第24話 ケツを振ったアバズレ 後編
「こ、殺して! さっさとこの女を殺しなさい!」
リゼリアの殺気にあてられたルイーゼは、焦りを露わにしながら傭兵達へ指示を出す。
「へいへい」
指示を受けた傭兵団は「やっとかよ」と小言を漏らしながら数歩前へ出る。
「お嬢さん、悪いが俺達も仕事なんだ。大人しく死んでくれや」
そう言ったのは、黒色のフルプレートメイルを装備する男。
三人組の中で中央に立つ者だ。
彼の両脇にいる男達は彼の部下なのか、装備するフルプレートメイルは銀色で手にはライフル型の魔砲を所持している。
「貴方、随分と古臭い武器をお持ちですわね?」
魔砲を携行する部下達と違い、黒色のフルプレートメイルを装備する男の手にはウォーハンマーのみが握られていた。
魔砲という次世代の武器が登場してからは、めっきり見なくなった武器の一つだ。
「おお、俺はよ。こいつで敵の頭を叩き潰すのが大好きなのよ」
男はウォーハンマーを肩に担ぎながらも、楽しそうな声音で言う。
兜の中にある顔は絶対にニヤついているだろうな、って声だ。
「お嬢さんは顔が綺麗だから潰さないでおこう。代わりに腕と足は潰させてもらうが」
腕と足を潰して抵抗できなくなったところで『お楽しみタイム』が始まる、と彼は宣言する。
「ふふ。随分と余裕ですわね?」
リゼリアは男の心臓に向かって魔砲を発射した。
普通ならば、魔術の弾が鎧の金属を突き破って終わり。
内にある心臓をも貫き、背中側へと弾が貫通して終了となるだろう。
しかし、彼女が放った魔術の弾が胸の装甲に着弾すると――フッと煙を上げて消えてしまった。
「対魔術防御コーティングが施された鎧でしたのね」
「正解だ。イカしてんだろ?」
男達が装備するフルプレートメイルは対魔術防御コーティングを施された金属で構成されているようだ。
つまり、魔術を無力化する現代戦対応の防御力モリモリ全身鎧というわけである。
「でも、お高かったんじゃなくて?」
事実、対魔術防御コーティングを施した全身鎧を装備する部隊などクルストニア王国内でもひと握りである。
こういった高コストで生産数も少ない装備を優先的に入手できるのは、第一王子を護衛する特別な部隊だけだ。
正規の騎士団でもコーティング済みの盾すら配備されない部隊があるのに、外部組織である傭兵団の方が希少な装備を身に着けているという装備格差。
今頃、あの世にいる第二王子派の騎士達は涙を流しているに違いない。
「うちの団長は第一王子派と仲が良いからな。俺達もその恩恵に受けられるってわけさ」
これぞ、勝ち馬に乗った者が味わえる特別な蜜。
彼らが見せる余裕の源だ。
「今時のアホ共は魔砲を使えば誰にでも勝てると勘違いしてやがる」
鼻で笑いながら言った男はウォーハンマーをくるんと回す。
「俺達と対峙した時、アホ共は決まって焦るのさ。魔砲が効かないよー! ってな。そんで、慌てふためく野郎の頭をコイツで叩き潰す。それが最高に面白い」
部下の一人が「こいつ、趣味がいいだろ?」と笑う。
「なるほど。そういうことでしたのね」
リゼリアは片方の魔砲に装填されていた光輝石を抜き、別の物を装填しなおす。
「じゃあ、最後にどちらが笑っているか試してみましょう?」
彼女は光輝石を装填し直した方の魔砲を男の足元に向けてトリガーを引いた。
放たれたのはエクスプロージョン弾。
弾は男の足元で爆発を起こして高熱と衝撃波を発生させるが、全身鎧を装備する男達にはそれらが無効化されてしまう。
「だから、効かねえって!」
しかし、リゼリアは構わず連射。
足元を爆発させまくって、大量の土煙を舞い上がらせた。
彼女の狙いはこっちだ。
男達の視界を遮ったところで、片方の魔砲をホルスターに仕舞いながら前へ駆ける。
走りながらナイフを抜き、土煙の中に飛び込んでいく。
「近接戦闘に備えろ!」
