また密室⁉(後編)

 溝呂木邸に三人の男たちに集まってもらった。

 一人は被害者の息子、溝呂木和希みぞろぎかずき。遺体の第一発見者でもある。そして、町内会長の桑原廉太郎くわはられんたろう。被害者が住む町の町内会長を務めている。被害者からの迷惑行為に悩む住人たちから苦情が寄せられており、その対応で、何度か溝呂木邸を訪れていた。

 最後の一人は溝呂木脩平みぞろぎしゅうへい。被害者の弟だ。被害者宅の近所に住んでいる。こちらも桑原同様、「弟さんなら少し、注意してくれませんか」というようなことを言われ、何度も姉を説得にやって来ていた。

 昨夜は、夕方から真理愛の迷惑行為が続き、午後七時過ぎに桑原が溝呂木家を訪れた。桑原と和希が迷惑行為を止めるように真理愛を説得すると、意地になったのか、真理愛は部屋に籠り、ドアに鍵をかけて、窓から通行人を罵り続けた。

 二人はドア越しに真理愛の説得を続けた。

 午後八時過ぎに脩平がやって来て、二人に加わり、三人で真理愛の説得を行うと、ようよう真理愛は迷惑行為を止めた。

「説得に応じてくれた訳ではないでしょう。単に、飽きたか、疲れたかだと思います」と脩平が言った。

 その後、桑原は溝呂木邸を離れ、脩平は和希と一緒に暫く様子を見守ってから九時過ぎに帰宅した。

 真理愛の死亡推定時刻には三人、一緒にいたことになる。

「さて、皆さんにお集まり頂いたのは、溝呂木真理愛さんの事件について、ここで真相を解明したいからです」と森が三人を前に、演説をぶった。

「事件? 自殺でしょう?」と脩平。

「いいえ。それはありません」と森が言下に否定する。

「石川君」と森が言うので、検死の結果、首に残った圧迫痕は死後についたものであり、何かで口と鼻を塞がれたことが原因で窒息死したことを伝えた。

「・・・」三人共に黙り込む。

「自殺を否定する証拠はまだあります。先ず、ドアノブのボタンです」と森が口を挟む。

 真理愛の部屋はボタンロック式のドアノブになっており、内側からはドアノブの真ん中にあるボタンを押すだけで良い。

「このドアノブのボタンに指紋が無かったのです。部屋の中から鍵をかけたのであれば、被害者の指紋が残ったはずです。ボタンに指紋が無いということは、誰かが外から鍵をかけた。或いは、ドアに鍵がかかっていたという証言が正しくないことになります」

 森の指摘に、「いや、そんなことないだろう」、「たまたま指紋が残らないことだって、あるでしょう」、「ドアに鍵はかかっていました。指でボタンを押すとは限りません。僕なんか、ほら。こうやって握りこぶしをつくって、ほら、この中指の付け根の山の部分、ここでボタンを押したりします」と三人が口々に反応した。

「ボタンの指紋の件以外にも、不自然な点があります」

「まだ他に~⁉」と和希が目を剥く。

「被害者は天井のフック――シャンデリアを吊るす為につけたものでしょうね。そのフックにロープを結び、椅子に乗って首にロープを巻き、椅子を蹴り倒して首を吊った――ように見えます」

「その通りでしょう」

「被害者は小柄な人物だったのですね」

「はい。そうです」

「では、一体、どうやって天井のフックにロープを結びつけたのでしょう? 椅子に乗っても僅かに手が届きません。あなた方なら手が届くでしょう。でも、彼女には無理です。犯人が被害者の身長が低いことを、うっかり忘れてしまったからでしょう」

「・・・」また三人、黙り込む。

「先ほど、石川君が説明した通り、検死で彼女の自殺は否定されています。部屋は密室でした。窓には鍵がかかっていた。外部からの侵入者は考えられない。となると、死亡推定時刻にここにいた、あなた方、三人の中に犯人がいることになります」

「そ、そんな・・・」と桑原。

「遺体を拝見しました。お顔に妙な染みがあることに気がつきました。鑑識に調べてもらったのです。そしたら、その染みは涙が渇いた跡であることが分かりました」

「涙?」

「そうです。被害者の顔の上で泣いた人物がいたのです。その人物こそ、犯人でしょう。被害者は首を吊った状態で見つかりました。和希君が直ぐに警察に通報してくれた為、鑑識の人間がロープを切って、被害者を床に降ろしました。顔に涙が落ちたとすれば、殺害時しか考えられません。涙のDNA鑑定を行ったところ・・・」

「もういいです」

「溝呂木真理愛さんを殺害したのは、あなたですね」と森は芝居がかった仕草で、三人の一人の人物を指さすと言った。


 ――溝呂木和希君!


「違う!」、「姉は自殺だったんだ!」と桑原と脩平が口々に叫ぶ。

 和希は悲しそうに首を振ると、「桑原さん、叔父さん。もう良いです。刑事さん。おっしゃる通りです。僕が母を殺しました」と呟いた。

「もう限界でした。近所の方々の冷たい視線が怖くて、外に出るのも嫌になっていました。仕事に出るのも苦痛になって辞めてしまいました。母のせいで、友人も恋人も、みな、僕のもとから去ってしまいました。毎日、毎日、母の悪口を聞くのが嫌で、嫌で仕方ありませんでした。僕はただ、母に黙ってもらいたかっただけなのです。口を噤んでもらいたかった・・・」

 窓から通行人に悪態をつき続ける真理愛を黙らせる為に、和希は部屋に押し入ると、真理愛を床に押し倒し、両手で口を覆った。小柄な真理愛は鼻と口を塞がれ、息ができなくなってしまった。そして、窒息死した。母親がぐったりして動かなくなってしまったことで、和希は慌てて手を離した。真理愛は死んでいた。暫く、呆然として動けなかったが、やがて和希は脩平に電話をした。

「叔父さんに迷惑をかけてしまうと思ったからです。自首する前に、一言、お詫びを言いたかった」

 脩平が駆けつけて来てくれた。そして、桑原を呼び、二人で相談の上、自殺を偽装することを提案した。

「和希君には将来がある。あんな姉の為に犠牲にするなんて馬鹿げている」

「そうだよ。これは事故だったんだ。真理愛さんは運が悪かっただけだ。和希君。君のせいではない」

 脩平と桑原の二人で和希を説得した。和希が頷くと偽装工作を施したのだった。

「なんだか悲しい事件でしたね」と石川が言う。

「悲しくない事件なんてありませんよ」と森は否定すると、「しかし、情状酌量の余地はあるでしょうね」と言った。

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