第35話 最初の対決

「そう言えば、こうして戦うのは初めてだな。」

「そうだね。何故か君とは共闘ばかりだ。」

「共に生きていけって神様から言われているのかもなぁ。」


 訓練場の一角で対峙する二人はどちらも気負った様子はなく、しかしその全身からは闘志を漲らせていた。だからか、戦う前の軽口もいつになく饒舌で、それでいて相手への敵意が詰まっていた。


「ふっ、神なんて信じてもいないくせに。」

「くくく、だが今は神ってやつにも感謝してもいいかもなぁ。」

「らしくないね。いつ信仰心に目覚めたんだい?」

「今かもな。おお、我らを見守る神々よ。戦いの場を整えていただき感謝いたします。って感じでよ。」


 二人が望む戦いの機会は今まで来なかった。森の中で戦うことはできた。でも、その戦いは譲れないもののための戦いではなく、どこか不純なものが混ざってしまうと二人は考えていた。

 そんな時に今回の件だ。戦いの場を用意され、戦う必然性がある。その場は何よりも二人の戦いのためのもので、これ以上ないくらいに望んでいたものだった。


「なんとも利己的な信者を得て神も泣いてるね。」

「くくく。泣いて恵みの雨でも降らせてくれれば万々歳だ。」

「ははは。神が泣くと雨が降ると。なんともロマンチストと言うべきかな。」


 お互いににこやかに笑みを浮かべ合ってはいるが目は笑っていない。どちらも会話をしているようでお互いの出方を探っており、どうやって敵を倒すか。そのことしか考えてはいない。


「それぐらいの役には立ってもらわないとな。」

「ま、違いない。」

「「さぁ、やろうか。」」




「アドルっ!!」


 まず先に動いたのはアインであった。アドルの両手に握られるのは木刀である。対するアインは徒手空拳であり、リーチの差を埋めるには超至近距離戦に持ち込むのが最善である。

 叫びながらアドルに直進するアインはその身を黒紫色の魔力が覆っており、すでに魔纏いを発動している。冥属性の魔纏いは不気味な雰囲気を醸し出しており、アインの気迫も相まって恐ろしい圧を放っている。


「アインっ!!」


 対するアドルもその身を天色の魔力を纏わせており、アインの叫びに呼応するように叫び声をあげる。アドルは直進してくるアインをその場で待ち構えることにしたのか、木刀を眼前で縦一本に構えた。

 アインがアドルの攻撃範囲に入った瞬間に木刀は右から左へと斜めに横薙ぎされる。その横薙ぎされた剣筋は宙を空斬った。

剣が振られる前にアインが急停止しており、一歩下がっていたためだ。空斬られた剣筋がぴたりと止まる前にアインは駆け寄ってきた時よりも明らかに早い踏み込みで右側から近づき、拳に魔力をためて顔目掛けて振り切った。


「一発!!」

「ふっ。甘いね。」


 しかし、振り切られた拳はアドルが左側に転がることで避ける。大ぶりの攻撃が空ぶったアインはアドルの態勢が整う前に追撃できずに、二人はじりじりと相手の出方を探るように近づいたり離れたりする。

 二人は自分の攻撃が決まらなかったことに心理的なプレッシャーを感じており、次の攻撃が失敗したことを考えてしまう。だが、お見合いをしていても決着はつかない。二人はお互いに覚悟を決めて、同時に足を踏み出した。


「はっ。」

「おらっ。」


 アドルはアインが一定以上の間合いより踏み込まないように、アインはアドルの反撃を喰らわないようにコンパクトに攻撃を仕掛けていく。

 基本的な型は先ほどと変わらず、アインが攻めようと踏み込み、アドルはカウンターで攻撃を与えようとする。しかし、二人は明らかに最初の攻防よりも思い切りの良さがなくなっており、戦いが泥沼化しそうな予感がした。


「ふっ、攻撃に勢いがないね。まさか一回だけで種切れかい?」

「そういうお前はこっちに合わせて剣を振るうだけ。自分で攻めれない腰抜けか?」


 二人は攻防を止めて正面で睨みあう。二人の纏う魔力は圧を増すが膠着状態が解決するには至らない。時間と魔力が浪費される状態に二人はますますイラつきを増すが、しかしその怒りに任せて勝てるほどの柔い相手ではない。