「馬鹿言ってんじゃねえ! 相手は女だぞ! 力負けするはずが――」
最初のターゲットは力自慢の馬鹿だ。
土煙を突き破って現れたリゼリアは馬鹿の胸へ飛び込んでいく。
「貴方、全身鎧にも弱点があるのはご存じ?」
ニヤァと笑うリゼリアを見て、筋肉馬鹿の顔が引き攣る。
慌てて弱点を隠そうとするがノロマすぎた。
彼女は持っていたナイフを首の隙間に差し込み、喉元へ突き刺した刃を暴れさせるように手を動かした。
「ガッ!?」
喉元をズタズタにされた男だったが、最後のトドメは『魔砲』だ。
リゼリアは兜の目――視界を確保するために開けられたスペースに発射口を押し付ける。
ダン。
針状の弾が兜の中にあった男の頭部を破壊する。
彼女が針状の魔術を発射するよう光輝石をチューンする理由は、こういった状況にも対応するためだろう。
「ケンズリー!」
筋肉馬鹿ことケンズリー君はあの世行き。
それに気付いた相棒がリゼリアへ魔砲を向けるも、彼女は間合いを詰めることで射程外へと入り込んだ。
間合いに入り込んだ彼女は男の足を蹴り、態勢がやや崩れた瞬間に足関節へナイフを突き刺す。
「ぎゃああ!」
悶絶したところでナイフから手を離し、代わりに男の魔砲を奪い取る。
「さぁ、受け止めて下さいまし」
奪い取った魔砲を男の頭部目掛けてフルスイング。
ガツンと重い一撃を叩き込んで脳を揺らす。
ぐわんぐわんと揺れる男の頭を片手で掴むと、首元に魔砲を押し付けた。
「魔砲が効かないよー! って慌てる人がいたようですけど、私はどうかしら?」
ダン、ダン、ダン。
彼女は「自分は違う」と証明するかのように、魔砲で男達にトドメを刺していく。
「このクソ女がァァァッ!!」
二人目を殺害したところで、黒色のフルプレートメイルを装備した男がウォーハンマーで襲い掛かってきた。
リゼリアは力任せのフルスイングを難無く躱すと、男の背後に回り込んで片足の関節部目掛けてナイフを投擲。
「ぐっ!?」
片足が機能しなくなったところで、回り込みながらも新しいナイフを取り出す。
地面を蹴って急接近し、背後からもう片方足関節へナイフを突き刺した。
両足がオシャカになった男の背中を思いっきり蹴飛ばし、倒れたところをゆっくり近付いていく。
「もしかして、その鎧を装備していれば無敵だとでも思っていましたの? 私と貴方達の間に装備によるアドバンテージが存在すると思っていまして?」
アドバンテージなどありはしない。
彼らは今まで本物を相手にしてこなかっただけだ。
魔砲を無力化された時点で慌てふためくような雑魚を相手に雑魚狩りを繰り返していただけ。
「どれだけ優れた装備を身に着けようと、雑魚は所詮雑魚ですのよ?」
動けない男を見下ろしながら、彼女はニッコリと笑う。
そして、傍らに落ちていたウォーハンマーを持ち上げた。
「貴方、確か動けなくなった者を叩き潰すのが趣味なんでしたわよね?」
「あ、あ……」
兜越しに邪悪な笑みを見た男は嫌な予感しかしなかったろう。
「私も試してみたくなりましたわ」
正解だ。
邪悪な笑みを浮かべるリゼリアは両手で握ったウォーハンマーを振り上げ――
「や、やめ!」
「フンッ!!!」
思いきり男の顔面に叩き落とした。
「ぎゃ、ぎゃあああ!!」
「フンッ!! フンッ!!」
何度も、何度も。
「――ッ! ――ッ!!」
彼女が叩き落とす度に甲高い金属音が男の悲鳴をかき消す。
「…………」
やがて金属音に「グチャ」という別の音が混じり始めると男の悲鳴も止む。
完全に聞こえてくる音が生々しい音だけになると、ひしゃげて潰れた兜からじんわりと赤い血が漏れ出て地面を染めていく。
「ふぅー! よい運動になりますわね!」
ウォーハンマーをポイと投げ捨て、取り出したハンカチで上品に額の汗を拭く。
ゆっくりとハンカチを畳んだ彼女が後ろを振り返ると……。
