第3話 海辺の白い箱

 カタンカタン…カタン……


 シューーーッ……


 キシキシと音を立てながら、電車が止まります。今日、約1日かけて遂に故郷である「セレナ町」へと到着しました。懐かしい海の匂いが、鼻の奥をツンとつきます。



 荷物を持ち、電車を降り立ちます。涼しげな風が身をなぞり、その触れ心地が私の緊張をほぐしてくれました。


 電車が折り返すのを見送り、町へと足を急ぎます。


 セレナ町はどのようになっているでしょうか。


 もしかしたら、孤児院を出た家族達が居るかもしれません。


 そんな、淡い期待を持って改札を駆け抜けます。

 そして、衣服やお金が入った重いバッグを片手に、町へと降り立ちました―――。





「…」

「………はは」


 そこは、確かにあのセレナ町でした。

 ……孤児院の方角が、焼け跡になっている事を除けば。



 そこは、まるで知らない街の様でした。あの賑やかなセレナ町だったとは思えないほど…静かでした。


 のれんが取れた古びた魚屋に、爆発の炎に見舞われて端っこが少し焼けている車屋…。


 半壊している住宅街に、小さな子供達が寄り添って座っている玩具屋さん……。


 残された町は、“たったこれだけ”でした。


 セレナ町は、私の帰る場所であり、二度と帰ることの出来ない場所へとなっていました。


「……嬢ちゃん、驚いたろ」


 私が呆然として駅の前で立ち尽くしていると、後ろからそう低い声が聞こえました。


 振り向くと、そこにはボロボロの作業服を着たおじさんが立っていました。


「ここは港町だったからな。戦の中盤で狙われちまったのさ。……三年前の話だ」


 おじさんはそう言って、短い葉巻を吸い込み、深く、煙を吐きました。


「……俺の家も、港の近くだった。誰も帰ってこなかったよ」


 その顔は、煙草よりも深い影がありました。


「…嬢ちゃんはここに家族でもいたのか?」

「……はい。……育ての…親が」


 おじさんは短く息を吐き、地面へ吸殻を落としました。


「……帰る場所がなくなっても、生きりゃあいい。あんたみたいな若い子が、それでも生きてるなら、それだけで町はまだ死んじゃいねぇ」


 その背中が瓦礫の向こうへ消えるまで、私は何も言えませんでした――。



 私は今日まで、セレナ町が攻撃されたことを知りませんでした。

 いえ、“知らされていませんでした”。


 故郷の壊滅を知らせてくれなかった上官に、今となって怒りが湧き上がります。


 しかし、それは懸命な判断だったと冷静に考え直しました。


 きっと私達は、セレナ町が攻撃されたと知れば、戦闘どころじゃなくなっていたと思います。むしろ、生きる希望がなくなると言っても過言ではないでしょう。


 それぐらい私達の中で、セレナ町、もとい孤児院の存在は大きかったのです。


 だから、この情報を知るのは私だけでいい。そう、思いました――。





 カチャッ…カチャッ…


 瓦礫の上を踏み進み、孤児院のあった所へと向かいます。


 爆発後の惨状は思っていた以上に酷く、もう3年も経つというのに、そこら中に破片が散らばっていました。


 近くのお肉屋さん、懐かしい遊具や看板……。どれもこれも、かつてのセレナ町の“跡”でした。


 瓦礫の間には、小さな靴や服の切れ端なども落ちており、一層心が深い深海へ…沈んでいくような感覚がしました。


 そして――


「……」


 クレア孤児院は、跡形もなく、白い…瓦礫の山となっていました。


 そこは、気持ち悪いほど静かで、まるで私だけがここに取り残されたような、そんな感覚になりました。


「昔は……あんなに賑やかだったのにな…」


 そう、俯きます。視線の先には、色とりどりの破片が散らばっていました。


 名札の欠片。壊れたおもちゃ。焦げたリボン……。


 どれも、幼い日々の残骸でした。


 ひとつ拾い上げるたび、胸の奥に小さな痛みが灯ります。もっと残骸を集めようと、周りを見渡すと、キラリと光る何かがありました。


 しゃがみこんで指先でそっと拾います。


 私は“それ”を見た瞬間、風が止まり、世界の音が遠のいた気がしました。



 ―――それは、皆の、集合写真でした。


 軍に行く直前に、皆で撮った写真でした。シスターと、共に戦った家族達。みんなみんな、あの日のにこやかな笑顔で写っていました。


「……みんな、笑っているね」


 そう声にした瞬間、胸の奥で、何かが音を立てて、崩れた落ちた様な気がしました。

 目から溢れ出てきたその露は、頬をつたり、その写真へぽつりと落ちていきました―――。





 写真を拭い、改めて、皆の顔を見ます。一人一人の顔を見ていく度に、昔の思い出が蘇っていきました。


「あはっ…、ラステル、変顔してる…」


 イタズラ好きなラステル。いつも私達のことを笑顔にしてくれましたね。ラステルお手製のギャグは、軍でも健在で、よく隊長に可愛がられていたよね。私はそんな二人のやり取りを見るのが大好きだったよ……。

 仲間が全滅しそうな中、勇敢に敵地に赴いた時はね、とてもかっこよかったよ。それと同時に、とても、悲しかった……。


「カレン……これは、チューリップかな…」


 お花摘みが大好きだったカレン。よく、私に花かんむりをくれたね。初めてくれた花かんむりの花は、今でも押し花にして持っているんだ。カレンは魔法は使えなかったけれど、同じ衛生科で……。負傷した兵を助けに爆撃へと消えていったよね……。凄く、かっこよかった。でも、出来れば私と一緒に居て欲しかったなぁ……。


「バーニー……ぐすっ…私の手を握っている……うぅ…」


 優しくて、おっとりもののバーニー。本当は怖がりな私を、よく守ってくれたね。夜中に毎日のようにトイレに付き添ってくれて、本当に嬉しかった。

 そんなバーニーだから…、あの時も隊長を庇ったんだろうね。あの後ね、強面隊長、泣いてたんだよ。



 ねぇ、戻ってきてよ……皆……。





 ――その静かな土地には、1人の少女の嗚咽と啼泣だけが響いていた。

 深い深い、その哀涙は、止まることを知らなかった。


 一人しゃがみこみ涙をすするその姿はまるで、帰ることの出来なかった仲間への、祈りのようだった―――。




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