いずれ勇者・魔王と呼ばれる少年たち

如月

少年時代

第1話 少年たち

 山の中腹にできた村を手ぶらで歩くのは7歳になったばかりの少年である。整えられずボサボサの髪はしかし本来の美しい銀色を隠すには至らなかった。晴天の青空を思わす澄んだ蒼の瞳は7歳にして確かな知性を感じさせ、汚れを知らないような純粋な光を湛えていた。

 薄汚れて所どころ穴が開いた服とズボンは裾が擦り切れており、もはや衣服の体を為していない。少年がふらりと歩いていると二人の主婦が道端で会話をしており、その主婦の姿を確かめると美しく整った笑みを浮かべながら少年は近づいていく。


「おはようございます!」

「……(ひそひそ)。」

「……(ひそひそ)。」


 純真そうな笑みを浮かべる少年の元気な挨拶に何も返すことはなく、二人の主婦は少年の方を奥に恐怖を宿しながらも汚らわしいものを見るように一瞥し、噂話をするように口に手を当てて、少年に聞こえぬように会話を続けた。


「あはは、今日もいい天気ですね~。」

「……(ひそひそ)。」

「……(ひそひそ)。」


 少年は挨拶を無視されてなお健気にも交流を図る。しかし、無情にも主婦の二人は話をするつもりはないようで、先ほどよりも嫌悪感を強くした目で半ば睨むようにひそひそと内緒話を続けた。


「あ、はは。では、僕は森に行ってきますね~。」


 二人の対応についに少年は涙を瞳に浮かべて走り去っていった。主婦の二人はその後を嫌悪感たっぷりの目で見つめていたが、少年が見えなくなったところで興味を失ったかのように目線を別にやり、また世間話を再開した。何もなかったかの如く、村は極々平和であった。




村から飛び出た少年は森に入り込んでもまだ走り続ける。晴天の瞳は今ではどんよりと曇り大粒の雨を地面に落としていた。地面をぽたりぽたりと濡らす雫は太陽に照らされて、何もなかったかのようにすぐに地面を乾かした。


「……っ。はぁ、はぁ。もっと頑張らなくちゃ。」

「おいおい、そんなに慌ててどうしたよ、アドル。」

「アインか。何でもないよ。」


 少年は走っていた足を止めると膝に手を当てて、荒い息を吐き呼吸を整える。そして、身体の正面で右手を握りしめ決意を言葉にする。その拳を見ている目からは徐々に曇りがひいていき、晴天をのぞかせた。

 そんな少年、アドルの後ろから声をかける少年はアインといった。引き締められた筋肉を黒く日焼けさせて、金色の短く切られた髪は森の中でも太陽の如く煌いていた。野性的な雰囲気を放つアインはルビーのように美しい赤色の瞳をアドルの方に向けていた。


「そう邪険にするなよ。俺たちの仲だろ、な?」

「……。俺たちの仲、ね。ふっ、そうかもね。僕たちは似た者同士だ。」

「ははは、だろ?仲良くやっていこうぜ。俺にはこんなに仲間がいるんだぜ。」

「……大層立派な仲間だ。」


 俺たちの仲という言葉にアドルは自嘲するような笑みを浮かべた。そして、アインの後ろに控える数匹の獣、魔物に目を向けると、虚空の渦から錆びて刃がかけたナイフを取り出して、眼前の魔物に向かって構える。ナイフは子供にとって短い剣の様で、その姿は一人の剣士に見えるだろう。


「おいおい何をするつもりだ。それは、なんのつもりだ?」

「分からないかい?魔物は、人類の敵だよ。」

「何言ってやがる。こいつらは俺の仲間、……友達だ。」


 ナイフを構えたアドルにアインは恐ろしい怒気を放ち威圧する。アドルより背が高いアインの威圧にアドルは背に汗をかいた。しかし、それを表に出すことはなく対峙する。震えそうになる身体を抑えて、注意深く魔物の様子を観察する。

 魔物とは魔力をもつ生物全般のことを指す。魔物は魔力によって上がった身体能力と魔力そのものを使う魔法という現象を用いる。その二つを用いる魔物の脅威度は高く、魔力を持つ生物や鉱物を狙う習性があるため、人類とは生存域をかけた闘争がなされている。

そのため、人類の敵なのだ。広義の上では人類も魔物の一種なのではあるが。


「ふっ。魔物を仲間、友達とさえ言うか。……うらやましいよ。君は決して孤独でないんだから。」

「ああ、そうだろう。だから、お前も……。」

「だけど、僕には必要ない。そんな馴れ合いは僕に必要がない。」


 目を伏せたアドルは自身の内心を吐露する。そのアドルの言葉にアインは大仰に腕を広げて誘うが、アドルはにべもなく断った。アドルは強い決意を秘めた瞳でアインを睨みつける。アインはそんなアドルの瞳に怯むように身体を固めて、顔だけを後ろに引いた。


「なっ、くそっ。……ふっ、そういうお前はさながら道化師ってところか?」

「何っ!?」

「一番馴れ合いを求めているお前の言葉じゃないなって、くくく。」

「……っ。お前っ!!」

「ん?図星、だろ?」


 二人の目と目の間に火花が飛び散る。お互いの強い意志と感情を余すことなく互いに伝え、揺らぎない心がぶつかり合う。二人のぶつかり合いは果たして、先に反らしたのは青い目だった。俯くように顔を伏せて、口元を卑屈に歪ませた。


「……。そんなんじゃ、ない。」

「ははは、そうか?お前がそういうのなら、そうなんだろうな。」

「……。」


 お前の中ではな。そんな声が聞こえてくるようだ。肩を落とすようにしていたアドルは、その言葉にこれ以上ないくらいに顔を歪ませ、アインに背を向ける。そんなアドルに思わず片手を伸ばし、アインは呼び止める。


「おいっ、何処に行く。」

「……君の相手をしている暇はないんだ。僕にはやることがあるから。」

「ふんっ、そうかよ。精々そうやって無駄な足掻きをしているんだな。」

「ふっ、存分に躍らせてもらうさ、そう道化師みたいにね。」


 虚空にできた渦にナイフを手ごと突っ込みながら、くるりとアドルはアインの方へと振り返った。渦を消したアドルはおどけたようにへらりと軽薄に笑って、肩を竦めた。その後にアインから背を向けて歩き出し、もう振り返ることはなかった。


「……馬鹿野郎。」


 アインは一人去るアドルの背が視界から消えるまでその背を見つめていたが、見えなくなったところで自身もくるりと背を向けて歩き出した。その場にアインの呟いた声だけが残り、そのアインの様子を魔物たちは心配そうに伺っているだけだった。

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