第3話 オムライス

■オムライス

 癒しちゃんの『ツンデレ』宣言!


 喫茶店の店内、焼けた卵の香りが漂う。


「はい、オムライスお待たせいたしました」


 癒しちゃんが元気よく運んできた。


「今回も癒やしお届けしますよっ……オムライスと言えば、なんだと思いますか?」


「オムライス……ですよ?」


「ふふ、お困りですね。オムライスと言えば『ツンデレ』です。ここからはツンデレ癒しちゃんになりますね」


「ツンツンされる覚悟はいいですか?」


 癒しちゃんは指を三本立てる。


「3、2、1……」


 カウントに合わせて立てる指を減らす。


「はい!ツンデレ癒しちゃんです!」


「……間違えた……」


 間違えたらしい、小声で癒しちゃんがつぶやく。


「……ツンツンするから、覚悟してよね?ツンデレ癒しちゃんよ!」


「何!?このオムライス、ケチャップがかかってないじゃない?……このままでも美味しいんだけど……もう絶対に食べないで、待っててね」


 クルッと方向を変えて、癒しちゃんは厨房に戻っていく。

 ケチャップを取りに。

 黄色のオムライスを見つめる。


 タンタンタン!

 ケチャップを持って癒しちゃんが戻ってくる。


 隣に立つ、ちょっと屈んで、耳元近くで小声でささやいてくる。


「……オムライスになんて書いたら嬉しいですか?」


「頷いてくださいね?」


「……ラブ?」


「……好き?」


「……大好き?」


「あれ?何がいいんですか?」


「ふふふ?……『癒しちゃん』?」


 頷く。


「えっ?」


 癒しちゃんは姿勢を戻す。


「……『癒しちゃん』なんて書いて欲しいの?……そんなの嬉しくなんてない……変よ?」


『ツンデレ』キャラに戻った。

 なんだか嬉しそうだ。


「……書けるかな……」


 また小さくつぶやく。


「よーし、癒しちゃんはケチャップで頑張って書いたりなんてしない……応援なんていらないんだからっ?」


 こちらをチラッとみる。

 ガッツポーズをとって応援してみせる。


 指を折って数え始めた。

 そのあと、オムライスを見つめる。

 文字数と配置を考えているようだ。


 チュー……

 ケチャップを絞る。

 丁寧に一文字ずつ進めている。


 黄色の卵に赤い文字が躍る。

 決して読みやすくはないが、オムライスの上に、『いやしちゃん』と平仮名がならぶ。


「……やった、できた……」


「お客様のために書いたんじゃないんだからねっ!」


 誇らしげにオムライスを見ている。

 おっと、こっちを振り向いた。


「……どうですか?お客様?私の『ツンデレ』キャラ完璧ですよね?」


 癒しちゃんがウィンクしてくる。


 オムライスを食べる。

 ケチャップにふわふわ甘い卵が合う。

 癒しちゃんは向かいの席に浅く腰掛けている。


「……お客様、『ツンデレ』キャラどうでしたか?」


「お客様が、オムライスを食べ終わるまで、癒しちゃんは癒しちゃんに戻っていてもいいですか?」


 頬杖をついて癒しちゃんが聞いてくる。


「ふふ、頷いてくれた。癒しちゃん、嬉しい」


「……しかし、お客様が食べている間、癒しちゃんは暇になります。……暇?いけない、いけないお仕事しないとですね」


「……そういえば、お客様、『ここにいるだけでいい』って言ってましたよね?甘えちゃいますね」


「……」


「……ちょっと頬が赤くなってますよ?」


「あっ不自然にお皿を持ち上げないでください。顔が見えないですよ?」


「えっ?やっぱり見つめないで欲しいんですか?癒しちゃんの視線を一人占めなので、『癒し』をたくさん味わえますよ?」


 癒しちゃんは優しく意地悪するのをやめてくれない。


「お客様、次はもっと『癒される』遊び考えていますからね?」


 柔らかく急かすようなそんなことをいう。

 時計がない喫茶店の時間は穏やかだ。


「お客様、食べ終わりましたね!待ってました」


「ふふ、『ツンデレ』癒しちゃんに戻りますよ?『ツンデレ』になってお客様を癒しまーす!」


「……んっと、質問しますね?」


「オムライス、食べなくてよかったのに?お皿をピカピカにしちゃったんだ。そんなに美味しかった?」


「……」


「えっ?ケチャップで頑張ってたから?嬉しかった?……もう……そんなこと言われても嬉しくなんてないんだからっ……」


 癒しちゃんは一瞬口ごもる。

 視線を上に向けてから、諦めたようにこちらに目をやる。


「嘘でーす!お客様、『ツンデレ』キャラは無理でした。……癒しちゃん、一生懸命だったんです……。だから、本当に嬉しいです」


 癒しちゃんがはにかんでくる。


 すりガラスから射し込む光がふわっと揺れる。


「……お客様?『ツンデレ』は黄色の薔薇ですよ?ツンツンの棘見えましたか?……棘まで好きになってみませんかぁ?」


 何かを探るように癒しちゃんはいう。

 次のメニューはレモネード。

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