第2話 水無瀬村-(2)
依頼人の家に向かっている途中ですが、少し自己紹介と水無瀬村に来た経緯を話しましょうか。
私の名前は雨宮 雨。
ある街で小さいながらも探偵事務所を営んでいる者です。探偵とは銘打っていますが、敢えて細かい事を言わせてもらうとするならば、私の職業は探偵にして”妄想家”です。私は妄想が大好きなのです。あ、変な意味で捉えないでください。私は物事の事象、理などを考察し妄想することが好きなのです。妄想を食べて生きているのです。まるで夢を食べる獏みたいですね。ふふ、夢を食べる獏を妄想してそれを食べるなんて、私が怪異みたいですね。まぁ、妄想を食べて生きていければ良いのですが、それでは生きてはいけないのも事実なので探偵をしているようなものです。
そして、私の隣を仏頂面で歩いているのはヨルと名乗る青年。本名は教えてくれません。
ただ、ある事件の関係者だった彼を偶々、拾って。偶々、私に懐いて。偶々、私の事務所に居着いた、というところです。事件の詳細についてはいつかお話出来たらいいですね。
次は水無瀬村に来た経緯に移りましょう。
それは一週間程前の出来事でした。時刻は21時を過ぎ、夜の帳が下りていました。私がそろそろ事務所の灯りを消そうとデスクから立ち上がった時の事です。コトっと言う音と共に郵便受けに一通の手紙が届きました。こんな時間に、灯りが付いているにも関わらず郵便受けに手紙が、です。私は少し不思議に思いながらも郵便受けの手紙に手を伸ばします。それは一見すると普通の手紙のようでしたが、切手もなく住所も記載されていませんでした。一体どうやって?と思いましたが好奇心が勝り、手紙の内容を確認する事にしました。中にはこう記されていました。
「私は刀屋みさきと言います。私の住んでいる水無瀬村で、“夢”が流行っています。村の人達は毎晩、決まって同じ夢を見ているようです」
字は乱れていて、所々に濡れた跡がありました。それを読んだ瞬間、ドクンと私の胸は高鳴りました。
「夢が…流行る…?どう言うことでしょうか…?」どんな夢なのでしょう?集団催眠?集団幻覚でしょうか?それとも何か未知の…これは妄想が止まりませんね。私がニヤニヤと笑っていたのを見たのでしょう、事務所のソファーで寝ていたヨルが怪訝そうな顔をしています。
「ヨル、ヨル。これを見てください」ヨルに手紙を渡します。彼は目を開けて体を起こすとしばらく手紙を見て、ぽいっと投げ捨てました。
「あ!何をするんですか!面白そうな手紙ですよ!」地面に落ちた手紙を私は拾い上げて抗議します。
「バカらしい…こんな事あるわけないだろう…」また横になって目を閉じるヨル。
「ですが、こう言ったことを、有り得ると仮定して妄想するのが楽しいんですよ!それにこれがお仕事に繋がるかもしれませんよ!」
「雨…妄想は程々にしておいた方が良いと思う」片目を開けて私の事を見たヨルは呆れた声で「夢なんて自由に出来る訳ないだろう…メリットもないしな…」と続けました。
「ええい!五月蝿いです!妄想家である私がこんな手紙を前に無視できる訳ないでしょう!」そう言って荷物をまとめ始めます。
「……何、してるんだ?」ヨルは寝るのを諦めたようです。
「…これから、この村に行ってきます」私ははっきりと声に出します。ヨルは「今なんて言った?」と聞こえている癖に聞き返してきます。ですので更に大きな声で言い放ってやりました。
「私はこれから!この手紙に書かれている水無瀬村の刀屋 みさきさんを尋ねてみます!」
「いやいや!こんな時間に行くのか!?というか確かめる必要はないだろう!?」立ち上がって私を説得しようとします。
「嫌です!ヨルがバカにしたから絶対に嫌です!何としても真実を確かめてやります!」
「そんな急な話、俺は着いて行かないぞ!」
「ええ、構わないですよ!ヨルは良い子にお留守番しておいてください!戸棚にご飯とオヤツは入ってますから!」疲れていたのでしょう、今なら変なテンションでヤケになっていたのだな、と分かります。
「…ッ!勝手にしろ!」売り言葉に買い言葉です。ヨルも私から顔を背けました。
あらかた荷物をまとめ終わったので、私は車のキーを持って事務所のドアを開けて、「戸締りお願いします!」と外に出ました。駐車場の車に乗り込んで発進させます。事務所の前の道を通りかかった時「俺も行く!」とヨルが飛び出してきました。危うく人をはねるところでしたよ。
という感じの事がありました。さて、何か質問はあるでしょうか?