「何でもありか?」

「ああ、魔法でも、あの渦でも何でもいいぜ。」


 その時に戦いは動き出す。アドルが両手で持っていた剣を右手だけで持ち、左手に魔力を集中させ始める。

 魔力を集中させ始めたアドルにアインはすかさず近づいていき、左から右に横薙ぎに振られたアドルの木刀を拳で思い切り殴りつけた。剣と拳は正面からぶつかりアドルの持っている木刀が押される。

 両手で受けていた衝撃が片手になることで受け止めきれずにアドルはその手から木刀を取りこぼしてしまい、正面から接近したアドルはもう目の前に来ていた。アインに左拳で正面から殴られるまさにその時、アドルは左足で木刀を蹴り上げて器用にもアインの拳にぶつけるとそのまま踏み込んだ。


「なっ……!!」

「くらえっ!!」


 魔力の込められた左拳はアインの右頬へと正確に突き刺さった。自身の駆けこんでいた勢いも相まってアインには凄まじい衝撃に感じられた。

 崩れそうになる膝を奮い立たせてアインは後方へと飛び跳ねた。そのアインをアドルは追撃することなく、地面に落ちた木刀を拾い上げた。追撃もする気がないアドルの様子に今まで感じたことのない屈辱をアインは感じていた。


「アドルぅ……!!」

「ははは。まず一発。」

「アドルううううう!!」


 左拳を見た後に顔をあげたアドルの前には屈辱に顔を歪めるアインの顔があった。どこか遠いと思っていた存在は拳を振り上げれば届く距離で、その顔を覗き込めるものだった。アドルは清々しい気持ちでいっぱいになりながら木刀の先をアインの方へと向けた。

 アインはにこやかに笑っているアドルを見てぷつりと何かが切れる音がするのを自覚していた。怒りに目の前が真っ赤に染まり、体中の魔力がその感情に呼応するように躍動した。

 今までよりも早く、力強く、アインの肉体強度は一つこの戦いで上がった。


「なにっ!!」


 加速するアインの動きにアドルは付いていけない。獣のように縦横無尽に動くアインの動きはアドルからは理解不能で、剣筋は戸惑うようにぶれてしまっている。アドルにとって幸いなのはアインがヒットアンドアウェイで戦っていることだろう。

 アインが連撃を加えようとしたら、いずれその攻撃が当たることは必須である。さらに動物的な勘なのか、アドルが返す刃で攻撃を加えようとするとまるで攻撃をされることが分かっていたように避けられる。焦燥感がアドルの胸に宿る。


「くっ……。」


 少しずつ加速するアインの動きはまるで今の自分の身体能力を確かめているようで、アドルが両手で木刀を持って受けてもその衝撃が腕へとのしかかっていく。

 ついにアドルの牽制が空振り、踏み込んできたアインの拳がアドルの横腹に突き刺さった。あまりの衝撃に崩れそうになるアドルにアインは追撃を仕掛けて、アドルは反応が遅れてしまう。


「ぐっ……!!」


 アドルは痛みに動きが鈍り、動きが鈍ったところに攻撃を受ける。するとまた動きが鈍りと最悪な循環へと入ってしまう。その過程でもアインの攻撃は加速して、重さを増していく。

 一言も話さないアインは他人を殴るだけの獣と化しており、アドルには現状どうする手段もなかった。まさに絶体絶命だ。


「おぉおおおおお!!」


 アドルは気合を入れなおすように吠える。突然吠えるアドルにびくりとアインは動きを止めた。が、次の瞬間には追撃をしようとして、本能的な恐怖がアインんお身体を後方へとあとずらせた。

 アドルの右手に魔力球が出来る。青く、紫色の魔力は可視化されるほど濃密で魔力球の周りの空気が揺らめいて先の風景が蜃気楼のようにぼやけている。


「ははは。流石にこれは怖いか。」


 息を整えたアドルは魔力球を維持したままアインへと語りかける。


「今の君と戦っても本当の君と戦っている気がしないんだよね。戻っってきなよ。それとも、怖いのかい?僕に負けるのが。」


 その身から魔力を迸りながら魔力球に束ねていく。急速に質を増していく魔力球は依然と違い球体を保っており、制御もできていた。アドルの挑発にも似た言葉は果たして。


「アドル……!!この俺が怖いだって?ふざけるなよ。俺は負けねぇよ。」

「ふっ、かかってきなよ。これで最後だよ。」

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