0-11 青い彗星

 その時のあたしの顔は、まるで都会育ちの少女が突然原始部族の中に放り込まれ、彼らの不思議な文化に目を見張るような感じだった。周囲のざわめきや独特な熱気に押されて、ただ呆然と立ち尽くしてしまったんだ。眉をひそめて横を見ると、姉さんの目はキラキラと輝き、まるで宝物を見つけた子供みたいに前方を凝視していた。その瞳には、興奮と畏敬が入り混じった光が宿っていた。


 「わぁ~!すごい、すごい!」

 姉さんは手袋をした手で何度も手を叩き、寒さも忘れたかのように大はしゃぎしていた。


 「どうだ、このフル装備!」

 さっきから話しかけてきていた男性が、姉さんの熱烈な拍手を受けて、ますます調子に乗ったように胸を張った。初音ミク柄のセーターに、腰からは鈴みたいにジャラジャラと限定キーホルダーをぶら下げている。どう見ても、正真正銘の“ミク廃”だ。


 「雪祭りの波に乗って、観光客を道外や海外から呼び込もうと始まったこのライブ。でも、そのメリットはそれだけじゃないんだ。ボーカロイドっていうのは、元々ネットから広がった文化だから、ここには普段あまり表に出ない人も多いはず。社会と折り合えない、仕事したら負けだって思ってる人、我慢して黙々と日々を過ごしてる人たち……そういう人も、きっと多い。だからこそ、このライブは意味があるんだよ。ネットでしか触れられない世界を、リアルで体験できる場所なんだから!」


 ……まったく。大人なんだから、ちゃんと働きなさいよ。何が「仕事したら負け」なの?訳わからない理屈こねて……。


 「つまりさ!」男はさらに声を張った。「かけがえのない時間を過ごすことで、自分にとって何が大切なのかを再確認できるんだよ。それを明日への糧にするんだ。僕たちみたいな社会のはぐれ者にとっても、この時間は何より尊い。そして世界中の人に笑顔と希望、夢を運ぶ存在こそが――リアルアイドルをも軽く超えてしまう、バーチャルアイドルなんだよ!」 


 拳を突き上げる仕草は、まるで世紀末マンガの熱血キャラのよう。しかも、周囲の観客まで頷いたり「そうだ!」なんて声を上げたりしてる。……いや、なんでこんな真冬の氷点下で、皆そんなに熱くなれるの?


 ……家でMV見ればよくない?


 「今日が君たちにとって初めての雪ミクライブでも――ここにいる以上、全員が戦友だ!」男は勝手に宣言していた。「今からあんたたちも立派な“ミク廃”の仲間入りさ!一緒にライブを満喫して、究極のミク道へ……輝ける明日へ進もうぜ!」


 その場にいたファンたちが笑い、拍手が広がる。姉さんはさらに夢中で手を叩いていたけど、あたしは引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。心の中では――「この人たち、本当に大丈夫なの……?」と、ツッコミ半分、呆れ半分だった。


 はあ……姉さんは楽しそうだけど、正直言えば、ニートやフリーターっぽい人たちが貴重な生活費をこんなものに費やすなんて、まったく理解できない。しかも「大切なものを再確認」とか言ってるけど、なんかズレてない?心の奥で、イライラしたモヤモヤが広がっていた。


 その時だった。会場全体の照明が、一列ずつゆっくりと落とされていく。まるで巨大な闇がじわじわと忍び寄るように、ステージ以外の光が消え、辺りが暗闇に沈んだ。観客たちは一瞬息をのむように静まり返り、代わりに緊張と高揚の入り混じった空気が場内を覆っていった。


 暗闇の中、突如として天井から強烈なスポットライトが差し込み、雪でできたステージを真っ白に照らし出す。その瞬間、観客席のあちこちで、青いペンライトが一斉に揺れ始めた。


 「きた……!」誰かが小さくつぶやいた。


 周囲の人々はすでに立ち上がり、リズムよくペンライトを振っている。揺れ方は不思議なほど統一されていて、まるで何度も練習を重ねてきたかのようにシンクロしていた。そばにいた姉も同じように立ち上がり、胸の前でペンライトを高々と掲げる。顔は期待でいっぱい、まるで待ちに待った恋人にやっと会える瞬間を迎えたみたいに。


 ……いやいや、ちょっと待って!あたしだって身長低いんだから、立たないと見えないじゃん!みんな当然のように立ち上がっちゃって……日本人の自慢の“秩序”ってどこいったの!?どうして誰も注意しないの!?


 不満を心の中で叫んでいた時――。


 突然、暗い空に流れ星のような青い光が走った。その光は一筋の彗星となって降り注ぎ、会場全体を青白く染め上げていった。そして、空から舞い降りるように無数の銀色の雪の結晶が現れ、それが青い光に吸い寄せられるようにステージ中央に集まっていく。


 雪の粒が一つひとつ重なり、やがて人の形を形作っていく。その輪郭は、ツインテールの少女――誰もが知る、初音ミクの姿だった。


 あたしは思わず息を呑んだ。寒さで凍えそうだったはずの身体が、別の熱で震えていた。

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