5-5 改めて考えると、RPGの世界って不気味だ

翌日。

俺たちはブラックパークの村に向けて足を進めていた。


「おはよ、お二人さん。今日は元気かい?」

「ああ。セドナも元気みたいだな。昨日より顔色がいいじゃんか」



セドナはロボットだから元気なのは当然だ。

彼女は俺の冗談に、屈託なく笑いだした。



「はは、面白いこと言うね! そりゃ、私は寝なくていいからね。それにモンスターも来なかったし」

「静かで助かったな。他におかしなことはなかったか?」


俺がそういうと、セドナは少し不思議そうな表情を見せる。



「うーん……昨夜は外から、なにか引きずるような音が聞こえてきていたんだよな」

「引きずる音?」

「ああ。……それに、ごらんよ」

「え?」


セドナが指さした先には、何か二足歩行の生物が足を引きずりながら歩くような跡があった。


「この足跡……私たちが向かうブラックパークの村に続いているんだ。昨日まではなかったのにね」

「う……じゃあ、何か村で異変が起きているってこと?」



そういうと、マルティナは少し身震いした。

彼女は苦痛や痛みには強いが、こういう『恐怖』に関する耐性はあまりない。普段は絶対に俺の行くところについてきてくれるのに、ホラー系の舞台だけは苦手なくらいだ。



「マルティナ、怖かったら古城で待っててもいいぞ?」

「……ううん! あ、あたしは『ドM』だから……シイルも一緒だし……こ、こんなの怖くないよ……!」

「……なら、何かあったら頼むぞ」



そういって、俺たちは足を進めた。




そして正午に差し掛かるころ、俺たちはブラックパークの村に到着した。

俺はいつものように笑顔を浮かべながら、以前あった『第一村人』に声をかけた。

……心なしか、いつもより顔色がいいようだ。



「すみません、一昨日の吸血鬼退治の件で話がしたいんですけど……」

『ようこそ。ここはブラックパークの村だよ』

「……え?」


先日の不愛想な対応とは異なる満面の笑顔での返答。

だが、そのセリフを聞いて俺は一瞬背筋がゾクリとした。

念のためもう一度声をかけてみる。


「すみません、村長にお会いできますか?」

『ようこそ、ここはブラックパークの村だよ』

「…………」



明らかに村人のおかしい。

マルティナが小刻みに身体を震わせながら、俺に耳打ちしてきた。



「ね、ねえ……この人、様子が変じゃない?」

「ああ……。まるで、決まったことをただ話すNPCみたいだ……」

「なんだい……。まるで、私の同胞(ロボット)みたいじゃないか」



半ば冗談をいうような口調でセドナも呟く。

村人は入り口の正面に立っていないため、断りなく村に入ることが出来そうだ。

マルティナは少し怯えるように呟く。



「どうするの……? 村に入る?」

「ああ……。もし、村人たちが何かされているなら、放っておけないしな」



正直本音では、今すぐ引き返したい。

だけど、彼らをそのままにするなんてことは出来ない。

マルティナも俺の意見に頷く。



「そ、そうだよね……せ、セドナもそれでいい?」

「ふうん。やっぱり人間はこういうの、怖いんだね。……とにかく、ここにいても始まらないし、入ると決めたんなら行こっか」



そうか、セドナはロボットだからこういう場面で恐怖を感じないのか。

今は彼女のその態度がとても頼もしく感じた。





そして俺たちは村に入って何人かの村人に尋ねてみた。

……だが。


「あの、吸血鬼の件についてご存じですか?」

『最近、夜になるとカラスがよく騒ぐのよ……北の森で何かあったのかしらねえ……』


「ねえ、あたしのこと覚えてる? シイルとピアノ弾きながら歌ったの!」

『悪いことは言わない。この辺には手ごわいモンスターがいるから、聖水は多めに持っておきな』


「兄ちゃん。こないだは断られたけどさ。今夜は私と一晩一緒にどうだい? どうせ、彼女もいないんだろ?」

『なあ、知ってるか? 東の古城では、幻覚を生み出すアイテム『惑わしの宝珠』が置いてあるらしいぜ?』



こんな風に、画一的な……それでいて不自然なほど俺たちに関連性のある情報ばかり渡してくる。因みに、その『惑わしの宝珠』は、すでに回収済みだ。


村人たちは先日とはまるで異なる明るい笑顔で、ニコニコと語りかけてくる。


「待て待て~!」

「あはは、こっちこっち!」


子どもたちはそういいながら、疲れる様子もなくひたすら広場の外周をぐるぐると走り続けている。



「やっぱり、変だな……みんな、どうしたんだ?」

「シイル……! ゴメン、やっぱりあたし怖い……!」


マルティナはそういいながら、俺の服の裾をぎゅっとつかむ。

……そうか。


俺はこの村の状況を「まるでRPGの世界のようだ」と形容できるが、マルティナにとっては未経験の出来事なのだろう。


そう思った俺は、マルティナの手をそっとつかむ。


