誰に頼まれたのか(後編)
一週間後、森と石川は再び横浜刑務所を訪ねた。
だが、今回は谷口に会う為ではない。
面談室に現れた八米は憮然とした表情で、「刑事さんが何の用だい?」と言いながら、どかりと椅子に腰を降ろした。
「八米昇司さんですね」
「誰だか知らずに呼んだのか?」
一筋縄では行かない人物のようだ。
「罪状は殺人、服役中ですね」
「なんだ。そんなことも知らずに会いに来たのか?」
好戦的だ。初っ端から敵愾心を燃やしていることが丸わかりだった。
「なかなか辛辣な回答ですね。だがまあ、その方が、やりがいがあります」
「あんた、面白いね。気に入ったよ」
「あなたに気に入られて良いことなんかありませんよ」
流石森だ。負けていない。
「で、何の用だ?」
「
「ああん?」と八米が大声を出した。
「大臣まで勤められた
「知らんな。そんな人物」
「谷口はご存じですよね。谷口辰馬、窃盗容疑でここに服役中です。まあ、あなたから見れば小者、小悪党ですが、服役中の彼が東原紗理奈という女性をひき殺したと自供しているのです。どうやって刑務所を抜け出して、人をひき殺したと言うのでしょうね」
「知らないね」と八米は鷹揚に答えた。
「恐らく、彼は誰かに頼まれて嘘の供述をしたのでしょう。いや、頼まれたというより強制されたのかもしれない。我々の捜査を攪乱する為に。そして――」と森は言葉を切ると、八米の表情を確かめた。
八米の表情に変化は見られない。森はそれを確かめてから、「我々捜査員の注目を被害者、東原紗理奈さんに集める為に」と言った。
「・・・」八米は無言だった。
森が話を続ける。「何故、捜査員の注目を東原紗理奈さんに集める必要があったのでしょうか。我々も分からなかった。東原さんの周辺を洗ってみてもトラブルは浮かび上がって来ませんでした。恋人もおらず、都会で独り暮らしをしている普通のOLにしか見えませんでした。ですがね。我々の捜査能力を侮ってもらっては困ります」
「誰もあんたがたの捜査能力を馬鹿になどしていないがね」
「ああ、すみません。言葉の綾です。気にしないでください。東原さん、どうやら秘密の恋人がいたようなのです。それを周囲にひた隠しにしていました。恋人の存在を公にできない。人に知られては困る――」と言った時、森の言葉を遮って「不倫だな」と八米が言った。
「そうです。不倫相手がいたのです。そして、不倫の相手というのが飯島氏だったのです。飯島氏は行方不明になっています。東原さんが車に撥ねられた、その日から」
森が八米の顔を窺った。
「刑事さん。人の顔色なんか窺っていないで、話を進めたらどうだい?」と八米は余裕綽々だ。
「八米さん。飯島氏は殺されたと私は見ています。事故に見せかけて殺された。車でひき殺されたのだと思います。その際、事故に巻き込まれて東原さんが亡くなった」
「なるほどね」と八米は感心した様子だ。
「だから、あなたは谷口に命じて、東原さんを殺した。車でひき逃げをした――などという荒唐無稽な証言をさせた。捜査を攪乱し、捜査員の注意を東原さんに集め、捜査の眼を飯島さんから逸らせる為に」
「俺がかい?」
「そうです。あなたです。あなた、三波昌征氏とは竹馬の友でしたよね。二人の進む道は別々になってしまいましたが、無二の親友として少年時代を過ごした。三波氏は次期総理の最有力候補になりながらも、昨年、残念ながら、病に倒れてしまいましたが」
「ふん。俺みたいなヤクザ者の知り合いだと思われては、あいつに悪い」
「三波氏の陰で暗躍していたのが、あなただ。陰で三波氏を支えていたと言った方が正しいかもしれませんね。政界と裏社会と、進む道は分かれてしまいましたが、二人の友情は続いていた」
「推測に過ぎん」
「飯島氏は行方不明になる前、とある週刊誌の記者と接触していました。世間を震撼させるような大スクープがある。そう言っていたそうです。そして、記者と会う直前に、行方不明になった」
「へえ~そうかい」
「飯島氏は長いこと三波氏の秘書を務めていた。懐刀です。過去に三波氏が関与した疑獄を週刊誌に暴露しようとしていたのではありませんか? その記事が表に出れば、世間は大騒ぎになり、亡くなった三波氏が糾弾されることになる。飯島氏の動きを知ったあなたは、先手を打って、飯島氏を亡き者にした。私はそう考えているのですけどね」と森が言うと、「刑事さん。面白い話だった。今の話を証明する証拠を持って、出直して来な。俺は逃げも隠れもしない。いや、ここにいる以上、何処にも行けないからな。刑務所にいる俺が、どうやって飯島を殺すことが出来たと言うんだ」と言って、八米は「かっか」と笑った。
「ここから指示を出しただけでしょうね。実行犯は別にいる。飯島氏の遺体を見つけ、証拠を見つけ出してみせますよ。まあ、そこまでやっても、あなたまで司法の手が及ぶことはないでしょうけど」
「精々、頑張ってくれ」
「三波氏の名誉が、それほど大事でしたか?」
「刑事さん。人にはね。長く生きていれば、ひとつくらい、墓場まで持って行かなければならないことがある。それを暴こうとすれば、自分が墓に入ることになるのさ」
八米は森と石川に丁寧にお辞儀をすると、面談室を出て行った。
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