情熱ウェンディーズ

ぺしみん

第1話

 お昼ご飯はハンバーガー2つ。ウェンディーズで100円のを2個注文する。

「お水を大きいコップで下さい」

 そう言わないと、びっくりするくらい小さなコップで水が出てくる。最初に出されたときにはなにかの冗談かと思った。ハンバーガーを2つ食べるのに、水が一口ぶんしかないなんて。有料の飲み物を頼まない客にあからさまなメッセージだ。でも、わたしは負けない。

 水を出してくれたレジの人も、マニュアルに従ってやっているのだから悪気は無い。でもここは腹を立てるべきところだ。このマニュアルを作った人を呪おう。決してレジの人には怒りを向けない。でもレジの人がウェンディーズの社員だとしたら、いくらか責任があることになるのだろうか。


 そんなことを考えながら、ハンバーガーを2個トレーに乗せて店内をうろうろする。銀座のお昼時。ウェンディーズはぎっしり満員で、誰かが立ち上がるのを待たなければならない。テイクアウトにすればよかったかな。でも、会社で食べる気にはなれない。お昼休みにはできるだけ会社から離れていたい。そんなわたしはアルバイトだけれど人一倍会社のことが嫌いだ。お昼休みの短い間、開放されるだけですっと心が軽くなる。それだけ会社にいる時には、プレッシャーがかかっているということかもしれない。

 ようやく席を見つけて、ハンバーガーの一口目を食べる。なんだかんだ言ってウェンディーズのハンバーガーはおいしい。マクドナルドにくらべても、100円の価格帯で引けをとらない。肉がちょっと違う気がする。きっとウェンディーズの会社内でいろんな企業努力が払われた結果、こんなに安くておいしいハンバーガーをわたしはお昼ご飯に食べることができているのだ。材料費や人件費、その他もろもろを綿密に計算して、なんとか100円でこのハンバーガーを提供できているのだ。きっと。

 しかしその計算で行くと、お水なんかはあの、すごい小さいコップで出さざるを得ないのだろう。わざわざ「大きいコップでください」なんて言う人間はあまり計算に入っていないだろう。みんながお水ばかりを頼んでいたら、売り上げがになってしまう。さらに言えば、お昼ご飯の度に100円のハンバーガーを2つしか頼まない客というのも、想定に入っていないだろう。外に置いてあるお店の看板にはあきれるほどたっぷりと肉を挟んで、レタスやトマトがあふれんばかりの、ゴージャスなハンバーガーが『食べたい!』と言う感じで写真に写されている。

 お店からすれば『買って欲しい!』と言うことなのだろう。あのボリューム満点のハンバーガーが売れないことにはお店もあまり儲からない、ということになるのかもしれない。しかしあのハンバーガーは600円もする。馬鹿か。わたしのお昼、3食分だ。


 馬鹿なんて言ってごめんなさい、ウェンディーズよ。でもわたしは、貴方のことちょっとお馬鹿さんだと思います。確かに馬鹿には馬鹿なりの美しさはある。なんだろう、外資系で、西洋の田舎で、赤毛をミツアミにした女の子が「ハンバーガーだよ! 」と大きな声で言っているような健康的な印象もあります。わたしは割りとそういうウェンディーズが好きです。

 しかしハンバーガー一個で600円。馬鹿か。値段もさておき、そのボリューム。単純に100円のハンバーガーの6倍くらいありそうだ。お昼に100円のハンバーガーを2個食べれば、わたしは夕ご飯まで我慢できる。会社が終わったあと、新橋の駅前にある立ち食い蕎麦屋さんに心ひかれながら、つばを飲み込んでぎゅうぎゅう詰めの山手線に乗り込み、へろへろになって家に帰る。

 たぶんお昼に600円のハンバーガーを食べてしまったら、お腹が苦しくてそのあと仕事にならないだろうし、胃がもたれて、満員の山手線の中でわたしはゲップをしてしまうかもしれない。お昼に600円も使ってしまってお財布もさびしいけれど、心も少しさびしくなるだろう。定食屋さんでちゃんとしたご飯を食べればよかった、と後悔するに決まっている。

 もし600円のハンバーガーを頼んでお水をくださいと言っても、やっぱりあの小さな紙コップでお水を出すのだろうか。単品で600円のハンバーガーに、セットはいかがですか、とかやっぱり言うのだろうな。そんなことをしたら、トレーの上はもう、カーニバルみたいになってしまうではないか。これ以上給食が食べられない子供のように、膨れたお腹を押さえつつ、呆然とカーニバルを見詰めるわたし。食べたいのはいったい誰だったのか。

 奇特なメニュー構成を見ていると無駄にいろいろ考えてしまう。わたしも馬鹿だなあ。 


 ウェンディーズを出る。太陽の光がまぶしい。梅雨も明けてもうすぐ夏だけれど、なにも楽しみは無い。外が暑くて、会社に戻るとエアコンが効いてるだけましだな、と思えることくらいしか楽しみが無い。アスファルトが焼けていて目玉焼きが出来そうである。

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