第5話 勲章の傷跡
皆を見送った後、辺りはすっかり暗くなっていました。涙で乾いた頬に、夜風が冷たく刺さります。
もう狼が吠え始めていることに驚きながら、近くの宿を探しに焼け跡を後にしました。
しばらく歩くと、紫色の古びた宿屋がありました。営業しているか確認しに、中へと入ります。
カタン
「……すみませーん」
誰もいなかったので、少し大きな声を出し、人を呼びます。
すると、トタトタと足音がし、奥の階段から紫のブランケットを羽織った女性が出てきました。
「あらお客さん?珍しいわね」
「1泊お願いできますか?」
「えぇ!もちろんよ」
女性はハキハキとした様子で、はいカギ、と部屋の鍵を渡してくれました。
その鍵を受け取ると、女性は明るく言いました。
「久しぶりのお客さんだからね。まけてあげる。その部屋はいい部屋だから、存分に寛いでね」
「ありがとうございます」
パタンとドアを開けると、大きな窓に質の良さそうなベッドが目につきました。灯りは少ないですが、窓からは美しい海が見え、大変満足できる部屋でした。
今日はかなり汗をかいたので、久々に水浴みでもしようと、荷物を置き部屋の外へと出ます。
すると丁度、さっきの女性が浴槽セットを持ち、外へと出ていくところでした。
女性はこちらに気が付くと、明るく声をかけました。
「あら、貴方も水浴び?確かに、汗かいてそうだったもんね」
「うぅ……」
女性はからからと元気な声で笑い、私に木桶と古びたタオルを貸してくれました。
そして、ついてきて、と言った表情で、外へと歩き出しました。
「この先に綺麗な水浴びスポットがあるのよ。最近の私のお気に入りの場所なの」
「へぇ。なんだかいいですね」
「ふふふ、貴方にだけ特別だからね?他の人には教えちゃダメよ」
「はい」
そんなことを話しているうちに、女性はどんどん林の中へと入っていきました。不安になりながらも、その後ろをついて行きます。
そして木々を掻き分け、丘を登り、やっと開けた土地に出ました。
「じゃーん!ここよここー!」
「わぁ…!」
そこには、綺麗に澄んだ湖がありました。戦争では大体爆薬が使われるので、綺麗な水自体が珍しいのですが……これは、なんというかまるで、鏡のようでした。
「ほらほら、早く服を脱いで入りましょー!」
「はい!」
大きな水しぶきを立て、二人で子供のようにはしゃぎ回ります。
ひとしきり遊び終わった後は、ゆっくりと水に浸かりました。
「貴方、名前なんて言うの?」
「アレンです。アレン・クレア」
「へぇ、アレンね。女の子にしては珍しいじゃない」
「よく言われます」
「私の名前はマキ。好きに呼んで」
それにしても、マキさんは素晴らしいプロポーションを持っていました。
私は17にしては小さい方なので、マキさんのような“大人の女性”に凄く憧れます……。
「あー…、なに、アレンもいずれは育つって!」
「!!」
じーっと見つめていたのがバレたのか、マキさんは思ってもなさそうな声でそう言いました。何がとは言いませんが、今後私のは育つのでしょうか……。
二人で服に着替え、丘を降りる準備をします。すると、マキさんが大きな声で言いました。
「よーしアレン!丘のふもとまで競走ね!」
「えぇ!?」
「はい、よーいスタート!」
いきなりの競走。
その掛け声と共に、凄い勢いで丘を下っていきます。
元軍人として、ここで負ける訳には行かない!そう思い、本気で丘を降りました。
しかし……
「はい私の勝ちー!」
ゼェ…ゼェ…「な、なんで……」
結果はマキさんの一人勝ちでした。
その身体能力、どうやって身につけたんですか!
マキさんは息も切らさず、私の様子を見て言いました。
「結構汗かいちゃったねー。帰りに温泉よって帰りましょ」
「温泉あるんですか!?」
「あるわよぉ。爆撃されたと言っても、住宅街の奥の方は平気だったからねー」
温泉があるなら最初からそっちに行きたかった……、と思いましたが、これはこれで楽しかったな、と思い直しました。
そして改めて、温泉でゆっくりお湯に浸かりました。湯気が、窓から差し込む月明かりを、柔らかくぼかします。
「っ〜〜ぃたた…」
身体のあちこちにある、まだ癒えていない傷がジンと沁みます。これは温泉の効果が抜群な証ですね。
マキさんはそんな私の傷を見て、謙遜も何もせずズバッと聞いてきました。
「その傷……もしかして軍人さん?」
「はい……衛生兵ですが……」
「へぇ、衛生兵でも、そんなに傷が残るもんなんだね」
「一応前線張ってたので……」
綺麗な身体のマキさんと比べて、自分は傷だらけで汚い身体……。なんだかその事が恥ずかしくなり、温泉の端っこで縮こまります。
するとマキさんはキョトンとした顔で言いました。
「なんで隠すの?それ、美しい傷じゃん」
「美しい……?」
「そうよ。父ちゃんが言ってたわ。戦士の向こう傷は、栄誉の傷だって」
「栄誉の傷……」
「その傷ができるくらい、人を守って戦ったんでしょ?それって、すごくカッコいい事だと思うんだけど」
「カッコいい……」
私の回復魔法は、自分の傷を治すことが出来ません。ですから、この傷は今までずっと恥ずかしいものだと思っていました。
でも、マキさんのその言葉を受け、この傷は誇りを持っていいんだ、と心がとても軽くなりました。
それと同時に、昔、血に染った手で仲間を救った自分を、少しだけ…、赦せたような気がしました。
「……ありがとうございます。マキさん」
「え〜?別に私何もしてないよ。まぁ、その傷は隠さなくてもいいんじゃないってこと」
「はい…!これからは、誇りを持って生きていきたいと思います」
「おー、そうしろそうしろぅ!」
深夜10時、そんな私達の声が、町外れの銭湯で響き渡りました――。
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