「し、シイル……?」


……分かってる。マルティナに対して『俺がお前を守ってやる』なんて言葉は禁句だと。彼女のために死んだ人達も、どうせそういっていたのだろうから。


そして俺は少し考えた後、口を開く。



「なあ、マルティナ?」

「え?」

「俺もさ、ずっと手が震えてるだろ? ……実はさ。怖いんだよ、俺も」

「そ、そうなの……?」

「だから……。この手は離さないでくれないか? マルティナが『精神安定剤』になってほしいんだ……」



正直、マルティナほどではないが怖いのは俺も同じだ。だから、この言葉に嘘はない。

俺は精一杯「情けない顔」を作ってマルティナのほうを向くと、


「う、うん! ……大丈夫、あたしがついてるから! シイルは安心して!」



そういって、元気を取り戻してくれた。






それからしばらく、俺たちは村の中を探索した。


『いらっしゃい。ここは道具屋だよ。どうするんだい?』

「売りたいけど、いいですか?」

『ああ、それなら商品を見せておくれ』


不幸中の幸いは、道具屋が機能していたことだ。

しかも、先日訪れた時には聖水などの道具の値段が数倍になっていたが、今は市場価格で商品を買うことが出来る。



『まいどあり、また来ておくれ』

「うん、またね!」



だが、俺たちは村をあちこち回ってみたが、魔物の気配はしない。

マルティナは俺の手をしっかり握りながら尋ねる。



「ねえ、シイル? ……一体なんで、こんなことになっているんだろうね?」

「さあな……ただ……明らかに気になった点がある。セドナも気づいているか?」

「ああ。……村人の人数だね……」


そう、俺たちが前に訪れた時より明らかに村人が増えている。

そしてセドナは、はっとしたような表情をした。


「あ……! ひょっとして、さっきの足跡って……!」

「ああ。……そういえば気づいたけど……俺たちはさ、今朝から見てないよね?」

「見てないって……何?」


マルティナは、やはり恐怖で思考がマヒしているのだろう。

セドナはこくりと頷いて答えた。



「村人たちの遺体さ。吸血鬼に吸われたミイラが、昨日は森のあちこちにあったろ?」

「あ……じ、じゃあここの人たちは……!」

「……ひょっとしたらもう、人間じゃないかも……」



そう思いながらも、俺たちは周囲を警戒する。

だが村人たちはこちらに襲ってくる様子はない。

マルティナはガタガタと身体を震わせながら答える。



「ま、ままままさかね……。と、とりあえずさ。まだ行ってないところに行こうよ!」

「そうだな……」



この村の宿屋は、入り口から一番離れたところにある。

俺たちはそこに向かった。




『やあ、いらっしゃい。一晩100ゴールドだよ。泊まるかい?』


宿屋では、先日と同じ中年の男が、先日とは比べ物にならないほどいい笑顔でこちらに尋ねてきた。



「や、宿の値段が安すぎない?」

「ああ……まるでゲームみたいだな」



そして、宿の値段もRPGの相場になっている。

俺たちは泊まると伝えた。


『おや、泊まるんだね。じゃあ宿帳に名前を書いてくれるかい?』



そういわれた俺は宿帳に名前を書く。

……ただし俺の本名『博本 四五六(はかもと しいる)』の方を漢字でだ。

この世界の住民は漢字を読めないはずだ。……そう思って俺は宿帳を提出した。



「お願いします」

『ああ、なるほどな。シイルとマルティナだね? 実はあんたたちの料金はもう貰っているんだ。夜中の0時まで、ゆっくり休んでいきなよ』



主人はそうニコニコと笑って答えた。

……間違いない、彼は宿帳なんか見ていない。最初からこう話すことを決められているのだ。そして、彼の発言から俺たちは『おびき出された』ことも伺えた。



「……0時まで休んでって……どういうこと、シイル?」

「恐らくだけど……時間になったら、来るんだろうな、奴が……」

「奴?」

「ああ……。四天王のルネとルナだね……?」


そうセドナも答えた。



「ニルバナの話によると、あいつらは狡猾で、相手を苦しめるのが好きな連中だって聞くからね……この悪趣味な『歓迎』も、その一つなんだろうな」

「なるほどな……けど、闇討ちとかはする気がないのか?」

「吸血鬼はプライドが高いからさ。怖がらせることはあっても、卑怯な真似はしたくないのさ」



だったら、深夜になるのを待たず昼間に戦いを挑んでほしいものだ。

そう思いながらも俺はうなづく。


『それでは、夜中までごゆっくりお過ごしください……ヒヒヒ……』



どのみち、村まで歩き通しで俺たちは疲労している。仮にルネとルナの策だとしても、ここで休んでおいて損はないはずだ。


主人がそう笑みを浮かべるのを尻目に、俺たちは二階に上っていった。

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