第十話 夏への序章
六月。梅雨空の下でも、蒼志館のグラウンドは熱気に包まれていた。
鳳栄高校を撃破した練習試合から数日。だが浮かれた空気はもう消えている。
県大会の抽選会が近づき、夏の本番に向けた緊張感がチームを支配していた。
「水分補給忘れんな! 一本一本のプレーが夏を決めるぞ!」
篠原の声が響く。キャプテンとして、彼は誰よりも声を出していた。
◆
俺はブルペンで投げ込んでいた。
スライダー、シュート、そして直球。鳳栄戦で掴んだ“入口を揃える感覚”を磨くためだ。
「球速……136。少しずつ上がってきたな」
山根がストップウォッチを見て呟く。
「ただし夏は連戦だ。スタミナ管理を意識しろ。スライダー頼りすぎると後半に響くぞ」
「わかってる」
額から汗が滴る。だが、体の芯にある熱は消えなかった。
——夏に向けて、もっと強くならなければ。
◆
グラウンドでは高城が全力で走り込んでいた。
昨日の紅白戦でも互角の投球を見せたが、彼の目はさらに研ぎ澄まされている。
「如月に負けるかよ……」
口の中で小さく呟きながら、ベースランを繰り返す姿が印象的だった。
その姿を見て、胸の奥で火が灯る。
(俺も負けられない。高城に勝つことでしか、本物のエースにはなれない)
◆
練習後、監督の藤堂が全員を集めた。
「県大会初戦の相手が決まった。蒼北工業だ」
ざわめきが広がる。
「蒼北か……堅守速攻のチームだな」
「一度リードを許すと、追いつくのが大変って聞く」
藤堂は続ける。
「お前たちに求めるのは、恐れず挑むことだ。高城も如月も、どちらが投げても構わん。勝つために二人の力を使う」
その言葉に、一瞬だけ視線が交錯した。
俺と高城。
互いに無言のまま、目の奥で誓う。
——絶対に、エースを勝ち取る。
◆
その夜。部屋に戻った俺は、スマホを手に取った。
試合の速報記事がアップされ、ネット掲示板でも蒼志館の話題が広がっていた。
【野球掲示板 蒼志館スレ part58】
18 :名無しさん@野球好き
今年の蒼志館、マジでやばくね?
20 :名無しさん@野球好き
一年のサイドスロー如月、次の大会で見れるの楽しみ
23 :名無しさん@野球好き
高城も健在だからダブルエース体制だろ
26 :名無しさん@野球好き
蒼北工業との初戦、いきなり注目カードすぎw
「……ダブルエース、か」
画面を閉じながら、胸の奥で笑みが浮かんだ。
エースはひとり。それを証明するのは、俺の腕だけだ。
◆
翌朝。登校途中の商店街を歩いていると、見慣れぬ姿が目に入った。
スーツ姿の男。昨日グラウンドにいた人物だ。
新聞を手にしながら立ち止まり、蒼志館の名前が書かれた記事をじっと見つめていた。
俺が近づく前に、彼はゆっくりと歩き去っていった。
(また……あの人だ)
心に残る違和感。
まだ確信はない。だが、俺たちの戦いはすでに「外の目」に見られ始めている。
夏は、もうすぐそこまで来ていた。
現在の能力表(如月 隼人)
球速:136km/h
コントロール:B
スタミナ:B
変化球:スライダー5/シュート3
特殊能力:奪三振◎/対ピンチ○/キレ○/打たれ強さ○/逃げ球/クイック○
備考:夏大会初戦の相手は蒼北工業/ネット掲示板で「ダブルエース」扱い/スカウトらしき男が再び登場
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