第38話 エレナ襲来
「アドル。」
「あっ、エレナ。どうかした?」
「武器を選んだんですわよね。」
アドルが一通り鍛錬を終えて、家へと帰宅しようとした時に後方より声がかかった。
アドルに声をかけた張本人はにこにこと笑みを浮かべながらも、どこかそわそわと落ち着きのない様子でアドルに対面していた。
「うん。これだね。」
「曲刀ですわね。ふふふふふ。」
「な、なにかな?」
アドルが渦からシミターを取り出すとエレナは笑みを深めてアドルへとにじり寄った。
そんなエレナの様子にアドルは不穏なものを感じて、じりじりと後退する。が、アドルが後退した分エレナはにこやかな笑みを浮かべながら、近づいていく。
「アインと戦ったという話は本当かしら?」
「ちょーと、今から用事が……。」
「……アドル?」
アドルは背を向けてこの場を立ち去ろうとしたが、エレナの手が肩を掴みぎりぎりと力を込められる。アドルは身体からみしりという音が聞こえた気がして、慌ててエレナの方へと向き直った。
「はい。本当です。」
「ふふふ。私とも戦いますわよ!!」
「分かりました。」
二人は連れ立って訓練場の隅に到着した。ちょうどアインとアドルが戦った場所で、直近の苦々しい記憶がアドルの顔を無意識のうちに歪ませる。
「私は気力を使いませんので、安心してくださいまし。」
「はは、は。それでも安心できないけどね。」
当然のようにエレナがハンデを自身に課していく様子を見て、あどるは内心情けなく思っていたが、そうでないと戦いにもならないのは本人が一番わかっており、情けない笑みでさらなるハンデを要求する。
「では、魔纏いなしの自己強化魔法ありでしたらいかがかしら?」
「それなら、まぁ。」
ようやく戦いになりそうな程度のハンデを貰えたアドルは気が進まないようだが、戦う気にはなった。
「ふふふふふ。それでいいですわよ。ぼこぼこにしてあげますわ。」
「……嫌だなぁ。」
アドルもエレナの言葉を否定することはできない。それほど隔絶した実力差が二人の間にはあるし、ハンデを貰ってなおエレナの方が有利な状態だ。殺し合いという条件なら今のハンデならアドル有利に覆るほどの小さいものだが。
「ダンテ!!」
「はい、エレナ様。」
「審判をよろしくお願いしますわ。」
「分かりました。くれぐれもケガにはご注意ください。」
ダンテはエレナに呼ばれると何よりも優先して駆け寄ってくる。そのダンテをエレナは満足そうに見つめて、彼へと指示を出した。
「ふふふ。大丈夫ですわ。」
「え、ええ。エレナ様は大丈夫でしょうけど……頑張れ。」
「あはは。ありがとうございます。」
ダンテの同情するような視線にアドルは顔を引き攣らせて、曖昧に笑うしかできなかった。それを不思議そうに見つめるエレナであるが、すぐに戦闘開始の所定の位置に着く。
「では、早速やりますわよ。」
「あれ、自己強化魔法は使わないのかい?」
「最初は魔力循環だけで問題ないわ。」
「そ、そうですか……。」
さらなるハンデにアドルはぼこぼこにプライドを折られる。元々ないプライドは粉々に吹き飛ばされて、どこかに消えてしまったようだ。
「では、始めっ!!」
ダンテの合図が辺りに響いた。だが、二人はその場から動き出すことはなく、それぞれの動きを観察するようにお見合いしている。
「アドルかかってきなさい。」
「では、お言葉に甘えまして。」
だが、エレナがアドルに攻めるように促すと、事態は動き出す。
アドルは両手で構えていた木刀を右手に持ち替えると、エレナの方へと駆けだす。そして、エレナへ右から左に斜めに木刀を走らせる。エレナはその木刀を避けずに握った右拳をぶつけた。
剣と拳が打ち合わされ衝撃が二人に伝わるが、すぐにアドルは木刀を横ぶりする。しかし、エレナはその木刀を狙い今度は左拳をぶつけると、剣は弾かれ一旦ああどるは後方へと飛びずさる。
「ふふふ、よいですわね。」
「くっ、おかしいでしょ……!!」
剣と拳で打ち合いするなどというおかしな状況にアドルは戦闘中にも関わらず、苦々しい顔を浮かべると悪態を吐いた。
エレナはまだアドルの出方を伺うつもりのようで、そのエレナの様子にアドルはまた己からエレナに駆け寄る。今度は木刀を振る直前で動きをぴたりと止めるが、動きをエレナに見透かされており、エレナに一歩踏み込まれる。
慌ててアドルは木刀を振るうが動きが遅く動き出しを殴られて止められる。あえて追撃のしないエレナは一歩身体を引くと、アドルの動きを見て、振られる木刀に合わせて拳を振るった。またもアドルは木刀を弾かれて、たたら踏んだ。
「ふふふふふ。鍛え方が足りないんじゃなくて?」
「んな、理不尽な……。」
アドルは木刀を拳で打ち弾かれるなど想定していない。特に今はハンデにより魔力循環だけで、肉体強度は普段に比べて断然に弱いはずであった。アドルの想像ではいかにカウンターさせないかの勝負と思ていたのに、真っ向から打ち合わされるのだ。
木刀と拳では手数に差があり過ぎる。エレナが追撃しようと思えば簡単に追撃することは出来たのに未だに手加減しながら相手しているようで、あどるはその理不尽さに嘆くほかなかった。
