第2話 主人公の友人A
「ただいま~。」
「遅かったじゃない。さっき帰ったと思ったらすぐに出てって。受験勉強は大丈夫なの?」
せっかく雄太と話して、ほわほわいい気分になって帰ってきたのに、ママからのお小言で台無しだ。
「大丈夫だよ。医学部受けるわけじゃなし。」
「昔は、パパの後を継いでお医者さんになるんだ~って言って頑張って勉強してたのに・・・。」
「能力の限界ってもんがあるでしょ。それに、あたしは医者になれないけど、医者と結婚してクリニックは引き継ぐからさ、おんなじことでしょ。」
「なに言ってるの!あんたみたいな怠惰な子は、優秀な医学部生になんか、相手になんかされないわよ!」
この話になると、ママの表情はキッと厳しくなる。
ママは今でこそおとなしく専業主婦に収まっているが、かつて厳しい戦場を勝ち抜き、医学部生であったパパを陥落させた歴戦の戦士なのだ。
時は平成のころ、医学部生であるというだけでモテると勘違いしていたパパをめぐり、そこに群がる、医師の妻の座を狙う強敵たちと激戦を繰り広げ、死屍累々が広がる戦場で、最後まで生き残ったという戦記物語は、小さい頃から繰り返し聞かされている。
ちなみに、わたしが子どものころ、自分が医者になると言い出したのは、ママが語る一将成って万骨枯る戦場の悲惨さに怖気づいたことも理由の一つだ。
「まあ、いろいろ考えてるから大丈夫よ。見ときなさいって。」
「そんなこと言って、後で痛い目を見るのは紗季なんだからね!」
大丈夫。だって、あたしには雄太がいるから。
あたしが考えている計画はこうだ。
雄太が頑張って医学部に合格したら、すぐに告白して付き合うことにする。
きっと、雄太のような女子と縁のないタイプは、あたしのような美少女に告白されたら二つ返事でOKだろう。
そして、春休みの間に雄太のファッションと髪形を何とかする。できれば痩せてもらう。スキンケアもやってもらおう。美容皮膚科へ連れて行くか。
そうすれば、4月から晴れて見た目がそこそこな医学部生の彼氏のできあがりだ。
医学部生という属性もあるし、見た目さえ改善すれば、友達に陰で後ろ指を指されることもないだろう。なんと完璧な計画・・・。
だけど、そのためには、それまでに雄太の魅力が他の女に知られないようにしないと・・・。だから、定期的に砂糖ドバッ、バターをドカンと入れたお菓子を大量に差し入れて、あえて雄太を肥えさせているのだ。
イッヒッヒ・・・・。
★★★★
その日、友達に誘われてカラオケに行ったら他校の男子も一緒だった。しかもその中の一人がやたらしつこく話しかけてくる。どうやらロックオンされてしまったようだ。
「紗季ちゃん、家どこなの?もう遅いし、危ないから送るよ~。」
そいつは乗換駅でみんなと別れた後も最寄り駅まで付いてきた。これは家まで付いてくる気に違いない。家を知られると面倒だな・・・。そうだ、雄太を召喚しよう。
まだ今週は会ってないから、帰り道に少し話したいし。
「あっ、大丈夫。弟が迎えに来てくれるって~。心配してくれてありがとね。」
雄太はメールしてから3分足らずで来てくれた。
「あ!弟が来た。じゃ~ね~。」
あたしは有無を言わさず、そいつに手を振ると雄太の方に駆け寄った。さすがにそいつはそれ以上追いかけてこなかったが、後ろから大声で「紗季、また連絡するね」と言ってきた。
あらかじめブロックしとこ。
あと、あたしを下の名前で呼んでいい男は雄太とパパだけだ。
「弟って?僕のこと?」
ああ、聞こえてたか。しゃーない。
「ああ、そうそう。弟みたいなもんじゃん。雄太のが年下でしょ?」
「年下って3か月だけだよね。」
「まあ、細かいこと気にしないの。」
「あの男の人は?置いてきてよかったの?連絡するって言ってるけど。」
「大丈夫だって。後でフォローするから気にしないの。」
