のように身体がさらさらと崩れ落ちた。



『……どうして……』



そう力なくつぶやくルネ。

俺は不憫に思ったこともあり、答えを教えてやることにした。



「……こいつだよ」


そういって『親子愛のペンダント』を取り出す。



「こいつは、俺の持つ経験値を『誰か』に譲渡できるアイテムだ。この誰かは、別に敵でも構わない」

『え? まさか……』

「そうだ。戦いの中で、俺はお前に経験値を少しずつ『譲渡』していたんだ」

『……うそ……だろ?』


信じられない表情で自分の手にこもった魔力を見たルネ。

明らかに戦闘開始時よりその力が強まっていることに気づいたのだろう、顔色が変わった。


「さっきまで、お前は調子が良い、力があふれるって言ってたろ? あれは調子が上がってたんじゃない。お前が戦闘中に『レベルアップ』してたんだよ」

『そんな……だって僕にはデバフは……あ……!』



そう自分で言って気づいたのだろう。

……彼らの持つアクセサリーは、デバフは無効化するがバフは通してしまうのだ。

まさか、敵に自分の経験値を献上する奴など、制作者が想定するわけがないのだから。



「よかったな。これでお前は、また一つ成長できたってことだ」



村人達を殺された恨みもあったため、そう俺は皮肉を言った。

ルネとルナにレベル差を作ることで、ルネの魔法を吸収できなくさせる。これは、先ほどの作戦会議で決めていたことだ。


ルナのレベルを下げることも考えたが、デバフが効かない以上それは見込めない。

逆に、どのみち装備なしじゃ先手を取れないうえ、彼の攻撃には一撃で倒されてしまう俺たちにとっては、逆にルネのレベルを上げても脅威度はほぼ変わらない。



ルネはこちらを睨みつけ、泣きながら叫ぶ。



『シイル……マルティナ……! 許せない! 僕の手で絶対に殺す!』

「は! なら、かかってきなよ!」



とはいうが、アイテムはもう残り少ない。

ここから先は、頭に血が上った奴が攻撃を連続でかわすことを期待するしかない。

……正直、厳しい戦いだが、それでもやるしかない。



そう思いながら俺たちは杖を構えた。

……だが。



「ルネ……ここまでです」



そう叫ぶ声とともに、一つの影が現れ、彼を拘束魔法で捕らえた。



「誰だ……!」

「ニルバナ! ……来ていたの?」


なるほど、こいつがスパイということか。

あいにく、今は叢雲が月を覆っている。加えて村人たちの操作をやめたためか、松明の炎もすでに消えている。



『離してよ、ニルバナ!』

「ダメです。四天王筆頭である私のいうことを聞いていただきます」



(……ん?)


……四天王の筆頭がスパイだった? そんなことがあり得るのか?

そのニルバナと呼ばれた男は、落ち着いた口調でルネに語りかける。



「ルネ……。どうやら、王国側で大規模な戦争を行うつもりのようです。恐らく我々との決戦を望むのでしょう」

『だから何だ! 僕は、ルナの仇を討つ!』

「四天王たるもの、私怨で戦ってはいけません。……彼らとの決戦はどうせすぐに訪れるでしょう。今は下がりなさい。あなたのほうが今度は、万全の状態で戦うべきです」



彼の発言はある意味では正しい。

どちらにせよ、俺たちは魔王城に向かうのだから、またすぐに再戦する。


また、上がったレベルの分だけルネの※体力の上限も増えているため、今休息を取ることは彼にとってもメリットがある。

そう思ったのか、ルネはこちらをギラリと睨みつけながらも、杖を納めた。


(※この世界では、レベルアップしてもHPやMPは全快しない)


『く……覚えてろ、シイル! 次に会ったときは……絶対殺す! 僕に経験値を差し出したこと、永遠に後悔させてやるからな!』



そう叫ぶと、彼は拘束魔法を解かれたのだろう、翼を広げると魔王城に向けて飛んでいった。



(次に会うときは……やばいかもな……)


身かわしのマントは非売品だ。

さらに、俺のレベル譲渡によって彼は再戦時には、大きく力を上げているだろう。攻撃力は魔力の上昇はともかく、HPが増えてしまったのは正直痛手だ。


……だが、それでもルナを倒し、今この場を切り抜けたことは確かだ。

それはセドナも同様だったのだろう。



「ありがとうよ、ニルバナ。あんたが居てくれて助かった」

「いえ……。あなたたちを今失うわけにはいかないので、当然です」


そういうと同時に、月が雲から顔を出して周囲を淡く照らす。

……だが。



「嘘……だろ……?」


そのニルバナと呼ばれた男を見て、俺は目を疑った。

……こいつは、ロナを誘い出して彼女を魔王に転生させた張本人だったためだ。



「おい、お前は……!」

「いいたいことは分かります、シイルさん。……ですが、今は彼らの弔いが先では?」



そういうと、すでに魔法が解けた村人たちの遺体を指さした。

確かに、俺の個人的な事情より、今は彼らを弔うほうが先か。どの道ニルバナに俺たちを襲う素振りはなさそうだ。



「……分かった。けど、後で話は聞かせてもらうぞ?」

「ええ。ですが……」


そういうと、ニルバナは俺に近づいて耳元でつぶやく。


(……ただ、その時には二人っきりで。マルティナさんには聴かせられない話があります)


それを聴いて、俺は一瞬罠を疑った。

だが、もし彼が俺たちを本気で殺すつもりなら、先ほどルネとの戦いの際に不意を打てば良かったはずだ。


それをしなかったということは、恐らくニルバナに敵意はないと判断していい。

だが、念のためにと思い、彼に小声でつぶやく。



(セドナも一緒でもいいか?)

(……ええ、構いません。マルティナさんがいないなら)



そういうと今度は、俺たち全員に聞こえる声を出した。



「それでは、村人の弔いを急ぎましょう。野ざらしは気の毒です。……私は人類を愛していますので」



何を白々しい。

そう思いながらも、俺は教会の跡地から使えそうなものを探し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る