「あ、申し訳ありません…時間の都合上、解答についてはQ&Aを確認してください」
「………何をずっとぶつぶつと喋ってるんだ…?ああ、いつもの妄想か…」
呆れたような目で彼は私を見ています。
「またか…みたいな反応は辞めて欲しいです。読者に自己紹介をしていただけですよ」
「……ダメだ、毒が回っているようだ…止めるのが遅すぎたんだな…」
「誰が、末期患者ですか。はぁ…もう行きますよ」
失礼なヨルを置き去りにするために足取りを速めます。しかし、小柄な私と大柄なヨルではその努力も虚しく、むしろヨルにとって歩きやすい速度になってしまったようで涼しい顔で着いてきています。歩きやすくなった、などと宣う始末です。
私は妄想していた”ヨルも歩けば棒に当たる”を実行に移そうか考えます。私はすっきりしてヨルは教訓を得る。Win-Winだと思うのです。
「…何か嫌な感じがするな」
ヨルがスッと私の横から離れます。勘のいい大型犬ですね。
「どうかしたのですか?」
あくまで涼しい顔でヨルに尋ねますが、彼は別で何かを感じ取ったのか難しい顔をしていました。
「いや…何か嫌な…臭いか…?」
ヨルは周辺を見渡しますが、辺りには精々、木と田んぼしかなく、嫌な臭いが発生するような物はありません。ハッ、まさか遠回しに…?
「もしかして…私、臭かったですか…?」
部屋のシャワーで汗はしっかりと流したはずですが、私は不安になって自分の服や腕を嗅ぎます。
「いや、そういうのじゃない…だが、わからない以上、今は考えてもしょうがないか…」
ヨルは首を横に振って頭を切り替えています。
「良かったです…ヨルにそんな事を思われていた、なんて知ったら立ち直れませんよ…」
私はホッと胸を撫で下ろしてみせます。近くではまだヨルが鼻をすんすんと臭いを探っているようで、私の言葉に心ここに在らずと言った感じで「雨はどっちかと言うと良い匂いが…」と言ったところで自分の発言に気が付いたのか「…なんでもない」と顔を赤くして逸らしていました。
「ごめんなさい、妄想していたので、どっちかと言うと…という辺りまでしか聞いていませんでした」
「このタイミングでか!?」
「え?私だって時と場合は考えていますよ?」
不思議な事を言うヨルですね?と首を傾げます。
「その”時と場合”がズレてんだよ!」
肩で息をするヨル。大きな声を出すからですよ。
「冗談はさておき、私は臭いなんて感じませんよ…?」
「……はぁ…何か気にはなるんだけどな…」
疲れた顔のヨル。少し可哀想なので頭を撫でておきます。
「ヨルが気になったのなら、何か意味はあるはずですので、記憶には残しておく事にしましょう」ヨルは意外と勘が良いと言うか何かを感じている素振りがあるのでバカには出来ないのです。
そんな話をしている間に私達は依頼人である刀屋 みさきさんのお宅の前まで到着しました。
みさきさんのお宅は水無瀬村の中でも少し外れの場所にあります。代々、受け継がれている古風なお屋敷。ヨルに言わせると年季の入ったカビ臭い屋敷だとの事です。とはいえ、非常に大きなお屋敷ですので、部屋数もその広さに見合うだけあるようでした。みさきさんのお宅に最初にお邪魔した際には、水無瀬村での滞在中はお屋敷に寝泊まりして欲しいと言われたのですが、ヨルが「この場所には泊まりたくない」と失礼極まりない事を言ったため、私達は宿での宿泊を余儀なくされました。もちろん、”けいしょう”も素晴らしい宿ですが、依頼人の住んでいる古風なお屋敷に滞在なんて物語の探偵っぽくて心踊る展開でしたのに。ああ…とても残念です。
と、言ったような経緯がありました。伝わったでしょうか?
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