こういう時、雄太は頼りになるな。体が大きいから相手が勝手にビビッてくれる。もっとも、たぶんケンカは弱いんだろうけどね。
★★★★★
夏休みが終わり、学校が始まると、雄太は忙しくなったようで、あまり会えなくなった。平日の夜も予備校の自習室で遅くまで勉強しているらしい。せっかくお菓子を作って持って行ってあげても、雄太のお母さんに預けて帰ってくるだけの日々が続く。
秋も深まったある日、久しぶりに友達と遊んで遅くなった帰り道、乗換駅で雨が降っているのに、傘を忘れてきたことに気づいた。
「ああ~、やっちゃった・・・。あっ、でもここは・・・。」
ちょうどそこは雄太が通っている予備校の前にある駅。そうだ、雄太と一緒に帰ろう。相合傘になるかな~。
『傘がない~迎えに来て~、いま千種駅』
そう送ると、雄太からすぐに返信があった。どうやらちょうど予備校を出たところらしい。
やった!日頃の行いがいいと得だよね。
駅前のコンビニで待っていると、向こうから大きな人影がやってくる。あれはきっと雄太だ。
「お~い!遅いよ~。」
「ああ、ごめん。」
雄太は素直に頭を下げた。本当は5分も待ってないけどね。
「じゃあ、いこっか。」
「あ、待って、紹介させて。こちら林田紗季さん。ご近所さんなんだよ。今日、傘を忘れちゃったんだって。」
「はじめまして。高橋智子です。雨の日に傘を忘れるなんて災難ですね。」
「えっ・・・?」
なんだ・・・この女は?
小柄で雄太の陰に隠れてたし、見た目もモブみたいだからてっきり通行人その1だと思ってた。雄太のツレだなんてまったく気づかなかった!
「あっ、ごめんね雄太くん。電車の時間があるから先に行くね。じゃあ、また明日。」
「ああ、智子、ごめん。また明日ね。」
やけに親しげじゃないのよ。
あっ、でも焦るな。冷静に考えるんだ、紗季。あたし以外に、雄太の魅力がわかる女がいるはずない。それに、あの子も見た目が素朴で地味で、髪もぼさぼさだし、恋愛には縁遠そうじゃないの。せいぜい配役されて主人公のクラスメートAといったとこでしょ。きっと、たまたま帰りがけに会って方向が一緒なので、ここまで一緒に歩いてきたとか、そんな関係に違いない。
でも、『智子』?
「じゃあ、帰ろうか・・・。」
「う、うん。そういえば、さっきの子のこと、智子って呼んでたじゃない。珍しいよね~。雄太があたし以外の女の子を下の名前で呼ぶなんてさ。」
「ああ、そういえばそうだよね。というか、もともと女子の知り合いなんか紗季以外にほとんどいないからね。」
そうだ~そうだった~。
雄太よ、君は、本来女子からもっとも縁遠い存在のはずだ!
あっ!だからか~。ちょっと親しくなった女子はみんな下の名前で呼ぶものだって勘違いしてるのかな?いやだな~、男子校出身は。大学で女子と接する時に大恥をかいちゃうよ~。
「あの子は、勉強友達か何かかな?いかにも真面目そうな人だし・・・。」
「いや・・・恥ずかしいんだけど、実は先月から付き合っているんだ。」
「ヴェッ・・・・・。」
「どうしたの?大丈夫?なにか口の中に入っちゃった?」
「いえ、大丈夫。へっ、へ~!ぜ、全然知らなかったな~。」
「ああ、最近、紗季と話す機会なかったもんね。夏期講習でずっと同じ授業を取ってて、お互い一番前の席だったから顔見知りになって挨拶するようになって、そしたらすごく話しやすい子で、それで・・・・。」
やめてよ・・・。聞いてもいない馴れ初め話で追い打ちするのはやめてよ・・・。
その後はうわの空で何も耳に入ってこなかった。どうやって家に帰ったのかもわからない。ただ、服がほとんど濡れてなかったので、きっと雄太が濡れないようにしっかりと傘を差し掛けてくれていたんだろう・・・・。
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