第十話 夏への序章

 六月。梅雨空の下でも、蒼志館のグラウンドは熱気に包まれていた。

 鳳栄高校を撃破した練習試合から数日。だが浮かれた空気はもう消えている。

 県大会の抽選会が近づき、夏の本番に向けた緊張感がチームを支配していた。


 「水分補給忘れんな! 一本一本のプレーが夏を決めるぞ!」

 篠原の声が響く。キャプテンとして、彼は誰よりも声を出していた。



 俺はブルペンで投げ込んでいた。

 スライダー、シュート、そして直球。鳳栄戦で掴んだ“入口を揃える感覚”を磨くためだ。


 「球速……136。少しずつ上がってきたな」

 山根がストップウォッチを見て呟く。

 「ただし夏は連戦だ。スタミナ管理を意識しろ。スライダー頼りすぎると後半に響くぞ」

 「わかってる」


 額から汗が滴る。だが、体の芯にある熱は消えなかった。

 ——夏に向けて、もっと強くならなければ。



 グラウンドでは高城が全力で走り込んでいた。

 昨日の紅白戦でも互角の投球を見せたが、彼の目はさらに研ぎ澄まされている。

 「如月に負けるかよ……」

 口の中で小さく呟きながら、ベースランを繰り返す姿が印象的だった。


 その姿を見て、胸の奥で火が灯る。

 (俺も負けられない。高城に勝つことでしか、本物のエースにはなれない)



 練習後、監督の藤堂が全員を集めた。

 「県大会初戦の相手が決まった。蒼北工業だ」


 ざわめきが広がる。

 「蒼北か……堅守速攻のチームだな」

 「一度リードを許すと、追いつくのが大変って聞く」


 藤堂は続ける。

 「お前たちに求めるのは、恐れず挑むことだ。高城も如月も、どちらが投げても構わん。勝つために二人の力を使う」


 その言葉に、一瞬だけ視線が交錯した。

 俺と高城。

 互いに無言のまま、目の奥で誓う。

 ——絶対に、エースを勝ち取る。



 その夜。部屋に戻った俺は、スマホを手に取った。

 試合の速報記事がアップされ、ネット掲示板でも蒼志館の話題が広がっていた。


【野球掲示板 蒼志館スレ part58】


18 :名無しさん@野球好き

今年の蒼志館、マジでやばくね?


20 :名無しさん@野球好き

一年のサイドスロー如月、次の大会で見れるの楽しみ


23 :名無しさん@野球好き

高城も健在だからダブルエース体制だろ


26 :名無しさん@野球好き

蒼北工業との初戦、いきなり注目カードすぎw


 「……ダブルエース、か」

 画面を閉じながら、胸の奥で笑みが浮かんだ。

 エースはひとり。それを証明するのは、俺の腕だけだ。



 翌朝。登校途中の商店街を歩いていると、見慣れぬ姿が目に入った。

 スーツ姿の男。昨日グラウンドにいた人物だ。

 新聞を手にしながら立ち止まり、蒼志館の名前が書かれた記事をじっと見つめていた。


 俺が近づく前に、彼はゆっくりと歩き去っていった。

 (また……あの人だ)


 心に残る違和感。

 まだ確信はない。だが、俺たちの戦いはすでに「外の目」に見られ始めている。


 夏は、もうすぐそこまで来ていた。


現在の能力表(如月 隼人)


球速:136km/h


コントロール:B


スタミナ:B


変化球:スライダー5/シュート3


特殊能力:奪三振◎/対ピンチ○/キレ○/打たれ強さ○/逃げ球/クイック○


備考:夏大会初戦の相手は蒼北工業/ネット掲示板で「ダブルエース」扱い/スカウトらしき男が再び登場

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