「あ、あなた……! ほ、本物の化け物なんじゃないの……!?」
完全に怯えたルイーゼが尻持ちをつきながら全身を震わせていた。
まぁ、人の顔が潰れていく様を見せられれば誰でもこうなってしまうだろうが。
「さて、未払いの報酬はどこにありますの?」
笑みを浮かべるリゼリアが問うと、ルイーゼは握っていたアタッシュケースを守るように抱きしめた。
そして、もう片方の手にはリボルバー型の魔砲を握って。
「こ、来ないで! 来ないでえええ!!」
リゼリアに向かって魔砲を連射する。
「どうして! どうして私は幸せになれないのッ!? いつも、いつも!! 誰かに邪魔されてばかりだわ!!」
しかし、震える手では一発も当たらない。
「私とあなた、どこが違うのよッ! 同じじゃないッ! なのに、どうして私だけなのよッ!?」
絶叫するルイーゼはトリガーを引き続けたが、遂に光輝石の魔力が尽きてしまった。
カチカチと鳴る魔砲をリゼリアに投げつけるが、それすらも当たらない。
「貴女だって故郷を失った人間じゃない……。家も地位も、全部失くした人間なのに、どうして……。どうして私だけ……」
ルイーゼの顔が絶望で染まる。
そんな彼女に対し、リゼリアは魔砲を向けながら言う。
「貴女は最初から間違っていましたのよ。貴女が幸せを掴み取りたかったのなら、三国同盟との戦争は避けるべきでしたわね」
全てはそこから。
三国同盟との戦争が切っ掛けであることは間違いない。
「……私だって戦争なんて反対だったわよ。でも、お父様や貴族達が決めてしまったじゃない! あの時、私が何と言おうと状況は変わらなかった!」
当時のルイーゼはまだ未成年の姫だった。
王家や貴族家の跡継ぎは男児が望ましいとされていたし、女性は他家との繋がりを強化するための道具とされる風潮の国だ。
女性、それも未成年の自分が何を言おうと、大人達は意見を変えるはずがなかったと反論する。
「本当に?」
しかし、それは真実だろうか?
「本当に状況は変わらなかったのかしら? 貴女、最後まで諦めずに足掻きましたの?」
真剣な表情で見下ろしてくるリゼリアに対し、ルイーゼの額から汗が流れた。
「本当に戦争を避けたかったのなら、父親や貴族達を殺してでも止めるべきでしたわね。貴女、本当は最初から諦めていたのでしょう? 言っても変わらないと、行動する前に諦めていたのでしょう?」
「そ、そんなこと……」
ルイーゼは反論できない。
「貴女は諦めてしまったからドン底に堕ちましたのよ? 戦争に負けても諦めてしまったから王子達のオモチャになり、屈辱を受け入れたまま生きる屍と化した」
反論できない彼女にリゼリアは更に言葉を続ける。
「娼婦に堕ちたあと、復讐を計画した部分は認めましょう。仲介人という立場を使い、私を復讐の駒にしたのも認めましょう」
人は失敗するものだ。
人は失敗から学ぶものだ。
王族時代のルイーゼが全てを諦めて最底辺に堕ちたとしても、そこから這い上がろうとした行動にはリゼリアも素直に拍手を送るだろう。
しかし、そこまでだった。
彼女は最後の最後で最悪の選択肢を選んでしまった。
「貴女は故郷の仇であるクルストニア王国にケツを振った。それどころか、私を殺そうとする始末」
自らクソ溜めに顔面を突っ込むような最悪の選択。
これ以上最悪な選択などありはしない。
「貴女がどうしてそのような選択をしたか、理解しておりまして?」
リゼリアはその身から溢れ出す気高さ、気品と優雅さを見せつける。
「貴女には気高さがありませんの。王族に生まれた身でありながら、気品も優雅さも全て捨ててしまった。捨てることに慣れ、諦めることにも慣れ、妥協を覚えてしまったのですわ」
リゼリアの目を直視できず、自ら顔を逸らしてしまったのがその証拠でもある。
