第5話 水無瀬村-(5)

 少しの間、他愛もない話をしました。話の内容は秘密ですよ。そうして宿に帰るには良い時刻になったので”けいしょう”に戻ろうと思います。

「さて、そろそろお暇しますね」会話の途切れにそう言って私が立ち上がるとみさきさんも頷いて同じく立ち上がります。

「色々とお話ありがとうございます。とても楽しかったです」その表情には充実感が見えます。

「私も楽しかったですよ。それでは、また何かわかれば報告しに来ますね」私は客間の出口に足を運び、玄関の方に向かいます。みさきさんも玄関まで着いてきてくれるようです。玄関で靴を履いている時、みさきさんに尋ねられました。

「…あの、えっと…雨さんは…夢を見たりしていませんよね…?」控えめな声色でしたが、明確な答えを求めているような気がしました。

「夢というのはもちろん、あの夢の事ですよね…?」私は記憶を辿るように顎に指を当てて考えます。

「覚えている限りは見ていませんね。…先程、みさきさんが言っていたように夢が住民の証だとするなら、水無瀬村の人間ではない私が見ることはないと思いますよ」そう、覚えている限りは。勿論、村人しか見ないという保証もないですし、夢は起きた時に忘れてしまうという可能性もあるとは思いますが。

「そう、ですね。安心しました…」

「安心ですか……?何か思い当たる事でもあるんですか?」振り向いてみさきさんの顔を見ます。安心した顔。振り向く瞬間、目が笑っていないように見えました。

「いえ、ごめんなさい。特に意味はないんです、ただ何となく気になったので…」本当に何にもないように見えます。気のせいだったのでしょうか。

「…そうですか、また何か気になったなら言ってください。何かのヒントになるかも知れないですしね」

「はい。雨さん、帰り道。お気を付けて」みさきさんが微かに微笑んで手を振ってくれました。

「この先何かあっても、ヨルが何とかしてくれますよ。それでは、また」私も微笑んで玄関の戸を開けます。太陽は一番高い場所に。お昼なのでお腹が空いてきましたね。


 お屋敷の門を潜ると出てすぐのところでヨルが1人で私を待っていました。

「雨…遅かったな…」私を見つけてヨルが歩み寄ってきます。結構待ったはずですが、涼しい顔をしています。

「お待たせしました」ヨルに頭を下げて待たせた事を謝罪しました。

「…で、どうだった…?」合流してそのまま宿に向かう道を歩きながら私達は話をします。耳を打つのはヨルの声と葉の擦れる音、それに水が流れる音だけでした。

「……やはり、みさきさんは何かを知っているのではないかと思います…私達の知らない何かを。ヨルの揺さぶりに対しても、特に響いていない、というより他人事という印象を受けました。最初は思考が追いついていないだけかと思いましたが、後々の反応や言葉には引っ掛かります」お屋敷でのみさきさんの行動、言動を思い出します。

「…帰る間際、彼女は私が夢を見ていないかを確認したんです。その言葉には何か意味があるはずです。みさきさんは村人の証と言っていましたが、そんな事は関係なく夢を見る可能性、方法があるのかも知れません」

「その何かには、まだ辿り着けていないみたいだな」ヨルは腕を組んだまま難しい顔をしています。

「もう少し、ヒントがあればいいのですけどね」そう言ってお屋敷に目をやります。あ、視界に何か映り込みました。私は立ち止まります。

「んん…?あれは…」お屋敷の奥。そこから真っ直ぐ、山の上の方に目を凝らします。そこに浮かび上がる赤。記憶を手繰り寄せます。

「神社の鳥居…ですか?お屋敷の奥にあったんですね」確かにどちらも同じ方向だったので、位置関係としては確かにあってもおかしくないですが、神社からはお屋敷が見えなかったので気が付かなかったですね。ですが反対側からならあの赤色が目に留まると言う事ですか。

「何か見つけたのか、雨」ヨルも立ち止まると私の目線を追って顔を向けています。

「いえ、この位置から神社が見えるんだなと」私は鳥居と思わしき赤色を指差します。

「ヨルは行った事ないですよね?後で一緒に行ってみますか?」隣のヨル尋ねてみます。

「今じゃなくても良いのか?」

「たくさんお話をしたので、お腹が空いてしまいました…空腹のままでは思考も鈍ってしまいますからね」志乃さんが作る料理は非常に美味しいので早く食べたいのですよ。

「…それで良いのか、雨」呆れた顔のヨル。解せません。ヨルもお腹空いてると思うんですが。

「良いのですよ…!神社は逃げませんが、御飯は逃げます…!」私は神社の方角に背を向けて歩き出すとヨルも追いかけてきます。そして、私達は予定通り、宿に向かう道を歩く事になりました。

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