第15章 虚無の罠〜絆を裂く影



湖の戦いの余波は凄まじく、夜の森を吹き抜ける風さえも血と焦げた魔力の匂いを運んでいた。

虚無の王の瘴気を退けたものの、仲間たちの体力と魔力は限界に近い。


「……ここで一度、立て直さなければ」

デューンが言うと、ラハムは無言で頷き、光の癒しを仲間たちに施した。

その掌から流れ込む力はやわらかく、温かな春風のようで、傷を負った体を確かに繋ぎ止めていく。


「貴様……何故そこまでして我々を助ける?」

傷の深い胸を押さえながら、アポロンが低い声で問う。

その眼差しは疑念の炎を宿し、ラハムを射抜いていた。


ラハムは少しだけ瞳を伏せる。

「悪いけど、今は理由を語れる時ではないの……。ただ、私とエアには“過去に果たせなかった約束”がある。それを……ここで果たすためにいつか話せる時がくれば話すわ」


その言葉は真実か、それとも方便か。

デューンは彼女の横顔を見つめ、無意識に拳を握った。

――少なくとも今の彼女は裏切り者には見えない。命を懸けて守ってくれたのだから。


一方で、エアは静かに仲間の周囲を警戒しながら、低く告げる。

「……来るぞ。虚無の王は、僕達の“揺らぎ”を嗅ぎつけている」


その直後、森の木々の影から、仲間たちと寸分違わぬ姿をした「幻影」が現れた。

もう一人のデューン、もう一人のミルフィー、もう一人のアポロン――。

彼らは嘲笑を浮かべながら、口々に仲間を罵倒しはじめる。


「お前のせいで皆が死ぬ」

「信じすぎるから裏切られるんだ」

「誰もお前なんか信用していない」


耳に刺さる言葉。

幻影はただの姿かたちの模倣ではなく、“心の最も弱い部分”を抉ってくる。


ミルフィーは蒼ざめ、足を止めてしまう。

「……私の中に、本当に……こんな思いが……」


アポロンは刀を構えたが、その手は震えていた。

「このような幻で私を惑わしてくるとはな心底不快だ……!」


幻影の群れは、仲間同士を互いに疑わせるためだけに存在していた。

その罠の只中で、ラハムとエアは真っ先に幻影へと飛び込み、仲間の前に立ちはだかった。


エア「惑わされては駄目だ!」

「信じる心が折れれば、虚無が勝つ!」


その姿に、デューンの心は激しく揺さぶられる。

――やはり、彼らは仲間だ。疑うべきではない。


しかし、アポロンとミルフィーの瞳には、まだ疑念の影が残っていた。

「……(彼らは本当に“仲間”なのか?)」

「(それとも、虚無がもっと深い罠を仕掛けているのか……)」


夜風がざわめき、幻影はさらに増殖していく。

虚無の王の狙いは明らかだった。

仲間を倒すのではなく――絆を裂くこと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る