「そうなっては何百年掛かろうと私は殺せない。私には敵わない。貴女のような人間は三流以下のアバズレがお似合いでしてよ?」
笑みを浮かべるリゼリアは自身の長い髪を優雅に払う。
「……なら、貴女はどうなのよ? 貴女だって金目当てで人を殺す殺人鬼じゃない! サフィリア王国の侯爵家に生まれた、その誇りはどこにいったのよ!?」
「はぁ? 家の誇り? そんなモノは子供の頃にクソ溜めへ投げ捨てましたわ」
フンと鼻を鳴らすリゼリア。
「あ、貴女だって捨てているじゃない!」
ルイーゼは言っていることが無茶苦茶だ、と指摘するように叫ぶ。
だが、むしろリゼリアは誇らし気に笑った。
「いいえ、私は貴女と違って『諦めながら捨てた』わけではございませんの。自らいらないと、私にとって不要なモノだと判断して捨てましたのよ? 今でも爵位なんて大金を積まれてもお断りですわ」
本物には爵位などといった『飾り』は必要ない。
「私の誇りは今。私は何者にも縛られない自由を謳歌するためにお金を求めますの」
――彼女は自由だ。
何者にも縛られず、何者にも屈服せず、ただ自分が理想とする生き方を追求する。
「爵位や家のためではなく、自分が理想とする気高さを追求するために気品と優雅さを保ちますの」
彼女が放つ本物の輝き。
その根底には、かつて目の前で死んだ侍女の姿がある。
『世界一幸せな、素敵な淑女になれますよ』
そう言って愛してくれた彼女の姿がある。
『ずっと、ずぅぅっと一緒にいますよ』
そう言って抱きしめてくれた彼女の姿がある。
「あの日、私は約束しましたの。誰にも屈せず、誰にも邪魔させない。何一つ諦めることなく、あの子が思い描いてくれた最高の淑女になると」
彼女は何一つ諦めていない。
大切な侍女を失っても、自分を愛してくれた姉を失っても、毎晩感じられた温もりを失っても。
悲しくて涙を流しても、喪失感で心が締め付けられて寝れない日があっても、失った温もりが恋しくてまた泣いた日があったとしても。
彼女は諦めず、前へ進み続けて、邪魔者であった父親を殺害するだけの力を身に着けた。
「私は淑女ですもの」
そして、今も彼女は『世界一幸せな、素敵な淑女』を追い求めて生きている。
「貴女だって私のように生きるチャンスはありましたわ。元王族として、自らの尊厳を取り戻すチャンスもあった」
彼女と同じ存在になれるチャンスはルイーゼにもあった。
「そう、もしも――貴女が私を殺そうとせず、故郷を滅ぼした三か国を丸ごと滅ぼし返してやろうと提案するほどの気高さがあれば」
リゼリアはルイーゼと再会した際に聞いたはずだ。
復讐するつもりはないのか、故郷を復興させる気がないのか? と。
しかし、その度に彼女は否定した。
否定せず、欺こうとせず、一度堕ちた身でも全てを諦めずにいたならば。
己の復讐だけで満足し、仇にケツを振るようなことをしなければ。
「貴女の運命は変わっていたかもしれませんわね?」
二人の運命は交わっていたのかもしれない。
しかし、現実はそうならなかった。
「そう言っていたら、貴女は……。また私の家臣になってくれた?」
ルイーゼはゆっくりとリゼリアの顔を見上げる。
「少なくとも、お友達にはなれたかもしれませんわね」
その言葉を聞いたルイーゼは目を瞑り、小さく「そう」と呟きながら力無く笑った。
「さようなら、ルイーゼ・サフィリア。次の人生は諦めることなく、気高く生きて下さいまし」
リゼリアはルイーゼの額に発射口を向け、躊躇うことなくトリガーを引いた。
額を撃ち抜かれたルイーゼの体は地面に倒れ、零れ出る血が地面を赤く染めていく。
リゼリアはアタッシュケースを回収すると、最後に死んだルイーゼを一瞥して――
「…………」
何も言わず、背を向けてその場から歩きだした。
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