「これでは魔法はいりませんわね。」
「くっ……!!」
ハンデにハンデを重ねてもらっているのにこの体たらく。アドルの自身への情けなさや怒りが原動力に魔力を漲らせる。質が高まった魔力は当然肉体強度も上昇させた。
だが、何度やってもエレナの拳に木刀は弾かれてしまう。あまりに気楽に弾いてしまうものだから、エレナも少々退屈そうに攻撃が大雑把になっている。
「あら、アドルもアインもまだまだですわね。」
「このっ……!!はぁあああああ!!」
エレナは互角の戦いを繰り広げたと聞き二人に期待していたが、結果はハンデをこれだけ付けてもこれである。落胆した様子を隠すことなく、それを口にした。
その言葉を聞き増々アドルは闘志を燃やし、がむしゃらにエレナに向かっていく。だが、振り下ろしも、横薙ぎもエレナの身体には届かない。試合開始時よりも明らかに検束は上がっているが、それでも拳を打ち付けるエレナの方が数段早い。
アドルは所々フェイントを混ぜようとするが、どれもエレナに有効打を与えるほどのものではなく、不発に終わっていた。
「このままでは何もできずに終わってしまいますわよ。」
「ははっ、まだまだ楽しませるよ。」
「ふふふ、どう楽しませてくれるのかしら?」
「さぁ、どうでしょうか?」
自信ありげに笑うアドルにエレンはその顔に楽しそうな表情を浮かべた。
アドルは今までと同じようにエレナに駆け寄っていく。そのアドルの様子にエレナは落胆を浮かばせるが、アドルが木刀をエレナに向かって投擲すると、怪訝な表情へと変えた。
「武器を手放してどうするのかしら?」
エレナは投げられた木刀を拳で弾き、木刀はエレナの右側へと転がっていく。すると、あどるは木刀とは逆の方向、左側へと進路を変えた。エレナは怪訝な表情のまま目線でアドルを追った。
だから、木刀が渦に飲み込まれていく様子に気が付くことはなかった。渦に飲み込まれた木刀は異空間の中へと収納されている。
「……期待外れだったかしら?」
「ふっ。」
アドルは拳を構えてエレナに突進していく。エレナとアドルの打ち合いは当然エレナに分があり、徐々にかすり傷が増えていく。打ち合いに講じていたエレナは期待するものがないと思うと、徐々に大ぶりの攻撃になる。
アドルはエレナの重い打撃を懸命に受け流しつつ時が来るのを待つ。そして、ついに痺れを切らしたようにエレナが力強く踏み込み、その拳に魔力を溜めこむとアドル目掛けてここ最大の大ぶりの攻撃をする。
アドルは拳を全力で避けつつ右手に何かを握りこめるように広げつつ、エレナの方に懸命に伸ばす。右掌に出現させた渦から木刀が落ちて、その右手に綺麗に収まった。それに気が付いたエレナは時遅く、避けることが出来ずアドルの木刀が腹へとぶつかった。
「えっ……ふふっ。」
「どう、楽しいでしょ?」
エレナのお腹に見事木刀を当てたアドルはエレナに至近距離からニヤリと笑うと、ぶるりとエレナの全身の血が沸騰するように体温が上昇する。
一撃を喰らうとは思っていなかったエレナは身体中を震わせて激情を抑え込もうとする。しかし、その激情を抑えきれるはずもなく、恍惚とした表情を浮かべた。
「ふふっ、ふふふふふ。アドル、あなた最っ高だわっ!!」
「ちょっ……。ぐえっ……!!」
「……あっ。てへっ、やってしまいましたわ。」
エレナはアドルの問いかけにテンションを爆発させる。すると、エレナの身体の魔力が奥の方から高まり、身体を覆った。赤の燐光に纏われたエレナは興奮するように好戦的な笑みを浮かべて、アドルを見た。
そして、エレナが一歩足を踏み出すともうアドルの目の前で拳を構えており、アドルが静止しようと声は間に合うことなく、その拳をアドルの腹へと突き立た。アドルは腹に加わる衝撃に膝を折り、腹を抱えた。
数瞬気まずい雰囲気がその場に流れて、エレナは魔力纏いを解除した。すると拳をこつんと頭に当てるとぺろりと舌を出して、悪戯っ子のような可愛らしい表情を浮かべた。
「勝者、エレナ様……?」
「いえ、私の負けですわ。つい魔力纏いを使ってしまいましたわ。」
「いっつつ……。エレナ……。」
ダンテの宣言にエレナは首を振った。そして自分が負けだと宣言すると、その場にうずくまるアドルと同じ目線に腰をおろす。
アドルはお腹を摩りながらエレナにジト目を送るとエレナは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「申し訳ないですわ。ついテンションが上がりまして。」
「この戦闘狂めぇ。……はぁ、いいけどね。」
誠心誠意謝るエレナにアドルは怒るつもりも湧き上がってこず、ジト目で文句は言いはするもその場に立ち上がった。
「悪いとは思っておりますわ。」
「いいよ。元々エレナの全力を出させられない僕が悪い。」
「ふふふ。早く強くなるのを待っていますわ。」
「……勘弁してください。」
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